傾城鈴蘭。吉原でその美しさは天女にも勝ると言われ、歌踊り諸芸において右に出るものはなし。
その日銀時は吉原のかつての花魁鈴蘭と自警団百華の長である月詠に呼ばれ、一人かぶき町から足を運んでいた。
「傾国の美姫、傾城ってやつだな。もう一人の太夫は今やお城傾けるどころかおしろいも崩れ出してきてるけどな」
「あっごめんよ。手が滑った。傾いてたから。国が」
「まっその口ぶりじゃもういねぇんだろ。尺の一つでもお願いしてみたかったもんだねぇ」
「じゃあ好きなだけしてもらうといい。鈍い男だねえ、あんたをここに呼んだのはその傾城よ。くだんの吉原の救世主に会いたいってさ」
一国傾城編
「鈴蘭太夫のおなーりー」
「まさかこんな美味しい展開になるなんて。吉原の救世主になってよかった〜。新八、神楽ごめん。お前らも立派に吉原救世したのに。お先に吸精してもらいます!あ〜傾城かあ。一体どんな手練手管を持ってるんだろう、俺は一体どうなっちゃうんだろう。傾いちゃってもいいですか?転がり落ちちゃってもいいですか?快楽の園に!来た…来た…来た…来い、ぶごっ!!!!」
「し、し、失礼しました!お…お…お初にお目見えしますだ。わ、わたすがす、す、鈴ら……あ、あれ?わたす、誰だっけ?」
「紹介するわ。この人が伝説の花魁。私たちの大先輩。傾城鈴蘭太夫」
ピ キッ
夢の城が崩れ去った。銀時は冷凍マグロのように床を滑り築地まで流されて「オイ。どこに行く」
「ちょっと築地まで。いや傾城?とは聞いてたけど思ってたより傾いてたから。奇跡的な角度で傾いてたから。えっと、何だっけ?ブーメラン太夫」
「鈴蘭太夫じゃ」
「ふ、二人とも人が悪いぜ。まるで一緒に働いてたみたいな口ぶりだったからよ」
「あの〜私は今もバリバリの現役ですが」「はあ!?」
「自慢じゃねえけんども吉原がまだ地下に潜る前から太夫を務めておりま…ウエェッウエッ!!」
「吉原より先に地下に埋まってそうな勢いですけど!!?」
「定定様。ただいま戻りました」
「ご苦労だったな。透。どんな最後だった」
「地面を這って命乞いをしていました」
「まるで虫けらのような最後であることよ。威張る悪ダヌキの醜態を見るのはさぞ楽しかろう。鴉どもよ」
「私情などありません。我々はあなたのご命令に従ったまで」
「ふっ。貴様らに次の仕事をくれてやろう。鈴蘭ももう時期、死ぬだろうからな」「心中立てって言うんだよ、それ」
銀時は指に巻き付いた一本の白髪を見ていた。鈴蘭のものだ。
「昔、遊女と客がそうして互いの愛を誓い合ったのさ。私の愛はあなただけのものです。私はあなたを裏切りません。そんな誓いを示すために遊女は自分の髪を相手の男に送ったのさ」
「噂通りのやり手らしいな。ババアになってもどっかの男の髪が指に巻き付いてたぜ」
「あの人は遊女のまま、ここから出ないまま一生を終えようとしている。遠い昔、まだ吉原が地上にある頃約束したんだって、一緒に吉原から抜け出そうって。あの調子じゃあんたのこと、その男と間違えたのかもしれないね」
日輪はそう言った。銀時に向かってか、夜の空に向かっての独り言かは分からない。だがこれだけは確かだった。
「約束してくれますか。月が出たらまた会いに来てくれるって___私、待ってますから。月が出るのを、ずっと」
鈴蘭がその約束を何年も守り続けていることを。来るはずのない男を待ち続けていることを。
「鈴蘭?昔じじいが言ってたような__」
「お〜知っとる。ありゃいい女だったな。だが高嶺の花さ。あ〜しけこみたかったな鈴木らんらん」
「いや凄まじい人気だったよ。でも俺はどっちかつうとランちゃんよりミキちゃん派だったかな。キャンディーずでは」
「わしはピンクレディー派じゃな」
「わしはお前さんと一発派じゃな」
「俺は結野アナ派かな。お前は?」
「は?何だそんなもんのために俺を呼んだのか」
「あー愚問だったね朧くん!君は永遠の透ちゃん派だもんねえ。ラブフォーエヴァーだもん_グハッッ!!!」
「おぬし。いいアッパーを持っているな」
「バカの制裁にはうってつけだが、褒められるほどのものではないさ。銀時。俺は忙しいんだ。要件は先に言え」
「お、朧くーん。待ってよ僕たち親友じゃないか」
「親友になったつもりはない」
「あ、朧さん!!」「おボロン!」
「メガネ君、中華っ子」
「来てくれたんですね!警察の仕事はいいんですか?」
「抜けて来たのさ。今 城では厳重な警備体制が敷かれていてな。城の警備兵じゃ足らず、警察も出払ってんだ。その中で、俺は休憩ついでに銀時を連行しに来たというわけだ」
「連れてゆけ」「連れてってください」「どうぞアル」
「俺なんかしましたか!!」
「事情はメガネ君から聞いている。傾城鈴蘭の死に際に、もう一度男と逢わせてやりたいと。俺も本当は暇じゃねぇが、最近はつまらない仕事だらけだ。いいだろう。まずはお前らに逢わせてやる。その男に」
「え!?いいんですか?」
「いいが。その代わり、首が飛んでも文句は言うな」
ヒュウウウウウウウ
「どうした?行きたいって言ったのはお前らの方だろ」
「いや何となく嫌な予感はしてたよ?でもまさか、将軍のお家だとは思わないじゃん?」
「そのまさかだ」
「将軍さまですか…」
「そうだ。13代将軍定定公は俺たちがJOYをやってる頃に将軍だった」
「JOYって何アルか」
「俳優だ。気にするな」
「へえ」
「定定公は、売国奴とは言われたが幕府を立て直した立派なお方だ。今は将軍の相談役として、裏で邪魔者を排除していると聞く。夜の方もお盛んらしいな。鈴蘭はそのうちの一人だったんじゃないのか」
「奴はその地位を利用し鈴蘭を弄んで捨てたんじゃ。ターゲットは元将軍で決まりじゃな」
「ターゲットって言い方やめてくんない!?」
「無謀なのは百も承知。それでもわっちはゆくぞ」
「お、おい!」
「女は吉原のために一生を尽くした。ならば吉原も女のために尽くそう」
「ほう。ワンフォアオール、オールフォアワンか」
「ちょ、朧さんいい感じの雰囲気壊さないで!」
「かりそめの夢のための月はもう要らぬ。最後の月は夢を叶えんがため昇る」
「待つアル。ツッキー。その夢、無謀なんかじゃないアルよ」
「そよちゃ〜〜〜〜ん!!!」
「神楽ちゃ〜〜〜〜ん!!!」
「姫様!はしたないですぞ!」
「え?何あれ誰あれ クララとハイジ?」
「あれは将軍様の妹君、そよ姫だ」
「俺の記憶が確かなら、姫さまはあんな小汚いハイジとヨーロレイホーとかやんないよ。嘘でしょ?アイツいつの間に一国の姫さまとコネクション築いてたわけ?いつの間に銀さんよりも顔が効くようになってたわけ?」
「オンジの気分なのか」
「フランクフルトから成長して帰って来たハイジがなんか遠くに行っちゃたみたいで素直に喜べないオンジの気分だよ」
「オンジそんな卑屈なこと考えてねえよ。朧さんも乗っからないでくださいよ」
神楽のツテにより城内に入ることができた万事屋と月詠、朧であったが、朧の言った通り城は厳重な警備で固められており、あまりうろつけるような状態ではなかった。
「ごめんなさい。せっかく遊びに来てくれたのにコソコソと……」
「申し訳ありません。なんか大変な時にお邪魔しちゃったみたいで」
「いえいえいいんです。このところお城全体が暗い雰囲気で心細かったから」
「そうですか、ならば仕方ありませんね。本来なら姫様のご友人とはいえお帰り願わなければと思っていたのですが__特別に見逃しましょう。
私のメル友もいるみたいですしね」
「げげんちょ!」
「こ、これは佐々木殿!!」
「いえいえいいのですよ。我々見廻組が殿中の守りを預かった以上__姫様方の身は絶対安全ですから。それに下手人も大方攘夷浪士と見ていますし、元攘夷浪士が潜り込もうと何の問題もありませんよ。ねっ白夜叉殿」
ピピっ
【携帯捨てちゃうなんてひどいお。これあげるからまたメールしてね】
「あれ朧さん。長官補佐ともあろう方がこんなところで職務放棄ですか?」
「違う。見廻組を見回りに来た」
「そんなダブル見回り、聞いたことありませんけど」
「佐々木、報告がある。先刻の___」
【姫様の身辺警護はのぶたすだから、下手なことすると殺されちゃうお 気をつけてね】
「姫様見〜っけ。じいや撃〜った。失礼ながら私が全員見つけてしまいました。すみませんエリートで」
「かくれんぼしてたのかお前ら。で、銀時やあの女はどうした」
「朧さん___まだ隠れてるのかもしれないです」
「おや。まだ見つかってなかったんですか。皆さん隠れるところには気をつけていただかないと、賊かと思って危うく撃つところでしたよ」
「危うくって言うか思いっきり撃ち殺されそうになったんですけど!」
「姫様を危うく射殺することがなっても、六転殿が責任を取られるのなら、2ラウンド目行きましょうか」
「やめます!やめます!すみませんでした!!」
「賢明なご判断で。さすがは先代将軍よりの重鎮 六転舞蔵殿。聞いておりますよ。その失われた左腕こそは尽忠報国の証と__」
「爺やさん!定定様にお仕えしていたんですか!」
「む、昔の話ですじゃ」
「ちょうどその頃合いも幕閣内で粛清が続く嵐の時代だったとか。六転殿はその時代に主人を守り抜いた忠臣なのですよ。定定様が将軍になられたのも六転殿の尽力があってこそのこと。何せ他の有力派閥のお歴々は、み〜んな天国へ行っちゃったんですから。
そう、文字通りの天国、吉原で」
その頃。将軍茂茂を缶蹴りでぶっ飛ばして昇天させてしまった銀時、月詠、信女の部屋には、先代将軍定定が訪れていた。
「傾城には気をつけなさい」
「上様。数々のご無礼お許しください___ただ一つお聞かせ願いたく。
その傾城を、鈴蘭を、覚えていらっしゃいますか」
「なるほど。それでその花魁と定定様の関係が知りたいと」
佐々木異三郎と朧を場内の目立たぬところまで連れ、新八と神楽もまた、鈴蘭について聞いていた。
「何か知っているような口ぶりだったので」
「悪いことは言わない。今すぐ私にメアドを教えて帰りなさい」
「持ってねえよ」
「メル友になって帰りなさい」
「他人のままいつづけるネ!」
「国さえも色香に溺れさせ傾けるが傾城。関わればその身を滅ぼすことになりますよ___」
「そうか。あの鈴蘭がまだねえ」
ポトリ。定定の顔こそ見えはしないが、銀時達は見ていた。彼が涙を床に落とした瞬間を。
「あなたたちの言うとおりです。鈴蘭太夫は若かりし頃の定定様の情婦でした。でも情欲に溺れたのは彼ではありません」
「鈴蘭_____忘れるものか。忘れられるものか。その慈愛に満ちた眼差し、華やかで軽やかな立ち振る舞い。滑らかな髪、艶やかな唇、やわらかな肌_____
そして、
血に濡れた手。また、しゃぶり尽くしたいものだね」
涙に見えたそれは、彼の涎だったのだ。
「彼は彼女を利用したんです。文字通り、傾城を国崩しの道具として。そして将軍の座まで上り詰め、現在もなお己の傀儡となる将軍を擁し、殿中で強大な権力を振るっているのです」
「じゃあ、あの約束は!?」
「そんな男が秘密を知る道具、外に連れ出すとでも?あったとしてもそれは詭弁。道具の心を縛り付けておくための、ただの呪いです。あのタヌキジジイはあなたたちの手には負えません。ここはエリートに任せて手を引きなさい。
吉原だけじゃない。もうここは彼の狩場です。何をされるかわかったもの____」
ドッッッ!!!
「あっ!!」
異三郎の白い隊服に赤い染みが広がる。
「ほら、だから言ったでしょ。傾城に関わるとロクなことが……」
バタッッ!!!
「佐々木!!」「佐々木さん!」
「捕らえなさい。幕府重心殺害、および城中を嗅ぎ回るボス犬を殺してくれた下手人を」
30.9.4
戻る /
次へ