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「#エロ」のBL小説を読む
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「なまえ、お願いお願い一生ぬお願い!」
「それ言われるのたぶん千回目ぐらいなんだけど。」
「人助けだと思って! なあ、幼なじみだろー?」
「こんなクソバカな幼なじみなんて欲しくなかったなー! 永四郎だけでよかったなー!」
「うう……なまえー、マジで頼む……」

 しょぼん、という言葉がぴったり似合う落ち込みよう。恵まれた体格の中学三年生男子がやったところで一ミリ足りとも可愛くはないんだけど、わたしはどうも昔からこいつの縋るような目には弱いのだった。頼れるのは貴方しかいません! とばかりにじっと見つめられると、わかったわかった、と最終的に折れざるをえなくなるのはわたしの方。小学校に入学して以来の腐れ縁でずっと家族ぐるみの付き合いをしているけれど、いつだってこんなふうに面倒を持ち込んできて、それに付き合って。友達と大ゲンカしたと聞けば行って仲裁してやり、おもちゃを買うために貯めていたお小遣いをなくしたと聞けば行って探すのを手伝ってやり……裕次郎の背丈がわたしよりぐんと大きくなった今でも、その関係性は変わっちゃいなかった。

「で、なんなの。いきなり呼び出して」
「……母ちゃんにさ……明日までに部屋片付けんと、漫画もゲームも全部捨てるって言われたんばーよ……」
「はあ、それでわたしに白羽の矢が立ったわけか」
「わっさん、くんねーくとぅなまえにしか頼めねえんだよ! 片付け、手伝ってくれ!」

 お願い! と手を合わせ、立ったままのわたしを拝むように正座する裕次郎の周囲はそれはもう、ひどい散らかりようであった。片付け下手――というか、動物のようにちらちらと色んなものへ興味の移ろう裕次郎のことだ、何かやりかけては別のことをやりたくなってほっぽり出し、また別のことをやりたくなって……の繰り返しが、この惨状を生んだんだろう。しかしちょっと前に遊びに来た時よりいっそう酷くなっている。うちの学校のテニス部が超スパルタで休日すらろくにないのは知っちゃいるけど、いくら最近練習試合が続いたからってこれはマジにひどい。ベッドの上に座ろうとしたらシーツに付着したお菓子のカスが目について、これはお母さんがブチギレるのだって致し方ないと思わずため息をついた。

 永四郎には、裕次郎を甘やかしすぎるなとよく注意される。でもほらそれは、永四郎が鞭ならわたしが飴にならなきゃねってことで。


「もういっそ全部捨てられちゃえば? その方が片付くと思うよ」
「う、それはちょっと……」
「それで漫画とか読んでた時間をテニスとか勉強に回せばさ、裕次郎的にも得じゃん」
「や、やしがよぉ……」
「ていうかわたしより先に永四郎に声かけたら良かったじゃん。わたしより家近いんだし」
「……こんなんバレたら、ゴーヤー食わされるさー」
「あ、激ヤバ状態っていう自覚は一応あるんだね」

 わたしがベッドに座ってなお正座を続けている裕次郎はもうちょっと泣きそうだ。これ以上いじめるのはさすがに哀れだと思ったので、大きな身体を縮こめて参っている彼に手を(名実ともに)差し出す優しいわたしであった。

「ほら、とっととやっちゃうよ! わたし八時から見たいテレビあるし、それまでに終わらすからね!」
「なまえ……!」

 神様……! と再度拝みはじめた裕次郎の手を引っぱり上げ(重い)、さあまずはどこから手をつけようかと全体を見渡す。巻数なんて知ったことじゃねえとばかりにめちゃくちゃに詰め込まれた本棚(るろ剣の三巻と四巻のあいだにマンキンの一巻と九巻が挟まってるってどういうこと?)、ぎりぎりの動線確保だけがされている床には食べかけのお菓子や読みかけた雑誌、テニスボール、二年の時に使ってた教科書、ゲームソフト、CD、いつのものだか分からないぐちゃぐちゃのプリント、服、帽子……いまわたしが腰掛けているベッドの上も、幾分マシというだけで散々な状態だ。本当にどこから始めたら良いのか分かりゃしない。

「裕次郎、とりあえずこの家にある一番おっきいゴミ袋持ってきて」
「は!? やーまさか、全部捨て――」
「そんな鬼みたいなことしません! でもこの場にあるの殆どゴミでしょ」
「いや、そんなことねえって!」
「じゃあ例えばこの……泥まみれのテニスボールとか。ガッビガビだし、さすがにいらなくない?」
「それは慧くんと一緒に雨の日に自主練してた時、慧くんのビッグバンをでーじ格好良く返ーせてよお、その時の思い出のボールなんばあよ!」
「その辺に雑に転がしてたくせにー」
「そこが定位置さー!」
「これは!? 半年も前のジャンプ! 読まないでしょもう」
「読み切りに出てくる女の子が可愛くて取っといてるんだよ!」
「そのページだけ切り取って捨てなさい! じゃあこれは!?」
「それは不知火から家族旅行のお土産で貰ったけど結局食わんかったお菓子」
「……賞味期限書いてない……え、怖い……いつ貰ったの……?」
「…………えーと、……確か……、……」
「す、捨てろー!!!」


 もう何年も腐れ縁をしているけど、裕次郎がこんな溜め込み野郎だとは知らなかった。どこからどう見たってゴミでしょって物も、それにはこういうエピソードがあってな、と楽しそうに語って捨てるのを拒否する。ついさっきまで適当に投げてたくせに。それにしても、よくそんなに色んなものの逸話を覚えてられるなあ。
 ぎゃあこらぎゃあこらやりながら、時折裕次郎の許しが出たものをゴミ袋に詰めていった。二つ目のゴミ袋がぱつぱつになる頃には、最初と見違えるような整頓された部屋へと進化していたのでありました。まあこれも、小姑・永四郎のチェックが入れば数時間はダメ出しを聞かないといけないレベルではあるけども。


「はー、ずいぶん片付いたんじゃない? これでお母さんも納得はするでしょ!」
「だからよー。……いや、本当ありがとうなーなまえ」

 かなり焦った様子で呼びつけられたから部屋着で出て来てしまったけど、もこもこしたそれに埃やゴミがつくのに耐えられず、途中から裕次郎の適当なTシャツと短パンを借りて作業をしていた。それももう汗ばんで、季節は冬だというのに肌がかっかと暑い。裕次郎もどうやら同じようで、頭に巻いていたタオルを外して手扇子で自らを扇いでいた。不要物が片付けられ、必要なものはあるべきところに帰った今、ふたり並んで床に座り込むのは簡単なことだった。

「うーん……まだもうちょっと時間あるし、クローゼットの中とかも整頓しとく?」
「!?」
「裕次郎のことだからどうせ乱雑に物詰め込んでるんでしょ、雪崩起きたら悲惨だよー?」
「あ、いや、クローゼットん中はわん一人でやれるやし。そんなに無茶な入れ方してねーらん、やくとぅ、なまえはもう帰ーった方がいいんじゃね? 見てえ番組の最初の方見損ねちまったらあれだし、な?」

 部屋が片付いて爽快という表情をしていた裕次郎の挙動が、いきなり不審だ。その額にかいている汗、さっきまでの爽やかなそれではなく、冷や汗に見える。この味は嘘をついている味だぜ!
 健康な中学生男子がクローゼットの中にしまい込み、見られるかもしれないとなれば大慌てして隠そうとするもの。そんなのたった一つしかない。野暮なことだと分かりつつ、お茶すら出されない状態で大掃除をお手伝いしたのだ、このぐらいの面白い出来事があったっていいと思う。
 じりじりとクローゼットに近づく。琉球空手をおさめ縮地法の使い手であるこいつが本気でわたしを止めようとすれば、それは赤子の手をひねるようなことだろう。けれど裕次郎は「必死で止めようとすればするほどわたしの好奇心が増す」というのを理解しているようで、その場で中途半端に腰を浮かし、あ、とかう、とか言うばかりだった。
 

「お宝、拝見!!!! ――あれ。」
「……なっ、じゅんになんもないんどー?」

 視界いっぱいの桃色や肌色の乱舞を期待していたのに、がっかりだ。中にあったのは服や靴、グリップテープなどテニス関係の小物、そしていくらかの縦積みされた漫画雑誌。なんであんなに焦っていたのか分からないけど、何だかひどく落胆してしまった。

「……なんかやる気失せちゃったから、帰るね……」
「あ、ああ! また明日な」
「うんー、服はそのうち洗濯して返すわ」

 クローゼットの戸を閉め、棚の上に隔離されていた自分の服を掴む。なんだかがっかりしすぎてドラマ見る気も失せちゃったなあ、今日は録画するだけしてさっさと寝ちゃおう。そう思いながら裕次郎の部屋を後にしようとした、その時だった。

「何これ?」

 床に落ちている一枚の絵。さっきまでこんなのあったっけ? しまい忘れ? それかクローゼットからヒラッて落ちてきちゃったのかな。それにしても何だか懐かしい、画用紙だ。小学生の頃はやたらこういう画用紙に絵を描いてくる宿題が出されてたっけ。拾い上げてまじまじと眺める。……うーん、下手っぴで何描いてあるんだかよく分からないけど、たぶん男の子ふたりと女の子の絵。……なんだっけこれ、何だか妙に見覚えがあるんだよね。

「あっ、……その、それは……何ていうか、」
「……琉球西小学校 4-2 甲斐裕次郎……題名、わんと永四郎となまえ……」
「や、やめれ! 読むなあ!」

 うわあー! と耳を抑え、顔を真っ赤にして床にへたり込み俯く祐次郎。あんたがそんなのやっても全然可愛くない、こいつは自分を美少女かなんかだと思ってるのか。
 わんと、永四郎と、なまえ。ああ、これ、裕次郎と永四郎とわたしの絵なのか。背景はどうやらふたりが通っていた空手の道場らしい。わたしは習っていなかったけど、ふたりの練習を見によく道場まで遊びに行ってたっけ。

「これ、裕次郎が描いたんだ?」
「……『大切な友達の似顔絵』ってテーマで……」
「うわーっ、何それ可愛すぎ! 小四の頃の裕次郎可愛すぎる……! 図工の授業で描いたやつ? よく取ってあるね、賞とか貰ったんだっけ?」

 小四の頃の祐次郎、っていうのが重要。
 さっきの大掃除で、裕次郎が思い出を何でもとっておきたいタイプなのはよくわかった。この絵も、それの一環なんだろう。
 はしゃぐわたしを尻目にまだ頬を染めている裕次郎は(可愛くないんだからね!)、ぽつり、と呟いた。


「……結局出せんかった、小四の、夏休みの宿題……」



(ちょ、この宿題提出期限過ぎてるじゃん5年も。)
title 「邂逅と輪廻」さまより



 こっそり持ち帰って、テニス部の部室に貼ってやろ。