聴こえた。
音が。
ピアノの音。
力強くて、ひとつひとつはっきりとした音。
確かな技術力を感じさせる音。
けれど、その音は憂いや迷いを秘めていて。
それが一層その曲の物悲しさを引き出していて。
華やかな所も、なぜかどこかメランコリックだった。
「ショパンのバラード、1番…」
導かれるようにしてたどり着いた音楽室の窓の向こう。
ピアノに指を走らせる人の横顔を見て、ふと先日のことを思い出した。
僕を見て知らない人の名前を呟いた彼女。
普通科からコンクールに参加する麻宮先輩。
一心にピアノに向かう先輩の瞳は伏せられていて、けれど泣いているように見えた。
時折何かを振り払うように、頭を振る先輩。
何が彼女を追い立てているのだろうか。
誰もいない音楽室の外。
十分弱に渡るその曲を聴きながら、僕は鼻の奥がツンとするのを感じた。
- 72 -
≪PREV NEXT≫
72/77
[top]