食事の片付けも済んだあと、自室にいると音が聞こえてきた。
蓮くんが練習を再開させたようだ。
私は読んでいた本から部屋の隅に置かれた黒いケースへと目を移す。
もう何年、この子と対話していないのだろう…。
甘い、甘い音。
なめらかな曲線を抱いた形。
優しく奏でると穏やかな音色で答えてくれる。
ときに激しく、ときに切なく、そしてときに愛しさをこめて。
いろんな想いをのせて弾いてきたこのバイオリン。
ケースを開け、バイオリンを見つめる。
本当は弾きたい。
私はバイオリンを愛しているから。
恐る恐る手を伸ばし、触れてみる。
「うっ……!!」
襲ってくる、とてつもない吐き気とめまい。
バイオリンに触れようとするといつもこうなる。
ニコルとの思い出がフラッシュバックしてくる。
楽しかったことも、悲しかったことも。
そして最後は、あの病室の光景が目に浮かぶのだ。
手を伸ばせば触れられる場所にあるのに、こんなにも遠い…
「弾きたい………弾きたいよぉ…」
私はその場でうずくまり、静かに涙を流し続けた。
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