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 中間テストの順位が壁に貼り出され、今朝の廊下はてんやわんやだった。横長の模造紙いっぱいに並んだたくさんの名前の中から見つけ出したみょうじなまえという文字は、正直最後から数えた方が早い。予想通りといえば予想通りであった。なぜならば、英語のテストで早々にすべて諦め、名前を(せめてもの足掻きとして、ローマ字で)書いただけで提出したからだ。先日返された答案用紙には、名前欄へ赤ペンで三角マークがつけられ、右端に大きく、1と二本の横線。
 一点ってなんなんだ! というか先生、ローマ字で名前書けただけで一点あげちゃうのか。優しいな。笑っちゃったので思わず友達に見せたら、普通に引かれた。

「みょうじ、やーはどうだった?」
「ビリから数えたらすぐ見つかるよ」
「あきじゃびよー……」

 知念くんがやってきたのでありのままを赤裸々に報告すると、やっぱり彼も呆れてものが言えなくなってしまったみたいだ。ちなみに知念くんの順位は上から数えた方が早い。いつも彼は上の中から上の下あたりをうろうろしている。

「何の教科で点数落としたんばぁ?」
「心当たりあるのは、英語かなあ」
「ああ、英語だったら教えられるかも知れん」
「え、本当? 得意なんだっけ!」
「任せれー」

 秘密だけど、知念くんの得意教科のひとつが英語だなんて当然知っている。地理が少しだけ苦手っていうのも。前例のない絶望的点数をたたき出した私には、英語の先生から補習授業までを提出期限として特別課題が出されていたから、知念くんにはそれを手伝ってもらうということで話がまとまった。
 放課後に六組の教室を訪れると、知念くんは自分の席に座って頬杖をつき何も書かれていない黒板をぼんやり見つめていた。今日はテニス部顧問の早乙女先生がお休みで、部長の木手くんも熱を出して欠席ということで、部活自体が休みになったそうだった。スパルタ練習で有名なテニス部がまったくのお休みなんて、なかなか珍しいことだ。日頃の行いがいいとやっぱりこういうことが起きるんだよね。

「知念くん!」
「おー、あんしぇーくぬ席座れ」

 知念くんは自分の前の席の椅子を反対側に向け、机を挟んで向かい合って座るように示した。鞄から課題のプリントと筆箱を取り出して座り、軽く頭を下げる。

「それじゃあ知念センセー、よろしくお願いしまーす!」
「先生なんて大したモンじゃないさー」

 照れ臭そうにする知念くん、レアかもしれない。
 知念くんも自分の筆箱からシャープペンを取り出し、長い指で美しく持つ。金属製の、重たそうな製図用だった。私が机に置いたプリントを視線で追ってしっかりと目を通す間、約三十秒。それからようやく知念くんは口を開く。

「まずは自力でやってみれ」
「自力じゃ名前ぐらいしか書けないよー」

 そういって名前欄にローマ字で記入。筆記体は書けないから、大文字のアルファベットで。名前ぐらいしか書けないと返したら知念くんは怪訝そうに瞬きして、書き終えた瞬間に聞こえてきたのは溜め息。実際にこれで一点もらったんだから、少しぐらい褒めてくれても良いと思うけどなあ。

「名前ってうんねぇくとぅ……」
「ちゃんと書けてるよ? みょうじ、なまえって。ほら」
「ほらじゃねーらん。真面目にやれ」

 指でなぞって主張したら、ちょっと叱られた。

「ごめんごめん。もう大真面目だけどね!」

 課題プリントの内容は、仲のいい友達を英文で紹介しなさい、というものだった。本当は一年生に課す宿題らしい。私なんて自己紹介すらまともに出来ないのに、すごいな、一年生。マイネームイズなまえ、オキナワンスクールピーポーガール、アイアイムスピーキングジャパニーズオンリー。ノットベリーベリーライクイングリッシュ。ファッキュー!

「誰ぬくとぅ書くつもりで居ちゅん?」
「誰かなあ、ないしょ!」
「内緒って……」
「まーまー、あとでちゃんと教えるから」

 あとで、というが、私の手は先ほどからタイトル欄から動かせずにいた。書きたい文章は纏まってきているけれど、それを英語に書き起こすという作業がどうしても難しい。ペンを握りしめてうんうん唸っていると、黙ってじっと私の様子を見ていた知念くんが助け舟を出した。

「……書きたいくとぅはもう決まってるんだろ?」
「うん、でも英語で何て書いたらいいか全然わかんなくって」
「あびてみ? くぬままだと真夜中になっちまうさー。わーが教えるから」
「え、ありがとう!」

 願ったり叶ったりだ!
 知念くんは机のなかから和英辞書を取り出して、うり、と私の発言を促した。頭の中に組み上がっている拙い作文をぽつぽつと声に出してみる。私には最近仲良くなった人がいます。クラスは違うけど、よく話しかけてくれます。賢くて、優しくて、身長が高い人です。

「えーっと、賢い……ってなんだっけ」
「スマート」
「え、スマートって痩せてるって意味じゃないんだ! へえー」
「まぁ、うんねーる意味合いで使うくとぅもあるな」
「難し! 何で何個も意味あるの!」
「いいから書けー」
「……えす、えむ、えー……ゆー?」
「SMART」
「あー! ありがとありがと!」
「辞書使うまでもねーらん……」

 知念くんはそうかもしれないけど、私は辞書か知念くんかがないと一生わからないままだったよ。そう言ってから再びプリントとにらめっこ。背が高い、は、トール? だっけ?

「トールって、てぃーおーおーえる?」
「うりやツールになっちまうさぁ。TALL、な」
「えっ? てぃー、えー、えるえる? それじゃタルじゃん」
「フラー」
「全くもってその通りです!」

 そうやって何度も知念くんの気力をすり減らすやり取りを繰り返し、作文はようやく終盤へ差し掛かる。対象の人物がいかに凄くて素敵な人か、一生懸命書き連ねてきたつもりだ。現状までの出来映えをチェックしてもらおうとプリントを手渡したら、知念くんはしかめつらで、何度も視線を往復させていた。

「なんかおかしいとこあった?」
「いや、まぁ……間違ってはねーらん。直しながらやったしな」
「いやー知念センセーさまさまですよ」
「――なぁ、くぬ作文、じゅんに誰ぬくとぅ書いてるんばぁ? くぬ書き方だとまるで、友達どぅしってより、恋人うむやーみたいさぁ」
「え、そうかな? んーとね、はずれ。友達のことだよ」
「……あー、……わっさん、変なくとぅ訊いた」
「いいよ別に!」

 プリントを返してもらい、いよいよ締めの一文に差し掛かる。最後にその友達について結論づけて、綺麗にまとめて終わりたい。悩みながら書いてきたこの課題だけれど、この文章だけは、最初っから決めてたんだ。気合いを入れ直し、ペンの先をわら半紙に走らせる。


「私、は……えっと、アイ……あ、わかった!」


 アイで始まって、ピリオドで終わる。
 我ながら、簡潔だけれど良い文章だ。


「できたーっ! 見て見て!」
「……二時間も経ってるさー」
「二時間の成果です! ほい!」


 知念くんはまじまじとプリントを見ながら、ときどき声に出して確認したりしている。知念くんって筆記だけじゃなくて、発音も良いんだよね。これ言ったらたぶんもう私の前では英語言ってくれなくなっちゃうから絶対言わないけれど。
 今私が書き足した一文に差し掛かり、知念くんはぴたりと動きを止めた。そして机に出していて結局いままでほとんど使わなかった辞書のページを捲り、小首を傾げる。知念くんが分からないほど高度な単語なんて使ってないと思うんだけど。



「みょうじ、くりがわーの紹介っていうのは分かった」
「うん、ちゃんとCHINENって書いたもん」
「やしがよ、分からんくとぅばがあるんさー……やー、いっぺん読んでみ?」

 促されるまま、私は一年生にも劣るであろう音読を披露することとなった。綴りは教えてもらっても発音が分からないやつがあったから、そういうのは適当にもにょもにょ言って誤魔化したけど、知念くんは黙り込んだまま突っ込んで来なかったので、そのまま強行突破だ。


「、……はい、おしまいっ! 拍手ー」
「そこさぁ!」
「何?」
「……綴りはあってるんばぁ?」
「綴りも何も、これしかなくない?」


 I suki Chinen Hiroshi.
 好きって言葉を調べてもらったらLIKEって言われたけど、LIKEは友達として好きって意味、ってどこかで聞いて知っていたし、本当はラブって書きたかったけど綴りがさっぱりだった。RAVU? LABU? 知念くんには最後までネタばらししたくなかったから、いきおいでそのまま、ローマ字で書いた。


「すきだよ、知念くん」
「……とりあえずその文は、消しとけ。」


 そのあと、ちゃんと英語での「好きです」を、知念くんの口から教えてもらった。


(えす、ゆー、けい、あい)
title 「ヘンリエッタ」さまより