目が覚めると、昨日見たものと同じ天井があった。





絶望に打ちひしがれながら煤江は日々を過ごした。
再不斬と呼ばれた人物にはまるで居ない存在のように扱われ、煤江にとって、白に声をかけられる事は最早喜びになっていた。



「おはようございます、今日も顔色が良いですね。」



朝起きると白に声をかけられる。
何かあればすぐに構われる。
そんな生活をしていると、段々と白が優しい人物に思えてきた。



「煤江さん、これは何に使う野草ですか?」



小さな事でも声をかける。
煤江に様々な事を聞いて、感謝する。
自分が必要とされているという事に煤江は喜んだ。
洗脳されている、とも思わなくなってしまったのだ。



「煤江さん、今日は魚を捕まえに行きましょう」



手枷が足枷に変わり、その足枷すらも無くなった煤江はいわば自由の身であった。
だが、煤江は逃げなかった。
白に手を引かれて川へ降りるが、逃げようともしない。



「やっぱり、煤江さんに聞かないと駄目ですね。前に挑戦した時はこんなにうまくいきませんでした」



常に優しい声で言葉をかける。
それが気持ちよくて、もっとこの人の為に頑張らなければ、と感じてしまう。
・・・母にしていた時と同じように。





ふと、里の事を思い出した。
母親の事を思い出して白に相談すると、意外な事に白は了承した。



「では今から行きましょうか」



山に隠れた小屋から出て二人並んで山を降りる。
里に出ると煤江は一目散に家へ向かった。
扉を開けて中に入ると、母親の布団の横に座り込む。



「お母さん、」



声をかけたが、母親は深く眠っているようで目を覚まさなかった。
家の中は温かく、生活感に溢れていた。



「お母さん寝てるみたい」
「そうですか、起こしたら悪いですね」



うん、と頷いた煤江はタオルを桶に浸すとぎゅっと絞って母親の額に乗せた。



「お母さん、また来るね」



ぼさぼさの髪の毛をするりと撫でると、腰を上げて家から出た。
白に声をかけると、山に登り小屋へ帰った。





自分が異常だと気付く余地もない。
煤江は自分の家がこの小屋であるとなんら疑わなかった。

白に家事を教え込まれ、上手に出来ると誉められる。
普通に出来た時は感謝される。
少し失敗した時は、優しく教えられる。



「こうした方が僕は好きですよ」



そう言われると、その通りにした。
自分を必要としてくれる人間の好みになろうとするのは、多分皆一緒だろう。



「煤江は良いお嫁さんになりますよ」



煤江が18歳を迎えてから白はそう言う事が増えた。
今までは「上手ですね」とただ褒めていただけだった。



「お嫁さん、なれますかね?」
「ええ、煤江ならなれますよ」



その言葉はまるで魔法のようで、今まで家族のように接してきた白に対して仄りと淡い恋心を芽生えさせた。



「素敵な女性になりますよ」



今まで行っていたボディタッチもスキンシップもしなくなった。
頭を撫でられるのが好きだった煤江は欲求不満になり、段々と不満を募らせた。





「私、一人立ちします」



浚われて三年、煤江は二十歳を迎えた。
実らぬ恋心にいい加減諦めようと思い、白に伝える。
すると白は目を丸くして煤江を見つめた。



「・・・どうしてですか?」
「ここで暮らすのも好きですが、思ったんです。私も女だ、って。」



それは、淡い恋に破れた少女の顔だった。
白は眉間に皺を寄せると苦々しい表情のまま煤江の目の前に立ち、その幼い体の肩をきゅっと掴んで視線を合わせた。



「何が望みなんです?」
「・・・言えません」



合わせた視線をふいっと逸らすと、白の手を優しく掴んで肩から剥がす。
再不斬からの鋭い視線に耐えられず急いでその場をあとにすると、纏めた荷物を掴んで小屋から出ようとする。



「煤江っ!」



扉から出ようとしたそのとき、白に腕を掴まれる。
抵抗しようとするが、白相手にそんな事が出来るはずもなく、大人しく力を抜いた。



「・・・煤江、僕たちは家族でしょう?居なくなるだなんて、耐えられません」



煤江の腹に腕を回してぎゅっと抱きつく。
密着した背中に感じる温もりに胸が高鳴るのを感じた。



「・・・辛いんです」
「何がですか?」
「私一人が、辛いんです」



ほろほろと涙が頬を伝う。
涙声になった煤江に白は抱きしめた腕の力を少し強くすると、煤江の頬にその細くしなやかな指を這わせた。



「私だって、女です。」



ぐるりと白の腕の中で体の向きを変えると、力強い瞳で捕らえる。
煤江の瞳に、白はくらりと目眩がした。



「叶わないならせめて、幸せなうちに終わりたいんです」


目の前の煤江の表情は、三年前とは全く違っていた。
成熟した雌のような妖艶さを含んだ表情だ。



「だから、離してください」



頬を赤く染め、潤んだ瞳は欲情しているみたいで、小さく開いた唇は塞がれるのを待ち焦がれているかのようで。



「・・・自覚したら、この関係が終わってしまいそうで怖かったんです。…すみません」



ふわりと、優しく微笑んだ白は煤江をぐっと引き寄せると、その開いた唇を強引に塞いだ。

草子

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