ナゾカケ


1.


真実は疑いなく美しい。しかし、嘘もまた同様である。(エマーソン)

鈍い音を立てて、面会室の扉を開く。看守は隣にいた若い女性に、薄暗い室内に入るよう指示した。女性はためらいもなくその指示に従う。看守は女性の身分を思い、改めてぞっとした。このような場所に居ていいような人ではないはずだ。だが、彼女にはためらう様子もない。

室内に入る。
そこには、椅子に腰かけ、拘束衣を着て目隠しをされた一人の男がいた。

看守は怯えた様子で、彼はこれで3年食事と運動の時間以外はずっと椅子に座り続けているのだと説明した。女性は平然と頷き、そのまま汚れた椅子に腰かける。看守が男の目隠しを取ると、煌めく緑の瞳が布の下から現れた。女性はその瞳を真剣に見つめ返す。

この男が何者なのか、看守は詳しくは知らない。片腕であること、奇妙な髪の色をしていること、翠玉のような瞳をしていること。死刑囚であるにもかかわらず、時の総理大臣までもが彼の並はずれた頭脳を頼みに助言を求めて面会に訪れること。そのためか、本来の名前ではなく、彼のもとを訪れる人間たちが呼ぶあだ名で呼ばれていること。

すなわち、“探偵”と。

そして、彼が数年前に女性の家族を皆殺しにした犯人だということ。

それだけしか知らない。

女性が看守を振り返った。薄い色合いの髪と瞳の中に強い意志が宿っている。わずか19歳にして桂木家当主を務める彼女の力。

「ここまでで構いません」

一瞬の沈黙の後、出て行けと言われているのだと悟る。看守は顔色を変えて首を横に振ったが、女性は頑として譲らない。二人で話がしたいのだと言う。ネウロと話すのは3年ぶりですから、と。

ネウロ?

看守は看守自身も忘れていたその名前に一瞬戸惑う。それに気付いたのか、若き女伯爵は小さく首を振って、探偵と彼を呼ぶのは嫌なのだと言った。そうか、と看守が配慮の足りなかった自分を恥じて頭を下げる。彼女にとって男は憎い敵なのだ。家族を殺した相手を探偵と呼ぶのは抵抗のあることだろう。

彼女は謝罪を微笑みながら受け入れたが、人払いについては譲らなかった。このまま二人で会うと言うのだ。危険なのだと言うと、全身を拘束されたままの相手と話すことに何の危険があるのかと聞き返されて言葉に詰まった。

確かにここに訪れる人の中には人払いを命じる人も多いが、貴女の場合は事情が違うのだと懸命に説明する。男は三年前、いわば彼女を「殺し損ねた」のだと言われている。家族を皆殺しにしたのも、彼女への恨み故のことだと考えられている。男にとって彼女は憎むべき相手であり、殺すべき対象なのだ。そう説明すると、彼女は何故か哀しそうな顔をして、わかっていますと言った。

でも、大丈夫です。ネウロは私を殺さないでしょう。

声色の強さに、彼女は確信を持ってそう言っているのだと知って驚く。理由を問い返そうとして彼女の瞳を見た看守は、息を呑んで口をつぐんだ。問い返すことを許さない激しい炎が琥珀色の瞳の中に燃えている。黙り込んだ看守に、彼女は断固とした口調で告げた。

「出ていってください」

それ以上、何を言うこともできるはずがない。

看守はすごすごと薄暗い部屋を後にした。若き女伯爵と、彼女に片腕を奪われ、彼女の家族を奪った“探偵”脳噛ネウロを残して。






3年ぶりの再会。

男は少しやつれた様子だったが、その美貌は変わらなかった。懐かしい緑の瞳に弥子の心は揺らぐ。かつて、何もかも見とおすようなこの深い色が嫌いだった。

「ネウロ」
「我が輩が貴様を殺さない、と断言する根拠はどこにある?」
「・・・再会一言目がそれなの」

呆れて肩を落とす。彼らしいと言えば彼らしいが、あまりにもあまりな第一声だ。だが、ネウロの瞳は揺るがない。

仕方ない、と肩をすくめる。確かに、私とあんたにはこれが相応しいのかもしれない。あんたがそうやって謎を謎のままにしたいなら、私があんたの代わりに謎を解いてあげよう。こんな形で事件を終わらせはしない。終わらせてやるものか。

弥子は少しだけ胸を張って、椅子に縛られたネウロを見下ろした。

あの時のあんたのように、傲慢に偉そうに。“探偵”をやってみせよう。あの時あんたが演じたように、私がこんどは謎を解く番だ。

ネウロは奥の見えない色の瞳で弥子を見つめてくる。弥子は呑みこまれそうになるのを堪えて、懸命に胸を張った。

「・・・あんたがわたしを殺さないと考えたのは、殺すつもりならあの時、あんたはすぐにでも私を殺せたから。それだけ」
「・・・何のことだ」

ネウロの瞳に動揺はない。だが、弥子はそれも予期していた。知った上で、敢えて言葉を重ねる。

「毒の入ったあのワインは、本当は叔父が呑むはずじゃなかった。叔父を殺すために、使われるはずじゃなかった」

あんたは初め、私を殺すつもりだったはずだ。

「違う?」

言葉を重ねる。

きっとあのワインは、私と、あんた自身のためのものだった。あんたは私を殺し、その後で自害するつもりだったはずだ。だってあの時のあんたには、生きていく理由が何もなかった。たった一つ大事だったもの、ピアノを弾くための右腕を、私に奪われてしまっていたから。

奪った私を憎んで、憎んで、殺そうとしていたはずだ。

それでもあえて私を生かしたのは、なぜだったのか。あんたは私をどこまで知っていて、どうして守ってくれたのか。

それを、あんたの口から聞かなくちゃいけない。
私はそのために、そのためだけにここに来たのだ。





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