降りつもる赤と青の輪舞曲


1.


もみぢ葉の流れてとまる水門には紅深き波や立つらむ(素性)


紅葉狩りに行くぞと魔人が声も高らかに宣言したとき、今や天下にその名を轟かせる女子高生探偵桂木弥子と彼女の事務所の雑用は力もなくはあいと返事をした。実際問題この男には如何なる力を持ってしても反抗どころか口答えすることさえ不可能なのだから、どんな無理難題を突然持ってこられても首を縦にしか振ることは許されない。

紅葉狩りに行くぞ、それも今すぐだ。こういうむちゃくちゃな要求をこの男が口にするとき、犠牲になるのは決まって雑用だ。出向先の会社からの資料はダンボールに入ったままの状態で放置され、そのままレンタカーを借りるために電話をする羽目になった。けれどこの紅葉真っ盛りの時期にいきなり電話をしても空いている車などほとんどなく、15分ほども時間をとられた挙句にようやく吾代が回してきた車は小さな4人乗りの軽自動車だった。

一体全体どこに行くつもりだよと行き先すら告げない化け物に少々声を荒らげて吾代が聞くと、煩い貴様は黙って我が輩の言葉に従っていろと棘の生えた手の平に口を塞がれた。伝わってきた感触があまりにも本気なのでそれきり何も言えずに吾代は黙って後部座席を空けて探偵を車に乗せてやった。

宿題を片付けていたらしい探偵は力なく溜め息をつきながら後部座席の右側に乗り込もうとした。するとさりげなく後から乗り込んできた化け物が細い体を左側に押しやった。行動の意味が解らず一瞬考え込むもすぐにはたと手を打つ。後部座席の右側に座ると、運転手すなわち自分のすぐ後ろに座ることになる。それが化け物には不愉快らしい。

最近吾代は時々この化け物の執着心というか独占欲の一端を見た気がして恐ろしくなることが度々ある。これもそのひとつだ。そんな執着を向けられても恐ろしいだけだしなるべくなら遠慮したいと吾代などは常々思っているのだが、探偵は動じる様子もない。それは探偵自身がそういう化け物の執着に気づけないでいるのか、あるいはその執着を受け入れて抱きしめているかのどちらかだ。

前者は吾代がこれまで探偵を見てきた経験の中で判断する限り有り得ない。彼女はこう見えてとても鋭く人の心に切り込む力の持ち主でこと他人の感情に関しては鋭いはずだった。しかし後者ならば、探偵と化け物の間の絆は吾代の思っているよりずっと深く強いものであるということになる。


車を走らせながらバックミラーを見ると、探偵はしきりに悪趣味な携帯ストラップに向かって話しかけていた。これはよく見られる光景で、あまり良い気持ちはしないが、吾代にも見慣れたものだった。
事務所の壁にぶら下がっているはずのお下げがこんなところにまでついてきているのを見るのはやはり落ち着かないし気味が悪い。しかし化け物はもとい探偵もまるで気にしていない風なので努めて平静を装う。

実際経験上知っているのだが「彼女」はあの化け物だらけの事務所内に於いて唯一といってもいい「常識人」だ。…いや、「常識死人」か?

死人なら常識的におとなしく死んでおいてくれという祈りも込めて吾代はバックミラーの右側を覗いた。

変わらず端正な顔をした化け物がそこに座っている。物憂げに腕を組み足を組む動作すら容姿がいいせいで美しくすら見えるのが悔しいといえば悔しい。最も張り合おうという気など間違っても起こらないが。無駄だし時間と体力の浪費以外の何物でもない。

昼下がりの太陽が窓から差し込みその綺麗な金の髪に輝きとつやを添える。半ば閉じられた瞳の長い睫毛が、端正な顔に美しい影を落とした。探偵がお下げと話し込んでいるので、することがないようだ。シートベルトを着けない青の布地は、妙に男のこの世ならぬ雰囲気と合致していると、吾代はふと思った。

知らぬ間にバックミラーばかり見つめていたらしい。さっさと運転をしろそれとも殺されたいのかと冷然とした声が振ってきて、吾代はあわてて再びハンドルに意識を集中した。


2,3時間もの間車に乗り続けたあげく連れてこられたのは見たこともない山の麓だった。確かに見上げるばかり美しい朱色に染まっていてとても綺麗だったけれど、どうしてわざわざこんなところまで来たのかわからないと正直に弥子がネウロにそう言うと、ネウロはそうかとだけ呟いてにやりと笑った。そしておもむろに弥子の首根っこを掴んで車から引きずりおろし、後ろの吾代に貴様はそこで待っていろと愉しげに言った。

ふざけんなてめえ俺をここまで連れてきたのはなんだったんだよと語気も荒く吾代が問いかけると、魔人はけろりとしてアシに使っただけだ、我が輩とヤコが帰ってくるまでせいぜいおとなしく待っていろと言ってみせた。その上最早言い返す気力もない吾代を背に魔人は3,4時間ほどで戻ると宣言してくれた。それまで何をしていろって言うんだよと力なく反論してみるも簡単にそれは無視され、吾代は車のボンネットに突っ伏して溜め息をついた。

二人が去った車の中ですることもなくただなんとなくハンドルを弄って暇を潰していると、ボンネットの上に何かが這い上がってきた。よく見ると携帯、それもあの探偵の携帯だ。どうやらお下げも置いていかれたらしい。携帯の蓋が開いて、メール画面が表示された。そこに用意されていた文字を読む。

じゃまされたくなかったんでしょうかね

すべて平仮名なので吾代にもかろうじて読めた。苦笑いをして頷いてみせる。髪の毛に向かって頷くというのは実に奇妙な体験だったが、そもそもこの事務所に自分がいるということ自体が奇妙なのだからオールオッケーだ。

お下げはまた眼にも留まらぬ速度で、

けっきょく たんていさんは ネウロさんのこと どうおもっているんでしょうね

と打ってきた。
吾代はまた苦笑し、誰も聞くもののいないはずの空間に、そっと返事をしてみせた。

「何より大事な相手だって思ってるに決まってるさ」

そうでしたねとお下げが楽しそうに返事を打ってくる。
吾代もにやりと笑って、おいお前トランプできるかと聞いた。できますよ大富豪なんかが得意ですという返事に、じゃあ暇つぶしがてら一戦やるかとポケットに突っ込んでおいたトランプ一式を引っ張り出して吾代はそれをシャッフルし始めた。車の窓から見える山は鮮やかに色づいていて、たまには紅葉狩りとやらもいいなとふと思った。




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