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「木手くんと付き合うことになったの!」

 照れくさそうに微笑むなまえを見て、俺の目の前は真っ暗になった。よかったな、と搾り出すように吐き出した祝辞になまえは更にでれでれと表情を弛ませる。二年半ごしの片思いが実ったのだ、そうもなるだろう。


 なまえが永四郎を好きだというのは、随分と前から認識していた。様々な(主に永四郎や凛、裕次郎に好意を持つ)人間の反感を買いながらもテニス部のマネージャー業を勤め、最初は彼女を無碍にしていた永四郎を遂に振り向かせた。よく知っている。なまえが愛おしげに永四郎の姿を目で追っている光景を、何度も見た。


「知念が応援してくれたお陰だよ」
「――わーは別に、大したくとぅしてねーらん」
「いっぱい励ましてくれたでしょ? 諦めちゃおうかなって言った時だって……」

「君達、何してるんですか。なまえ、洗濯まだ終わらないの?」
「……永四郎」
「わ、木手く……部長っ、ごめんなさい! もう終わるから!」


 いつからそこにいたのか、俺の後ろには永四郎が立っていた。給水所に水を飲みに来たところになまえがおり、聞きたくもない告白をされたのが数分前。練習中に挟まれた小休憩はとっくに終わってしまっていたらしく、永四郎は俺を呼びにきた体裁でなまえの様子を見に来たんだろう。タオルやジャージが入った籠を両手に抱え慌てて走り去るなまえの後姿を見送りながら、永四郎から微かな怒気を感じる。


「あの子と何の話してたんですか?」
「……」
「俺に言えないような話?」

 お前の事を言われただけ。
 すぐさまそう答えれば良かったのに、ひとかけらの嫉妬心が俺の口を噤ませる。黙ったままでいると何を思ったのか、永四郎は踵を返した。
 
「戻りますよ、知念クン」
「……あい」
「いいですか、」

 振り向きざま、殺し屋と異名を取る主将の視線が眼鏡越しに鋭く俺を射抜く。

「なまえはもう、俺のものです。」










 今日は早乙女監督の機嫌が悪い。いつも以上に理不尽な理由で部員を怒鳴り、竹刀をふるい、また怒鳴る。
 練習メニューを倍に上乗せされ、さすがに体力が限界に近い。さらに部活後は部室の清掃を、美化委員だからというだけの理由で俺ひとりに命じた。新垣が手伝いを申し出てくれたが、見つかったら俺もお前も晴美にしばかれるぞと言うと悲しそうに帰って行った。自分ではなく、俺を案じた結果の判断だろう。俺は、良い後輩を持った。

「……くんねぇとぅくるかやー」

 床を掃き、いつからあるか分からないボロボロのラケットや壊れてしまった器具を塵捨て場へ運び、壁の染みや落書きされたベンチを綺麗に磨き上げた。普段の下校時刻を二時間以上も超過してしまったが、沖縄の夏の日照時間は長い。窓から射す光は未だオレンジ色で、日が落ちてしまう前に片付いただけよしとしようと自らを慰める。あのハゲ、いつか覚えておけよ。
 普段より重たく感じられるテニスバッグを背負い部室の扉を開けると、ちょうどすぐ先をふらふら歩くなまえの姿が目に入った。とっくに永四郎と一緒に帰ったと思っていたのに、一人でこんな時間まで何をしていたんだ? なまえは俺に気付くとへらりと笑い、そのまま、地面に膝をついた。鞄をかなぐり捨て、慌てて走り寄る。
 

「みょうじ!?」
「あー、知念、おつかれ……どうしたの?」
「どうしたじゃないさぁ!」
「……気持ち悪い……頭ぐらぐらする」
「熱中症かや……やー、くんねぇ時間まで一人で何してた?」
「コートの整備、しろって言われたから……監督に。木手くんが手伝うって言ってくれたんだけど、見つかったら木手くんが叱られちゃうかもしれないからね」
「ふらー。女子ひとりでは無謀すぎるやっし」

 普段は一年生が任されるような仕事だし、数人がかりでも骨の折れる面倒な作業だ。それをなまえのような女子がたった一人でこなそうと思ったら、相当な労力だろう。せめて休み休みやればいいものを、変に真面目なこいつは部活が終わってから数時間、ずっとこの暑い中、ひとりでコート整備をしていたのか。
 肩を貸し部室まで連れて行こうとしたが、身長差の関係で苦しそうだったため、抱きかかえて運ぶことにした。なまえの身体は熱を持ち、呼吸も浅い。保険医はもう帰っている確率が高いし、部室まで行けば保冷剤やタオルがある。暫く休ませてやらないとこの状態では下校もままならないだろう。




 何だ、この状況は。
 部室で俺のスポーツドリンクを飲み保冷剤で身体を冷やしたなまえはベンチに横たわったが、枕がないと気持ち悪いというのでタオルを貸してやった。それでも、高さが足りないという。文句ばかり言うなと言ってやりたいが、一応病人だからな。

「知念、膝、貸してよ」
「……!?」
「五分経ったら起こして……」

 そう言ったそばからなまえは寝息を立て始め、それからかれこれ三十分が経つ。完全にタイミングを見逃し、人の膝の上で時折寝言すら漏らすなまえの安らかな寝顔を見下ろしながら身じろぎひとつ出来ないでいた。――こういうの、逆だろう普通は。男の、特に俺の固い足など枕にしても気持ちがいいわけがない。それでも彼女はこうして、心底安心しきった表情で夢の中だ。

 寝言で、こいつは永四郎の名を呼んだ。何度も。
 その度になまえを床に転がして帰ってしまえればどんなにいいかと拳を握った。永四郎がなまえを想うのと同じように、なまえが永四郎を想うのと同じように、俺は。なんて不毛で、二人にとって邪魔な感情なんだろう。


「……寝ーりとん?」
「……」
「しちゅん」




 さきほどから寝息が聞こえないことに気付きながら、俺は目を逸らす。
 窓の外は、いよいよ夜の帳が落ちている。

 あと五分でいい、好きでいさせてくれ。



(眠ったふりをしてよ)
title 「るるる」さまより