■ 18話


※オリキャラ注意

「すみません、わざわざ天国まで連れて帰って貰って」
「ひょろひょろの神獣と男一人抱えるくらいなんでもないですよ」

そういうと鬼灯様はいつもの鉄仮面で、まるで男二人を抱えているとは思えないほどのスピードで歩みを進める。白澤様は華奢だが身長があるし、桃太郎先輩も割としっかりした体型なのにその二人を難なく担ぎ歩くなんて鬼灯様の腕力は一体どうなっているのか。見た目上では全く筋骨隆々という訳ではないし、いわゆる細マッチョと言われる奴なのかもしれないな、などとくだらない事を考えていると先を歩く鬼灯様が小さくくしゃみを漏らした。
天国といえどやはり夜風は少し冷たい。兎の私は毛皮があるのであまり寒さを感じ無いが、基本的に地獄で過ごす事の多い鬼灯様にとってはここは少し涼しすぎるのかもしれない。何ぞ温かいものでもないかと自分のポーチを探るが、飴、薬の小瓶、薬草のカケラなどが転がり出てくるだけでろくな物が入ってやしない。ぐったりとうなだれていると、後ろから声がかかった。

「鬼は頑丈ですからお気になさらず」
「すみません、何かあればと思ったんですが…」
「気持ちだけで十分です。さあ、着きましたよ」

なんだかんだと話している間に無事極楽満月にたどり着いたようだ。急いでポーチにしまいこんでいた鍵を取り出し解錠すると、昼の片づけ時に少し零してしまった薬草の匂いが漂ってきた。鬼灯様を先導するようにして、白澤様と桃太郎先輩の部屋を案内する。桃太郎先輩は比較的ゆっくりベッドに降ろされていたが、白澤様は遠慮なく床にたたきつけられていた。どぉんという床が抜けるんじゃないかと思うぐらいの轟音が響いたのだが、そんな衝撃もものともせず頬に青痣を増やした白澤様はすやすやと眠っていた。恐らくその寝顔に苛立ちが増したのだろう、チッと舌打ちを漏らした鬼灯様は白澤様の顔面を軽く蹴り飛ばすとそのまますたすたと部屋を出ていってしまった。出て行きざまに、外で待ってます、と言っていたので恐らく地獄まで一緒に帰ってくれるのだろう。お待たせしてはいけないと思いつつも、白澤様を酒でびちゃびちゃの服のまま寝かすのはマズイので、上衣だけ脱がすと掛け布団だけ羽織らせておいた。敷布団は勘弁して下さい、白澤様。
よしここでの仕事はやりきった、後は帰るだけだと晴れやかな気持ちでドアを勢いよく開くと、そこには少し赤ら顔をした眉間の皺増し増しの鬼神様がお待ちになっていらっしゃった。恐怖のあまり思わず悲鳴が飛び出そうになるがそれを必死に飲み込む。大声だしたらきっと明日の朝日は拝めない。震える声で、すみません遅れましたと告げると、鬼灯様はチラリとこちらを一瞥しながら、帰りますよというといつもよりほんの少しだけ覚束ない足取りで歩みを進める。やっぱり大酒飲みだ、ウワバミだと言ってはみても少ーしは酔いも回るんだなぁとぼんやり考えていると、不意に自分の足元の影がほんの少しだけ揺らめいたように見えた。

「どうかしましたか」
「いえ…何か、自分の影が動いた気がして」
「影…」

鬼灯様はチラリと私の影を見つめると思案顔で顎に手を置く。それを数秒間見つめたかと思うと、ため息をつきながら気のせいかと呟き、止めていた足を進め始めた。
影がひとりでに動くなんてホラーだ。きっと見間違えに違いない。さっきの事は忘れようと歩みを進める鬼灯様に追いつこうと前方を向いた瞬間、覚えのある頭痛が襲ってきた。思わず膝をつくと、思ったより勢いよく地面に倒れ伏してしまったのか砂利と膝がこすれあってざり、という音が鳴った。額を抑えながらうつむく瞬間、鬼灯様が振り向いたのがみえたが今はそれどころではない。
ガンガンと響くこの頭痛は、以前新月の夜に兎の皮が剥がれる事件があった時の物と非常に酷似している。いやまさか満月なんだからそりゃないだろうと恐る恐る自分の前足をみると、ヒト型の手の先に薄ら白い毛が残っている状態だった。えっ何で月の力が最高潮の日なのにヒトに戻ってるの?頭の中が大混乱を起こしていると、自分の足元の影がゆらゆらと蠢き始める。うわ、気持ち悪っと思わず後ずさりした瞬間、風切り音が聞こえたかと思うと影に金棒がめりっと突き刺さった。恐る恐る顔をあげるとほんのり頬を染めた補佐官殿が視線を影から逸らさずに恐ろしい目つきでそれを見つめている。

「いい加減出てきたらどうですか」
「……」
「だんまりか…仕方がない」

鬼灯様は、私は忠告しましたから、と言うと影に突き刺さった金棒の柄を持ち、それで地面を抉るようにぐりぐりと突き刺した。その表情は冗談を言っている風には見えない。あまりの奇行についていけず、頭痛も忘れてぽかーんと口を開けていると、私の影から知らぬ男の悲鳴が上がった。

「いだだだだだ!すいません!もう出ますからやめてください!」
「うわっ…影が喋った!」

うごうごと蠢く影は一応私を模った形をしているがものすごく気持が悪い。しかもよく見ると、地面から浮きだしているものだから3Dの影と化している。それから距離を取ろうと思い立ち上がろうとした瞬間肌色の太ももが目に付いた。私、また全裸だ。しかもこの満月の中全裸なもんだから以前より羞恥心は5割増である。なんでいっつも全裸なんだ、どうせなら変身時に服も精製してくれよなんて不毛な事を考えながら蹲っていると、しゅる、と衣擦れの音とともに重たい布が降ってきた。

「目の毒ですからこれでも羽織ってなさい」
「毒……はい、ありがとうございます」

毒ってそこまで言わなくても…と少しへこんでいると、赤い襦袢だけになった鬼灯様はこちらを見ることなく、赤い帯を投げて寄こした。見慣れた逆さ鬼灯が描かれた道服は見た目よりも少し重く、大きい。再度お礼を告げ、それに袖を通すと指まですっぽりどころか指の先から5cm以上は布が余ってしまった。鬼灯様意外とがっちりしてるんだな、と思わぬ体格の差に驚いていると影が私からぷちん、と離れてしまった。離れた影からは白い腕が一本にょっきりと生えている。ホラー映画さながらの現象に小さく悲鳴が漏れた。

「ひぇっ…鬼灯様、影から腕が!」
「名前さん影の中になんてモノ飼ってるんですか」
「飼うも何も身に覚えが無いんですが…」

鬼灯様はいつもの無表情で、ペットは選ぶようにとからかうようにいったが私はペットなぞ飼っていないし、それに誰が好き好んで自分の影の中にペットを仕舞いこむものか。
一方のペット(仮)はぬるりともう一本影から腕を生やすと、肘を曲げ両腕で地面を押すようにして力を入れ始めた。どうやら全身を影から出すつもりらしい。ほぅ、と鬼灯様が楽しそうに息をついた瞬間、黒い影から黒い二等辺三角形の耳がついた頭がにょっきりと飛び出してくる。その毛は狐の毛とは少し違っており、どちらかといえば犬の毛に近いものだ。続いてずるずると肩、体幹、下肢と順々に這い出してきたそれは、よっこいせと言いながら立ち上がった。その見た目は、頭に耳が、尾骨に尻尾が生えていることを除けば人間の男そのものの居出立ちだ。
自分の影から謎の男が生えてきた事実に驚愕していると、男はすたすたと私の前まで来たかと思うとスッと膝を折り、いわゆる土下座の体勢を取り額を地面に擦りつけながら言った。

「今まですみませんでした!」

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