閻魔大王成り代わり



※流血表現があるうえ名前変換機能が仕事してません

 昔はちょこまかして非常に可愛らしかったのに、どうしてこんなに厳つく育ってしまったのか。すっかり自分より身の丈が大きくなってしまった補佐官を見ると、彼はせっせと顔色一つ変えず書物の整理を行っていた。まったく仕事中毒にも程がある。ちょっとぐらいゆっくり仕事したって罰は当たらないのに。はぁとため息をつくと、特注の筆が台から転がり落ちた。
あ、こんな粗相したら鬼灯君に殴られる、と急いでそれを拾い上げたが残念ながら鬼の目はごまかせず、いつものように金魚草のマスコットが付いたボールペンが顔面目がけて飛んできた。間一髪顔を逸らして回避は出来たが、あと少し遅ければ顔面から赤色の噴水が湧きあがってきたに違いない。

「ちょっと鬼灯君!危ないよ!」
「もう死なないんですから大丈夫でしょう」

そういうと鬼灯君はどこから取り出したのか細みのナイフをキラリと光らせると、いい加減に仕事しないと三枚に下すぞ、と腹に響く低音で呟いた。
なにこの子滅茶苦茶物騒!確かに私はもう死者だからこれ以上死ねないけど、面倒なことに痛覚は残っている。ナイフで切られりゃ痛いし、血が出れば一応貧血にもなるのだ。

「一応上司なんだからさぁ…もうちょっと敬うとか無いの?」
「役に立たない上司はぶん殴るに限ります」
「何そのバイオレンスな方針!鬼灯君女の子には紳士的でしょ?ほら一応私、女性だよ」
「あ?」
「……ごめん」
「くだらない事言ってないで仕事してください。この書類の山が見えませんか」
「うん…」

吐き捨てるように言うと、鬼灯君は腕いっぱいに抱えた書類を机の上にドスンと置いた。おおよそ紙面が置かれた音とは無縁の音がしたのは気のせいだろうか…普通ドスン、じゃなくてパサリじゃないの。
うず高く積まれた書類の圧迫感に、今日も激務かとゲッソリする。鬼灯君、有能なのはいい事なんだけど、私より仕事のスピードが何倍にも早いから疲れちゃうんだよね。老体にはキツイなぁとぼんやり書類を見つめていたら、後頭部に物凄い衝撃が走った。

「痛っ!何?凄く痛かったんだけど!?」

後頭部に手をやると、べったりと赤黒い血液が付着している。おびただしく噴き出す血液を止めようと必死で患部を抑えるが、全くもって効果がないようで地面に赤い水溜りが出来ていた。
こんな事するのは一人しかいない。恐らく犯人であろう彼に目をやると、私の血が付着した番傘を差した状態で凶悪な顔をしていた。

「ぼんやりしていたので喝を入れて差し上げました」
「やっぱり君か!自分で言うのもなんだけど、もう年なんだからちょっとは労わってよ!」

年長者を敬うという気持ちがこの子には欠如している気がする。もう少し年寄りは大切にしなよ、と告げると鬼灯君は分かりました、と言いながらこちらに歩み寄ってきた。そしてそのままその腕を伸ばすと私の頭の上に手を乗せ、わしわしとまるでペットでも撫でるかのような手つきで頭を撫でる。正直、ものすごく痛い。

「いつもお疲れ様です。…さあ労わりましたよ、早く仕事してください婆大王」
「労りどころか言葉の暴力になってるよ鬼灯君。あとめっちゃ痛い」

鬼の腕力は鬼灯君も把握しているはずなのに、何の力加減せず撫ぜるものだから髪の毛が引き千切れそうだ。毛根が死滅しちゃう、と必死で撫でくり回す腕を取ると、鬼灯君はその手を暫らくじっと見つめ、何を思ったのか嫌がらせのように手の甲をその爪でひっかいた。鋭い爪で裂かれた皮膚からは一筋の血が流れる。私今日だけでどれだけ流血したんだろ、とため息をつくと同時に鬼灯君が私の手首を握り、持ち上げた。

「ちょ、鬼灯君、真面目に仕事するからもう殴らないで…」
「ええ、殴りませんよ」

そういうと鬼灯君はおそらくわざと、その傷口の周りを上から強くなぞった。ぐ、と押された皮膚からは一粒、二粒と血の玉が浮かび上がる。それをどことなく満足そうに見つめる鬼灯君に、今日のイタズラはいつにも増してハードだなぁと半ば諦めつつされるがままにしていると、彼の指がその血の玉を掬った。あれ、拭ってくれるなんて珍しいと口を開いた瞬間、何を思ったのか鬼灯君はそれを口もとに持っていくとぺロリと赤い舌で舐めとる。

「え、何して…」
「おぇ…糖尿ですか、生活習慣病ですね」
「違うよ!勝手にやっておいてひどい言い草!」

クソ不味いです、味蕾が死にましたというなり机に置いてあった私の湯呑を手に取りお茶を一気飲みする鬼灯君は私の抗議など右から左に流している。自分で傷つけて血流させといてその態度かとか、それは私のお茶だとか色々言いたいことはあったけど、もういいや。きっと何を言っても勝てないんだし、と無理やり怒りを納めると、わざとらしく不味そうに舌を出した鬼灯君がものすごい小声で何かを呟いた。

「え、なに?聞こえなかった」
「さすがは婆ですね、難聴か」

別になんでもないですよ、とぶっきら棒に言いながも少し眉間の皺が減っているので恐らく機嫌は悪くないんだろう。まあ言い直さない辺り大したことじゃないのかなとあまり気にしない事にして、目の前の書類タワーと格闘するため気を引き締めた。


(あなたは甘いですね、なんて聞こえなくていいんです)



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