支援者


「家のこと、になっちゃうんですけど」

「そんな些細なこと、みたいな言い方はやめろ。家あっての学校で、学校あっての部活だろ。大事だ」
「はい、」

「梟谷の木兎とは、兄弟なんだってな」
「____そうです、けど」

陽はため息をついた。やっぱり分かっていたんだ、そんな意味が含まれていそうだ。

「お前が言いたくなければいいが、」
「言いたくないです」

即答か。
確かに、陽との間に信頼関係があるかと言えば、ない。バレーボールで築かれたほんの半年にも満たないコーチと生徒の関係。

もし陽がデリケートな身内の話をペラペラと言ったら、それはそれで心配になる。

これであってるんだよな。嫌だといえばこれ以上干渉しないのが、俺の立場なのかもしれない。


「俺はお前らと伊達に向き合ってきたつもりじゃなかったんだけどなぁ」

「俺だって真剣に、監督には向き合ってますよ。けど、家庭のせいで特別扱いされるのは、嫌です。バレーと家族はまた、別の話ですから」










学校や部活ではその騒がしさとテンションの高さから烏野のティラノや残念なイケメンと言われている陽だが、実は家では恐ろしく葬式テンションである。

学校では想像もつかない姿を見せる理由としては年頃ということもあるのかもしれないが、一番の理由は母を気遣ってのことだった。
小学校高学年の時に親が離婚してから、宮城に移り母と暮らしている。

木兎光太郎は生き別れた兄弟であり、光太郎の方は父と共に東京に残った。今は別の女性と再婚したと聞いているが、それは意外にも母の大きな転機となった。再婚の知らせを聞いてから、母の元気はそこはかとなく失われ、最後には仕事を辞め、うつの診断書を持ち帰ってきた。
母はいつもは慎ましやかで遠慮がちな人だったが、どこかで父との再婚を期待していたのかもしれない。陽はそう勘ぐっていた。


そして、陽の家の話をしようと思えば彼のある支援者についても触れなければならない。
陽が高校一年生の時。その人は急に現れた。


「陽くん。お母さんのことは心配せんで、部活に集中し」









その人が俺たち家族に干渉しだす前。

精神的な病気で休養を余儀なくされ、会社をやめてしまったお母さんは、生きる意味を失ってしまったからか、かつおぶしのように力なく見えた。

「陽…、あんた学校ちゃんと行ってるの」
「うん」
「部活も?」
「うん」
「疲れてる?」
「ううん」
「そう。陽は頑張りすぎちゃうんだから、あんま頑張らないのよ」


そんなの、お母さんの方が。俺は言ってほしくなかった。もっと自分のことを大事にすればいいのに。

そんな時に、烏養監督に廊下で声をかけられた。


「お前、ユースに選ばれたぞ」

「ユース、ですか?」
「お前も知ってるだろ。全日本ユース強化合宿の召集だ」


テレビや雑誌でなんとなく見ていた夢のような言葉が、向こうから俺に近づいてきた。


「感謝だな。烏野は功績を残してないから、普通は選ばれない。
だから行って来い。思う存分、お前の可能性を試して来い」



感謝だな。監督の言葉が頭の中でこだまして、陽は真っ先にお母さんの元へ走った。


「お母さん。あのさ」

「おかえり」


帰ると見知らぬ男の人がいて、家を間違えたかと思った。


「月刊バリボー見たで。陽くん、今月の載っとんねんな」

「えっと。誰ですか」

「あ!すまん!つい興奮してしもて。
俺は近衛友治言うんやけど……よろしくな、陽くん」


月刊バリボーに載ったのはユースの合宿に選ばれたからではなく、宮城の白鳥沢学園高校の写真に少し写ったからだ。別に、俺がすごいわけじゃない。


「この人ね、近衛さん。お母さんの会社の同僚だった人よ。昔バレーボールやってたんですって」
「そうなん、ですか」
「だから陽がバレーボールやってるって聞いて、とっても喜んじゃって」
「久々に学生時代を思い出したんや、どうや陽くん。今度、一緒にバレーボールでも」
「すみません。俺、部活あります」
「そっかあ、すまんな。部活忙しいもんな」


近衛さんがうちに来るようになってから、お母さんの心の病気は良くなっていった。俺はなんとなく部外者がうちに来ることに抵抗感を感じていて、中々なじめなかったけど、この人がお母さんを助けてくれた、この人がお母さんを変えた、そう思ってから段々と心を許せるようになったと思う。


「最近は大丈夫なんか」
「うん。あ、」
「なんや」
「いや。なんでもない」


全日本ユースの強化合宿。近衛さんになら言えると思ったけど、それを喉の手前で止めた。この人は所詮他人だし。
いくらバレーの為だからって、ここまでお金出してもらうのって、さすがにどうなんだろ。


「そうか?何か、大きい大会でも呼ばれたんと違う?」
「いいや」



「それより俺、腹減った」




言えなかった。

そうして高校一年生の時のユースは棄権した。もう二度と読んでもらえない事くらい分かっていたけど、母と近衛さんのことを考えると背に腹は変えられない。迷惑はかけられない。

勿論このことはチームの仲間の誰にも言えなかったし、言うつもりもなかった。せっかくなのにもったいないとか、贅沢だと言われても、何も返す言葉がないから。















【合宿最終日】




「陽ナイスっ!!」
「研磨見たか今の!!イエッヘーイ!!!」

「木兎が二人……」
「なんか胸焼けしてきますね」
「赤葦それは多分 木兎の過剰摂取だから少し休んできていいぞ」
「あかーし大丈夫!!?」



陽は最後まで音駒でプレーをし続けた。
烏野と当たった時も、今のチームを客観的に見るいいチャンスだと思えた自分に拍手喝采を送りたい気分だった。



合宿も終わり、帰りは音駒ではなく烏野のバスに乗る。荷物を抱えて駐車場を歩いていると、おーい!!と聞きなれたような聞きなれないような、とにかくうるさい声に呼び止められた。

「陽!!!」
「光太郎!お疲れ!」

「最近、母ちゃんは!?病気したって聞いたけど、どうなんだよ!」
「もう治ったよ」
「え!!マジか!?」

「うん。うちの母ちゃん、親父と同じで再婚すんかも」

「え!え!どんな人!?」


陽はなんともなしに空を見てから、そうだなあ、とブツブツ何と言おうか悩んでいる。



「そうだな、なんか、お節介のすぎるええ人かな」




30.12.5

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