俺ははお粥が大嫌いだ。といっても昔から嫌いだった訳ではない。特別好きでもないが嫌いでもない、まぁ普通といったところだろう。しかし今はお粥という言葉を聞くだけで鳥肌が立つくらいに嫌いなってしまった。
あの事件があってから――

中学二年生の冬、俺は風邪を拗らせて寝込んでいた。寝てりゃ治るだろうと思い特に病院行かず自室で休んでいた。すると佐久間が見舞いにやって来たのだ。

「不動、具合はどうだ?」

「大したことねぇよ」

「飯は?」

「まだ」

その言葉を聞くなり佐久間はちょっと待ってろと言って部屋から出ていってしまった。来て早々なんなんだと呆気に取られていたが暫くして佐久間が戻ってきた。鍋を持って。

「お粥作ったぞ。食べてくれ」

佐久間はにこにこしながら俺の前に小さな鍋を置いた。見舞いにお粥とは照れ臭いが素直に嬉しい。恋人に看病されるなんて俺も捨てたものじゃないと心の中で幸せを噛み締めていた。
しかしそんな時間も一瞬で地獄に変わる。

俺は蓋を開けた。その時受けた衝撃は十年経った今でも覚えている。

「佐久間、お前何作ったの?」

「お粥」

「お粥って普通白いよな?」

「うん、でも不動には早く良くなって欲しいから身体に良いものをみんなに聞いてそれを入れたんだ」

入れれば良いってものじゃないだろう。佐久間が料理下手なのは知っている。それでもこれは酷すぎた。恐らく佐久間の事だから身体に良いものとやらを馬鹿正直に全部ぶちこんだのだろう。漫画じゃあるまいし、何が悲しくてこんな訳の分からないブツを食べなくてはならないのだ。
だが見舞いに来てもらった以上あまりキツいことは言えない。この目の前にあるゲテモノから目をそらしていると佐久間から死の通告が言い渡された。

「冷めちゃうだろ?早く食べろよ」

ああ、もうこれは食うしかない。俺は覚悟を決めて鍋の中をスプーンで掬った。するとねばねばしたオクラと納豆が顔を見せ、トマトまで出てきた。
ヤバイ、俺死ぬ

パクっと一口食べた瞬間、俺は倒れた。夢の中で影山が手招きをしていた気がする。

結局その後俺は腹まで壊す羽目になり、それ以来お粥はトラウマレベルに嫌いになった。あの不味いを超えた味はいまだ出会わない。というより出会いたくない。




そして24歳になった今も俺はお粥が食べられない。自分で作ったものでさえ嫌だった。だから現在風邪を引いて寝込んでいるのだが、俺はお粥だけは食べない。
しかし今回はかなり拗らせたようだ。熱っぽいし食欲もない。
やれやれと溜め息を吐くとドアを開ける音がした。

「不動、体調の方は良くなったか?」

俺が渡した合鍵で入ってきた佐久間は俺を見るなり額に触れる。そして十年前と同じ言葉を言った。

「飯は」

「まだ」

「分かった」

「分かったってなんだお前まさか!」

不安げな俺をよそに佐久間はにこりと笑うと台所をいじり始めた。
やめろと言って起き上がろうとするが身体がダルくて動かない。佐久間とは長い付き合いだがあの一件があってから俺は佐久間の料理を一度も食べなかった。作るなと言ったし佐久間も作りたそうにしていなかったが今日はどうしたものか台所に立っている。十年前のトラウマが蘇り、また影山が俺を呼んでいるような気がしてきた。

「できたぞ」

何もできないままでいると佐久間が鍋を持ってきて、今度は蓋を開けてくれた。するとふわりと旨そうな匂いが立ち込めた。
ポカーンとしている俺を見て得意気にしている佐久間。

「十年前より旨そうだろ」

「いやあれは食いもんじゃねぇから」

「これは?」

「……多分食える」

なんだこいつもやればできるじゃん。むしろ何故あのときあんなものを作ったのか不思議なくらいのできばえ。

「あれから頑張って練習したんだ。不動に喜んで食べてほしくて。不動、俺のせいでお粥嫌いになったから今度はとびきり美味しいの作ってあげたくてさ」

佐久間ははにかみながらそう言って、お粥をスプーンで掬って俺の口の前まで運ぶ。

「はい、口開けて」

言われるがままに口を開け、十年振りに佐久間の作ったお粥を食べた。もっとも、倒れるようなおぞましい味ではなく、佐久間が作ったとは思えないくらい旨かった。

「どう?おいしい?」

「お前が作ったにしてはうまい」

「良かった」

佐久間は安心したようにホッと胸を撫で下ろしていた。

佐久間の作ったお粥のお陰でしっかり食べることができ、これで薬のんで寝ればだいぶ良くなるだろう。
目の前で俺の看病をする恋人がいとおしくて、俺は唇を重ねた。


「おい、風邪うつるだろ」

「ここに来た段階でうつるから心配ない」

「まぁ不動にうつされるなら悪くないかな」

「そうか、じゃあ今から俺と一つに――」

「ほら!そうやって調子乗るから風邪引くんだ変態!また十年前のスペシャルお粥作るぞ」

「それだけはやめろぉぉぉぉぉ!」


今日も相変わらず平和だ
お前が隣にいてくれるだけで

七草めっちゃ関係ない。お粥ネタ書きたかっただけ。ホントに。




お粥



- ナノ -