■ 15話


 芥子ちゃんは如飛虫堕処の特別顧問という大役を担っている。それに加え鬼に負けないようトレーニングを欠かさないので、彼女は本当に毎日が忙しいのだそうだ。
そんな多忙の芥子ちゃんから、今度の休みに会えませんかと連絡が来たのはつい数日前の事である。ここ最近全然あえていなかった芥子ちゃんからのお誘いだ、断る理由もない。もちろんです、とメールを返信すると、ものすごい速さで返信が来た。内容は最近できたお友達を紹介したいので、ホームパーティをしませんかというものだ。

そういえば少し前にメス会が面倒なのだと愚痴を零していたな。きっとお二人のお友達はそのメス会の兎なのだろう。ならば手土産は野菜詰め合わせセットと、女の子が多いだろうからニンジン入りのクッキーにしようか。あまり高価な物を持っていくと逆に気を遣わせてしまうかもしれないし、ホームパーティと言えど買い物は皆でするはずだから、買い物に行く間までの腹の足しにでもなればいい。そう結論付けて戸棚からプレートを取りだした。



「芥子ちゃん久しぶり!」
「お久しぶりです名前さん!急なお誘いでしたが大丈夫でしたか?」
「大丈夫!今日は楽しみにしてたんだ!」

待ち合わせ場所に向かうと、すでに白い兎がぽつんと立っていた。ひと際目を引く大きな櫂は芥子ちゃんのトレードマークである。しかし今日はその隣に見慣れた人物と、見知らぬ人物が一人づつ立っていた。一人はほぼ毎日顔を突き合わせている人だ。なぜここに?と思いながら見つめると、彼も驚いた様子で私を凝視していた。

「え?なんで名前さんがここに?」
「私は芥子ちゃんが最近できた友人を紹介してくれるっていうので…まさか」

友人ってもしかして、と思いながら芥子ちゃんに目線をやると、彼女はほのぼのとした様子で二人とも知り合いだったんですね〜とのんびり言った。どんな経緯があって桃太郎先輩と芥子ちゃんが知り合ったは不明だが、友人の友人が職場の先輩だなんて世間は狭いものだ。
そんなこともあるんだな、と一人驚きに浸っていると桃太郎先輩の隣りから控えめな声が降ってきた。

「あのー…」

声の方に顔を向けると、お椀柄の服を着た少し小柄な男性が居心地悪そうな顔をしていた。この人も芥子ちゃんの友達だろうか?と思いつつとりあえず一応名前です、と自己紹介をしておく。すると男性は御丁寧にどうもといいながら驚きの一言を放った。

「俺は一寸。よろしく名前さん」
「一寸?もしかして、一寸法師さんですか?」

驚きのあまりつい聞き返してしまうと、一寸さんは今は一寸じゃないけどな、といいながら頷いた。一寸法師と桃太郎と言えば超有名な昔話だ。絵本の主人公二人を友人に持つ芥子ちゃんの交友関係の凄さに再度驚く。

「桃太郎と一寸法師さんと友達だなんて、凄いね芥子ちゃん!」

どんな経緯があって三人が知り合ったのかと聞くと、一寸法師さんは額に少し青筋を浮かべながら口もとを引きつらせた。どうやら嫌な記憶を呼び起こしてしまったようだ…やらかした。元一寸…元一寸とぶつぶつ呟きながら、顔を青くするやら赤くするやら忙しい一寸法師さんの代わりに、芥子ちゃんが口を開いてくれた。

「私たちはギャップに苦しむ同盟なんですよ〜」
「ギャップ?」
「昔話の主人公というのは得てして皆に過度な期待を抱かれるものなんです。その期待に答えられない現実と主人公とはこうあるべきという理想のギャップに苦しむ者同盟です」
「へ、へぇ……あれ?芥子ちゃんもその同盟に加盟してるんだよね?」
「そうですよ〜私は会員3です」
「芥子ちゃんって、何のお話の主人公なの?」

お話の中で誇張された自分と現実のギャップに苦しむ同盟なら、芥子ちゃんもなにかしらのお話の登場人物ということになる。兎が出てくる昔話と言えば、ウサギとカメぐらいしか思い浮かばないが、芥子ちゃんがカメを馬鹿にしてゴール前で手を抜くようなウサギには到底見えない。
他にはなんの話があったかな、と思いつく限りの昔話のタイトルを羅列している途中で、眉をハに歪めた桃太郎先輩が口を開いた。

「芥子さんは“かちかち山”の兎ですよ、名前さん」
「かちかち山…」

かちかち山と言えば、悪さをした狸にあらゆる手段を持って兎が報復する話だっただろうか。確か、話の最後は割とハードな締めだった気がする。なるほど、だから櫂を背負っているのかと納得しながら、芥子ちゃんなら『狸』にも勝てそうだよね、と言うと、桃太郎先輩が「あ」と言いながらこの世の終わりのような表情をした。
え?と思う間もなく、桃太郎先輩の隣りでぴょこぴょこ跳ねていた芥子ちゃんからつい先日閻魔庁で感じた様な重く冷たい威圧感が伝わってくる。

「おのれ狸……おのれ狸…おのれ狸おのれ狸おのれ狸ィ!」

そう叫ぶと芥子ちゃんは目を般若のようにつり上げ、背負った櫂をまるで刀のように抜くと、その細腕で櫂を思いっきり振りかぶり私に向かって思いっきり振り下ろした。そのスピードや全く目で追えない程の素早さであった。たまたま間一髪その攻撃を回避することが出来たが、櫂が振り下ろされた地面はバキンと音を立てて大きなクレーターを作る。こんなのに直撃したら死は免れない。

「か、芥子ちゃん!?ごめん!謝るから許して下さい!」

どんなスイッチを踏んだかは分からないが、とりあえず私には芥子ちゃんに平謝りする以外の選択肢はない。これで怒りが静まらなければ死あるのみだ。
必死に芥子ちゃんに謝罪を告げるが、狸、狸とうわごとのように呟く彼女の耳には届かないようで、目からは理性が消えている。これは終わったな、と頭の中に走馬灯が駆け巡り始めた瞬間、桃太郎先輩が震えながら大声を上げた。

「狸!狸があっちにいますよ!」
「狸ッ!?」

桃太郎先輩が指さした先にいたのは、身体が茶釜の形をした狸だ。その狸を視界に入れるや否やさらにその瞳をつり上げ、猛烈な勢いででその狸に向かって突進していった。怒りの矛先を向けられた狸は、櫂で釜の身体をガンガンとぶん殴られている。あまりの勢いに圧倒されていると、桃太郎先輩がふぅ、とため息をついた。

「名前さん、芥子さんの前で“狸”は禁句です」

“狸”の部分を小声で言いながら、桃太郎先輩は青い顔で眉を寄せた。なんでも芥子ちゃんは狸というワードに反応して、おのれ狸モードに変貌するのだとか。それほどの恨みを募らせるなんて狸は何をやらかしたのだろう。

「今後芥子ちゃんの前でその言葉は絶対口にしません」
「それがいいと思います」

そう即答すると、桃太郎先輩は今日はもうこれでお開きかなぁと呟いた。確かに一寸さんはうなだれたまま呪詛を呟いているし、芥子ちゃんは理性を失っている状態だ。こんな状況で仲良くホームパーティなど言いだせない。…作ってきたクッキーは桃太郎先輩に持って帰ってもらおう、とてもあの二人に渡せる雰囲気ではない。これよかったらどうぞとクッキー入りの袋を手渡すと、桃太郎先輩はどうもと言いながら受け取ってくれた。

「ニンジンクッキー?」
「兎の友人だとばかり思っていたものですから…」
「じゃあこれ、動物にもオッケーなんですか?」
「動物が食べて毒になる物は入れてないので、多分大丈夫だと思います」

食べすぎなければと伝えると、桃太郎先輩はそっか、と少し嬉しそうな表情をしながらそれを風呂敷の中にしまい込んだ。どうやらそれを配るアテがあるようだ。
しかし、芥子ちゃんと一寸さんという個性が爆発している二人に板挟みにされている桃太郎先輩は本当に苦労人だと思う。仕事でもあくせく働いているのに、プライベートも刺激的だなんて大変だ。

「桃太郎先輩も色々と、大変ですね」

お疲れ様です、と伝えると、桃太郎先輩は乾いた笑いを漏らすと、なんで俺の周りってこんなにキャラが濃い人ばっかりなんでしょうねと遠い目をした。確かに、白澤様しかり芥子ちゃんしかり滅茶苦茶キャラが立っている人ばかりに囲まれているような気がする。桃太郎先輩も気苦労が絶えないなと、ついつい憐憫の目で見つめていると、同じような目をした桃太郎先輩と目が合った。案外同じ事を考えているのかもしれない。

遠くでホワチャーという叫び声が聞こえそうなほどのアッパーをくらわせる芥子ちゃんを眺めながら、芥子ちゃんには逆らうべからずと再度心に刻みつけた。まだ命は惜しい、態度には気をつけようと思いながら、芥子ちゃんに追いかけまわされる狸をぼんやり見つめた。

[ prev / next ]
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -