26爪痕



「そうか。今回も失敗か」



夜。エルヴィンの部屋をたずねると、レアと本を広げて話し合っている最中だった。

さながら夫婦のようなヤツらの雰囲気に多少のイラつきを感じつつも、俺は今日のエレンの硬質化実験の結果を報せた。

「うまくいけば1日足らずで穴を塞ぐことができると思っていたが」

実験のゴールは、エレンの巨人の能力【硬質化】によりシガンシナ区に開いた穴を塞ぐことだ。
しかし今のままでは、遠い。

まず情報がないのだ。こいつらが読んでいる文献のように、硬質化の教科書でもあれば良いが。


「そうなると頼みはヒストリア・レイスですね」


本から顔を上げてレアが口を挟んだ。

ヒストリア・レイス。貴族。レイス卿の隠し子。


「確かに不幸ではあったらしい。だが、ただの地方貴族がなぜ壁の情報を知ることができたのかが謎だ」


エルヴィンの言うことは最もだった。

元々ヒストリア・レイスが壁の情報を知っているだろうと言い出したのはウォール教のニック司祭だった。

渦中にいた奴は、翌朝に殺された。


「えっ.........」


知らせを聞いて、ハンジとモブリットが駆けつけた。

「現場を荒らすな、調査兵!」
「近づくな。これは我々の仕事だ」


「最近 頻発している強盗殺人事件だからな」


亡骸になった司祭の姿を目に焼き付けて、私はあることを悟った。


「強盗を捕らえた際にはこうお伝えください。


このやり方にはそれなりの正義と大義があったのかもしれない。
が........そんなこと私にとってはどうでもいいことだ。

悪党どもは 必ず私の友人が受けた以上の苦痛を
その身で生きながら体験することになるでしょう

ああ!かわいそうに!」



中央憲兵団ジェル・サネスの拳の皮膚がめくれていた。

ニックを殺したのはアイツらだ。
だって、強盗殺人の犯人は、爪を剥がすなどして殺しはしないだろうから。


















「目をつけられたな」
「目をつけられたね」


リヴァイ兵長とレア副長が揃って椅子に腰かけていらっしゃる。ジャンは生唾を飲んだ。

一時的に身を隠している小屋で蝋燭の火を頼りにお互いの顔を確認しあっている俺達は、偉大な二人を前にビビっていた。

普通にしてたらこんな事ありえないじゃないか。
民衆からは人類の英雄、人類最強と崇められてた二人だぞ。兵団の中では二人とも顔が良く部下の信頼も厚くて人気がとてつもなかったし。


そんな二人と.......仲良く同じテーブルに座るなんて。特にレア副長なんて、訓練兵時代からずっと憧れてきた女性だ。
そんな方がここにいらっしゃるなんて、ここは現実か。いや、とっくに俺は死んだのか。それともこれは


「........夢か」

「何言ってんだジャン」


「現実逃避したい気持ちも分かりますが、あともう少しの辛抱。私たちに付いてきてくれませんか。ジャン」

「レア副長、今、名前を.....!!!」

「皮肉屋が。新兵の前で爽やか気取りか」

「何?リヴァイ。副団長としての自覚が芽生えたって言ってほしいね」


「こんな時に喧嘩してる場合か!?二人とも!」


ハンジ分隊長が仲裁に入らなかったら、きっと二人はいつまでも喧嘩を続けていただろうと、エレンはひっそりと言った。


結局ニックは調査兵団と憲兵団の板挟みにされ、挙句拷問を受け、力尽きてしまった。

しかし彼は、易々と情報を吐くような男ではなかった。彼には彼なりの信念があった。

冒頭に戻るが、だからレア副長とリヴァイ兵長は口を揃えて言った。今回のことで中央憲兵を動かせるほどの何者かに、目をつけられていると。



「レア副団長!」

ガタン!ドアが開く音がして、ハンジの班の部下二ファという女性兵士がレア副長に駆け寄った。

「どうしました?」

「エルヴィン団長から伝令です」

二ファはレア副長に一枚の紙切れを渡した。

「ニック司祭のことを伝えに行ったのですが、団長がすぐに それを」



ずいっとレア副長に顔を寄せてリヴァイ兵長も紙切れに目を通す。

レア副長はズボンのポケットからマッチ箱を出し火をつけた。紙切れを燃やしながら、彼女は俺たちに指示を出した。



「全員撤収。ここを捨てます。直ちに全ての痕跡を消しなさい」









「危ねえ。もう少し遅かったら俺たちどうなってたんだ?」

その夜だった。レア副団長、リヴァイ班及びハンジ分隊長の直轄班が滞在していた拠点は憲兵により抑えられた。

「どうしてエルヴィン団長はこのことを.....」

アルミンはほっと息をついた。そしてレア副団長の方を見て質問する。しかし、それにはリヴァイ兵長が答えてくれた。

「中央から命令が出たらしい。調査兵団の壁外調査を全面凍結。ヒストリアとエレンを引き渡せってな」

「私が手紙を受け取った直後、団長のところにも憲兵団が.......」

二ファが付け足す。ハンジ分隊長はレア副団長の肩を叩いて信じられないというように言った。

「それじゃまるで犯罪者扱いじゃないか!」

「もう裏でどうこうってレベルじゃねぇな。なりふり構わずってとこだ」

「そこまでして守りたい壁の秘密って......」

「エレンとヒストリアを引き渡す理由も分からねぇな」

「殺すんじゃなくて、どうして手に入れたいのかな」

「さあな........とにかく敵がこの二人を狙っていることはハッキリした。こんなところでうろついているのはマズい。レア、どうする」

「トロスト区へ行こう」

「なぜ、ニック司祭が殺されたトロスト区に?」

「中央に行ったらどうなるか分かる?モブリット。袋のネズミだよ。
けど、混乱状態が続いているトロスト区なら上手く身を隠すことができる」



「ハンジ。お前の班から何人か借りるぞ」

「もちろん。よし。私はエルヴィンの方につく」

ハンジ分隊長がモブリットや部下に指示を出す。リヴァイ兵長はレア副団長の肩に手を置き、彼女を振り向かせた。

「レアはどうする」

「私はリヴァイと一緒に行こう。対人に関しては私とリヴァイが慣れてる」

「そうだな。その方が良い」


対人.....?レア副団長とリヴァイ兵長の会話の意味が僕には分からなかった。

いや、分からなかったんじゃない。

びびっていたんだ、きっと僕は。







「これからは巨人じゃなく、人を殺すことになる」






30.8.8



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