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 友達の家の本棚を見ていて、何となく気になったから手にした漫画に出てきたキャラクター。
 言ってしまえばただの紙とインクでできた無機物に、恋をした。そんな馬鹿げた話。

 たくさんいる登場人物の中で、決して目立つ立ち位置ではない。何度か催されているらしい人気投票の上位には、驚くことに食込んだことがないらしい。一位とは言わないが、十五位ぐらいには入っても別に不思議ではない、と思う。皆はこの人が素敵だとは思わないんだろうか、この考え方が間違っているのか。不服にすら、思う。けれど反対に、安堵する気持ちもあった。ライバルは少ないに越したことはない。
 恋愛経験は皆無と言っても過言じゃない、けれどこれが恋愛感情であることは火を見るよりも明らか。近頃何をしていてもあの人のことを思い浮かべてぼんやりしてしまうし、そのせいで部活でも細かなミスが増えた。胸が苦しくて食事もうまく喉を通らない。どうしたらいい。


「……いいか、落ち着いて聞けよ。なまえって、漫画のキャラだぜ?」
「うんねぇくとぅ分かっとおさ。……呼び捨てにさんけー」
「いや、呼び捨ても何も、ねえだろ。何でわじってるんばあよ」
「わじるだろ。せめて苗字で呼べ」
「何てあびたら良いんかねえ……やーがそんなにオタクだったなんてよー」
「お、オタク……」

 みょうじなまえは、凛の姉ちゃんが買い集めているという少女漫画に登場するキャラクターの一人だ。
 最初に凛に打ち明けた際は一笑に伏され「えー、でーじマイナーキャラあんに。わんはそうだなあ、ワンピだったらナミが好き」だなんて返してくる始末だったが、近頃の俺の上の空ぶりを心配して声をかけてきた凛に改めてこの気持ちを打ち明けることにした。その結果が、これだ。裕次郎と徒党を組んで「やーはまだ彼女いないんばー?」とからかってきた事すらある癖に、いざ好きな相手が出来たらこの対応はないんじゃないか。

「そういうのじゃ、ねーらん」
「なあ、なまえ……あー、みょうじやぁ、絵だぜ? 現実にいる女子好きになれよ」
「やしが、好きになっちまったもんは……どうしようもねーらん、わーには……。」
「……ま、今は良いんじゃねーの。その内飽きて、忘れちまうって。と、わっさん、ちょっと電話出るな」

 そんな風に簡単に好きな相手を忘れられる程、便利な思考回路は持っていない。
 黙り込んだ俺を余所に凛はけたたましく着信音を鳴らす携帯を取り、――微かに聞こえる声は、こいつの彼女だという女子のものだった――と楽しげに会話を始めた。今度の休日、先月オープンしたショッピングモールに出かけるらしい。人の会話に聞き耳を立てるのは良くないことだけれど、その会話を聞いているうちに耐えられなくなって、俺は凛の部屋を後にした。後ろから慌てた様子の凛に声を掛けられたが、これ以上ここにいると凛に対して怒りをぶつけてしまいそうだった。
 凛は正しい。帰途につきながら、それを脳内で繰り返す。あいつの言っていることは正しい。

「……やしが、……」

 俺が間違っているとは、思いたくない。
 なまえへの気持ちを間違ったものだと認めたくない。
 なまえと、話すことすら出来なくとも。
 飽きて忘れられる日を、待つしかなかった。











「えぇ、聞いたばあ? 田仁志ぬやつ、結婚するんだってよ」
「まああいつらやったー長かったもんな、高校からだろ」
「あー、もうそんな経つ? ようやくって感じさーねえ」

 仕事帰りの凛と偶然出くわした帰り道、仕事の愚痴を聞いてほしいと言われ入った店は既に酒の回った客でごった返していた。アルコールの匂いと煙草の紫煙に満ちた空間、空調が故障しているらしく暑い店内、案内された席は丁度店員から死角となる場所のようで、混んでいる所為もあり入店して五分は経過しているがまだ水も出されない。環境は最悪だと言って良い。そろそろ声をかけに行くかと立ち上がりかけた所で、凛はにやりと口角を上げた。

「で、知念はどうよ。好きな人いちゅんってあびてたろ、くぬ間」
「あー……わーは、付き合ってはない、な。片思いさぁ」
「ンだよ、焦れったいねえ。押しちまえってー」
「――それが出来る訳ない相手ってくとぅ、やーは知ってる筈さぁ」
「はぁ? ……あ、すみませーん! 生二つ!」



(ずっとずっとずっといちばんきみが好きだよ)
title 「深爪」さまより






 わたしには、好きな人がいる。
 友達に笑われても、同じキャラクターが好きだと言う人に嫉妬して苦しい気持ちになることになっても、周りから「そろそろ結婚しないの?」と言われるようになっても、あの日あの人に感じた感情を他の誰かに感じることは出来ない気がするんだ。

「知念くん」

 名前を呟くだけで、胸の奥がじわりと熱くなる。
 馬鹿げてるって言われる。絵に恋なんて、漫画の登場人物へこんな気持ちを抱くなんておかしいって、正直自分でも、分かりきってはいるんだよ。
 でも何より苦しいのは、辛いのは、どれだけ好きでいたって、この気持ちを彼に伝える術をわたしは持っていないこと。どれだけ好きでいたって、あの人はわたしのことを知ってすらいないこと。


「知念くん、大好きだよ」

 指先でなぞる紙の上の彼と、視線が重なる日は、ずっと来ない。