俺が要らない理由
「夜久さん。次サーブください」
「は?」
「ギャハハ!リベロにサーブくださいって頼む奴があるかよ!!!」
「うるせえよ猛虎!違うし!そうじゃなくて…!!」
「陽。いいから落ち着いて日本語で話せ」
「あの、夜久さんがとったサーブをそのまま俺に流してほしくて……」
「研磨を通してからじゃなくていいのか」
「研磨、疲れてるなあって」
マジだ。アイツ肩で息してる。
「よ、よく見てんな」
「ね。だからください。どうせあと二点で終わるんだし。俺が決めて、猛虎がサービスエース」
「おい!これでできなかったらどうすんだよ!!」
「それはお前、夜久さんにシメられるべ」
「それもいいな」
「ぎやあああああ!!!!」
「山本うるせ!!」
陽、ワガママ野郎め。
確かに点差は二点。二点取ればウチの勝ちだ。いくら知り合いで助っ人だからって、よそ者の自己中バレーなんかに付き合ってやらない。普段は。けどまぁ勝つに越したことはないし。研磨も疲れてきてるし。
「いいよ。陽。お前に上げてやる」
北来陽は昔からめちゃくちゃな奴だ。
中学の時、東京選抜チームに選ばれた時も、陽は宮城の軍勢の中で異彩なオーラを放っていたし、プレーにも眼を見張るものがあった。陽はその時から周りより背が高くて、中学の低いネットの上から目玉だけがキョロキョロとこちらを覗いていて、ろくろ首かとビビったのが懐かしい。
このチームのリベロとして、俺にはボールを拾う義務があると思っている。血液であることに変わりはないが、守備に絶対の自信を掲げるウチの中で、一番の守備の要はリベロの俺だと言いたい。
「強羅さんナイッサーー!!」
ピッと笛の音を聞いたのはすごい前のことのような気がする。生川高校主将のサーブがストレート一本だどうだとかっつうのはもう、頭の中からは消えていた。
パアン!!!
「夜久さんナイスです!!」
俺が取れるか取れないかではない。俺が取るのは前提で、陽は俺にボールを回せと言った。俺のボールを信じて待っているあの背中はどうしようもなくガキンチョで、どうしようもなく身勝手で、でもそれと同じくらい頼もしい。いやそれより破天荒が勝つか。あの烏野の主将も、よくこいつの世話がバレー片手間にできるってもんだ。
反対方向から山本が駆け、ネットぎわで飛び上がる。囮らしくない囮。違う!と思った時にはもう遅いんだよ。誰もヤツに間にあわせることなんて、できないんだ。
ズドンッッッッッッッ!!!!!
*
「しゃらぁぁぁぁぁ!!!!」
「マジうるさいんだけど。どうにかできないのクロ」
「研磨くん。新しいお友だちゴリくんと仲良くしてあげてー。こう見えてよく下痢しちゃうの。かわいいデショ」
「俺がゴリですか。ふざけんなよ猛虎ぶっ潰す」
「なんで俺!!!」
「それよか陽チャン。そろそろ交代のお時間ですよ」
「交代の、ああ。わかりました」
「惜しいよなぁ」
「なんですか。夜久さん」
「お前とリエーフが一緒にコートん中たったら、きっとすごいんだろうな、と思って」
「いいです。それよりあそこでリエーフがよだれ垂らしてるんで早くコートに入れてやってください」
リエーフの生き生きとした様子をベンチで眺めて、陽は考えていた。
どれだけタッパがあっても、どれだけ上手くても、やっぱり信頼にかなうものはない。
春高やインハイ。どれだけ功績を残そうが、信頼という根底だけは変わらないんだろうなあと思う。いくら強くても、偉そうで嫌味な奴には指摘されたくないし。うん。
つまりはそうだ。バレーの上手い下手、強い弱いには信頼なんて関係ない。比例も反比例もしないってことだ。
今回の遠征で烏野のチームから除外されてしまったのは、今の俺に何か不足している、から、なんだろうか。
「意外だな、陽。お前がベンチ経験するなんて、いい機会だからよく味わっとけよー」
「夜久さん」
「お前は中学の頃から強かったから、きっとベンチ経験なんて少ないんだろ」
「そう、かもしれないですね」
昔から怪我ばっかだけど。
「分かる?リエーフって、すごいだろ」
「背が高いところですか」
「ばか、それもだけど。もう出来上がった人間関係の中に、一人で飛び込んでいくんだぜ。アイツはアイツで一所懸命なんだよ。バレーは全員じゃないとできないからな。レシーブ1つにしてもお互い知らない同士だったらぶつかっちゃうかもだしな」
「リエーフって、信頼されてますね」
「そうか?」
「俺にはそう見えますよ」
「へえ」
「あの積極的なところとか、最後まで食らいつくところとか。いいですよね。長くバレーボールやってるとどうしても忘れちまう何かが、リエーフにはある気がします。それで得る信頼だけは、俺、下手上手い関係ないと思うんすよね」
「ふ、何言ってんの。お前にもあるじゃん」
「言ってる時の目、ギラついてたけど」
*
「烏養監督」
「ん?」
「俺のどこが足りないのか、考えてみたんですけど」
「____言ってみろ」
「初々しさですね!!!」
「どうしてそんな自信満々に答えられたんだ。お前に初々しさは確かにないけど今更求めるもんでもないと思うぞ」
「くそーー!!外れた!!!」
頭をかかえる陽を見て、お前に足りないのは頭のネジなのかもしれない…という答えが一瞬頭をよぎった。
けど、違う。陽にはきちんとチームのことを考える頭があることを、烏養はバレーを通して知っている。
今日チームから外してみて、分かった。
不調のメンバーに励ましの声をかけてやることは誰にでもできる。さらに、陽はそいつをフォローするような動きを自然に見せてくれるのだ。しかも気づかない程度にさりげなくやるから上手い。実のところ、それをキャプテンである澤村ですら気づいていない。
度々見せる陽の突飛な行動も、全てとはいかないがその半分くらいはチームメイトのカバーだったりする。
先ほどの締めのミーティングでも東峰が言っていた。今日はミスが露骨に出てしまったような気がします。と。
ミスが露骨に出るということは、だ。相手チームに弱みを握られることと同じ。次からその弱みに付け込んでしまえというのが定石だろうから。
そしてそのミスが露骨に出てしまったのもやはり、陽がいない影響、と呼ぶべきなのか。
「お前。烏野と音駒、どっちにいた時の方が余裕あったか」
「そんなの、いつもないですよ」
はは、と乾いた笑いを見せる陽。烏養が眉間に皺を寄せると、陽は笑うのをやめて背筋をまっすぐにした。
余裕、本当はあるんだろうな。というのが、烏養の思うところであった。陽に限ったことじゃないが、余裕のある選手は他にもいる。西谷も東峰も、影山だ。
強いから、余裕ができる。俺という未熟なコーチのいるこのチームで、影山には翔陽という相棒がいるおかげかまだ余す感じはしない。東峰も自分の心の弱さと日々戦って、成長しているように見える。西谷は新しいことを研究する傍ら、東峰のお尻を叩いているように見える。
北来陽は、なんだろうかと思ってしまう。
確かにいつもチームのことを見てくれている。けどそれはすでに日頃から澤村や菅原がやってくれている。
陽という選手はコートの中で圧倒的な存在感を放つ。技能に関していえば、スパイク、サーブに関しては全国でも通用するレベルだろうし、レシーブも防御のプロである音駒に混じって淡々とこなしてしまう。その上でリベロの座を狙っているとアピールしてくる。
万能だ。しかし、それで完結させてしまったら、これ以上の成長は陽に見込めないのか。
烏野に閉じ込めておくのは、何かもったいない。陽をのびのびと他のチームで放してやろう。そう思っての今日のチーム編成だったつもりだ。
烏養がそうしたのには、もう一つ理由があった。
「北来、去年のユースの合宿はどうした」
「断ってます」
「なんで断った」
「えと、それは」
「お前はそんな、遠慮する奴なのか」
「遠慮するつもりはありません。バレーをしたい気持ちはあります」
「チームの皆は知ってるのか」
「知りません。烏養一繋監督には、内緒にしてくださいって頼んでました」
「それって本当か?」
「え?」
「何かいけない理由でもあったのか」
北来の目をじっと見ると、奴は堪忍したようにはい。と頷いた。
30.12.4
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