2.

時の流れはあまりに早く、あっという間に10/25がやってきた。展示会の日だ。

集合場所は学校。その後、学校側との交渉だの会場の下見だのでいつにも増して隈のひどい笹塚の運転する車に乗って会場へ向かう。匪口は慣れているらしくくつろいでいたが、弥子にしてみれば教師に送迎してもらうなど恐縮以外の何物でもない。くつろぐどころではなく、ひたすら緊張して小さくなっていた。ちなみに、「きちんとシートベルトを締めとけな」という指示に、流石に警官の幼馴染を持つ教師だな、と実感もした。

渋滞に巻き込まれることもなくスムーズに車は進み、会場に着いたのは予定通りの9:00。一般公開は10:00からなので、それまでの間に自分の展示物のスペースをチェックし、不備がないか確認しなくてはならない。さらに弥子と匪口は展示会参加者として、一般客のための科学実験体験コーナーのスタッフもすることになっている。
午後には中学・高校の部の最優秀賞受賞者として自分の研究についてのプレゼンテーションを行うことになっているので、担当時間は10:30〜12:30の二時間となっている。要するに、他の展示物を見学する時間は10:00〜10:30の30分間しかないわけである。

笹塚もそのあたりの事情は心得てくれていたらしく、会場に着いた後次のように指示を出した。

「会場に入ったらすぐ解散にしよう。自分のスペースのチェックだけならそう時間は取らないだろうから、残った時間は会場見学に回していいよ」
「いよう、笹塚さん太っ腹!!」

匪口がヒューッと口笛を吹く。笹塚は呆れたように肩をすくめ、白衣を二人に放ってよこした。弥子と匪口の担当する実験はいわゆるスライム作りなので、制服のままでいると汚してしまう恐れがあるためだ。使い捨ての簡易白衣も部の備品の中にあったのだが、どうせなら本物の白衣が来たいと学校の科学教師に借りてきたものである。

匪口は笹塚の予備を借りていたが、弥子にはそれではいささかサイズが大きすぎるので、別の女性教師のものを借りてきている。因みに本物の白衣はかなり値が張る消耗品なので備品にはできないのだそうだ。

いずれにせよ、本物の白衣を着る機会なんてそうそうあるものではない。弥子にとってはもちろん生まれて初めてだ。内心わくわくしながら袖を通す。

「桂木似合うじゃん。本物の研究者みたいだ」
「それを言うなら匪口さんもですよ」

小さめのサイズのはずの白衣は、それでも弥子の痩躯には若干大きく、袖が少々だぶついたが、そんな些細なことが気にならないほど楽しい。

「・・・はしゃぐのはいいけど」

笹塚が呆れたように口をはさむ。

「集合時間は忘れないでな」
「は、はいっ」
「りょうかーい」
「・・・まあ、いいけど」

じゃあ解散にするか、と笹塚が呟く。

「先生はどうするんですか?」
「俺・・・?」

弥子が訊くと、笹塚は、その質問は予測していなかったとでもいうように少しだけ瞬きをした。

「俺は・・・とりあえず、昔馴染みに挨拶でもしてくるよ。そうそう会えないしな」

匪口、お前はどうする、と笹塚が問いかけると、匪口は困ったように頭を掻いた。

「あー〜・・・やっぱり来てるんだ、笛吹さん」
「毎年来てるのくらい知ってるだろう」
「あー、うん。知ってるけど・・・」

俺はパス。困ったように首をかしげる匪口を見て、笹塚も「ま、いっか」と呟く。

「会ったら挨拶くらいしとけよ」
「・・・了解」

なんとなく事情は読めたので、弥子は何も言わず二人を見守る。笹塚はそのまま軽く片手を上げて歩み去っていった。


何となく、去っていく彼のすらりと伸びた背筋を見つめる。くたびれた灰色のスーツと、その上に無造作に羽織られたよれた白衣が似合いすぎるほど似合っている。後姿だけでも、やはり彼は一見の価値のある男性なのだった。女生徒に人気があるのも無理もないな、と思う。

そして、ふと、よく知るもう一人の男をその上に重ねる。ネウロも、あの傍若無人な態度さえなければ十分に美しく洗練された見た目をしているのに、と何となく思った。
匪口が振り向いて二カッと笑う。

「じゃ、桂木、とりあえず展示物のチェックに行こうぜ」
「は、はいっ!!」






何となく一緒に展示物をチェックして回る。

弥子と匪口の研究は、同じ学校の生徒のそれとは言え、分野がかなり違うので配置場所も違う。弥子のが東扉の手前、匪口は会場のほぼ中央である。二人のいた位置からは匪口の展示スペースのほうが近かったので、まずはそちらを回り、その後弥子の展示スペースに向かうことにした。距離があるので、ついでにほかの展示物も見て回る。

「・・・木、桂木」
「えっ!?」

いきなり名前を呼ばれて驚いて飛び上がった。あわてて振り返ると匪口がにやにやと笑っている。

「桂木って、笹塚さんのこと好きだったのかぁ」
「はっ?へっ?」
「隠さなくてもいいって。さっき、笹塚さんの後姿熱っぽい目でぼーっと眺めてたじゃん」
「へっ?ちっ、違いますよ、誤解です!!」

た、確かに笹塚先生ってかっこいいよなあとは思っていましたけど!!好きとかそういうんじゃなくて、ただ何となく、長いこと会ってない友人を思い出しただけなんです!!

顔を真っ赤にしながら叫ぶと、匪口は尚のことにやにやと笑った。

「それじゃ、その友達のこと好きなの?」
「へっ!?い、いや、ありえないですって!!」

そもそもあいつと私の間に、友人と呼べる関係すらあるのかどうかわからないのに。好きとか恋とか、そんなもの。

そう考えると、また悲しくてたまらないような気分になる。
早く会いたい、とふと思った。理由ができて初めて会う、そんなのは寂しい。ネウロときちんと向き合って、ちゃんと友人になりたいのだ。

「ヤコ」

と呼ばれたい。「ネウロ」と呼びたい。くだらない話がしたい。いつものように。



「ヤコ!!」





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