「三次試験は生きて下まで降りてくること」
まんまる頭の人が言う説明を聞きながらマユはうんざり、といったような嫌そうな顔をした。それをみてキルアが笑う。
「マユすげー顔」
「だって…また一次試験みたいなのだったら嫌だもん」
「まあ、降りるってことはそうだよね」
ようやく飛行船が到着したと思ったらすぐにこれだ。自分たちが立っている場所はとても高い場所だった。きっと標高何千とあるだろう。空が近くてはるか下には森がどこまでも広がっている。
ここから降りると簡単に言われたけれど一体どうしろっていうのか。はあ、と小さくため息を吐いていたらキルアとゴンに近づく人影に顔をあげる。
「きっとどこかに下に通じる扉があるはずだ」
「…えーっと?」
「クラピカだ」
「オレはレオリオ。よろしくな嬢ちゃん」
「マユです。はじめまして」
ゴンの仲間だと言う二人に挨拶されて他人行儀にぺこりと頭を下げる。細身で綺麗な顔立ちの金髪の青年クラピカと、丸いサングラスをかけたスーツの男性レオリオ。ゴンやキルアみたいに馴れ合うつもりもないので、挨拶も早々に辺りをみるフリをしてその場を離れる。
レオリオさんはまだしも、クラピカさんは仲良くなれそうにない。頭も良さそうだし、観察力も高い。騙すのはむずかしそうだ。そういう人には近づかないのが一番。
ゴンとキルアが少し離れたところでキョロキョロとしていたのでそっちへと行こうと歩き出した…ところで足元からガコン、と変な音がする。
「ガコン?……っわ!」
いきなり足元の床が抜け落ちた。なすすべもなくそのまま落ちる。薄暗い視界と湿っぽい空気が鼻につく。「犬犬猫猫-パペットドール-」を使って着地しようかと思ったけれどそれよりもはやく地面がみえて、そのまま着地した。
「ふーびっくりしたぁ」
裏返ってしまったスカートの裾を直してから、辺りを見渡す。通路には明かりも付いていてさらに奥へ奥へと道が続いている。どうやら頂上の下は隠し通路になっていてここからさらに下へと降りていくようだ。
「どーれーにーしーよーかーな」
適当に指が止まった道へと進む。誰もいないし、罠も何もない。迷路みたいになってるとしたら一次試験なんかよりもめんどくさいなーなんてため息をついた。
いくつか部屋に入ったり道を進んでいると、血の匂いが濃くなる。それをたどってみると死体が転がっていた。罪人のような服とかろうじて残っている足と腕には枷のような鉄。
死体の頭に見覚えのあるトランプが刺さっているのに気づいて、うわと声がもれた。
「……いやな予感」
「や、マユ◆」
先の部屋から会いたくなかった人、ヒソカさんが出てくる。ニコニコと笑いかけられたけど無視した。巻き込まれるのはごめんです。
「それではさようなら」
「コラコラ◆」
「む、離してください」
くるりと向きを変えて歩き出そうとしたのにヒソカさんに手を掴まれてしまった。振り払おうとしても力の差は歴然なので諦めてヒソカさんを見上げて睨む。
「なんですか」
「マユこういうの得意だろ?」
「いーえ戦うのはさすがにヒソカさんには敵いませんだから離してくださいわたしまだ死にたくないです」
「クックッそれも楽しそうだ◆でもそうじゃなくて、こういう迷路みたいになってる場所得意だろ?」
「得意、というのはちょっとちがいますけど」
「言い方を変えよう。人を騙したり、騙す人を見抜くのは得意だろ?◆」
ヒソカさんがにっこりと目を細めて笑う。それをみてわたしは理解した。それからこのあとの話がめんどくさくなることを察してヒソカさんにも聞こえるようにわざとらしくため息をつく。
確かにわたしは騙すのも得意だし、騙す人を見抜くのも得意だ。だからこういう迷路のような場所で隠されている罠や人が進みたくなるように仕向けられている道。そういったものを避けて進むのも得意だ。
「よーするに、わたしに道案内をさせるつもりですね?」
「そういうこと◆」
「…NOと言いたいところですけど、わたしは大人なので1つヒソカさんに提案をします」
「なんだい?」
「ヒソカさんが好きそうな道を選んであげるので、戦うのはぜんぶそっちがして下さい」
「もちろんだよ◆」
「ではそういうことで」
「マユはボクのこと、よくわかってくれてるね◆」
「…わかりたくないです」
ヒソカさんが笑うのでもう一つため息をついた。自分一人ならもっと楽な道を進めるのに。ヒソカさんに見つかったのはほんとについてなかった。
そろそろ暴れたいなー、とは思っていたけれど制限時間が72時間もあって、さらにはこの建物がどれくらいの規模でどのらい複雑かもわからない。体力を温存できるのなら願ったり叶ったりだった。
「それじゃあ行こうかマユ◆」
「せいぜいわたしに楽させてくださいね」
「クックッお任せあれ◆」
そんなこんなで二人で進んでいく。わたしもなるべく道は選んでいくけど監視カメラでみられているので途中で道を無理やり塞がれたり、妨害されながらも進む。何時間かそうやっていると行き止まりの部屋でヒソカさんが立ち止まった。
「マユこっちから楽しそうな気配がするね◆」
「…そこの壁たぶん押したら開きますよ」
ヒソカさんがぺろり、と唇を舐める。わたしにも伝わってくる殺気。それはヒソカさんにだけ注がれていた。
壁の一部がガタン、と開く。壁の向こうにある部屋では顔に大きな傷のある男が待ち構えていた。
部屋の隅っこに立ってヒソカさんの戦いを傍観する。たまに飛んでくる刃物を避けながら、気配をなるべく消してヒソカさんをうかがう。
下手したら興奮したヒソカさんにわたしも殺されかねない。この人はそういう人で、だからこそいつもクロロに「ヒソカには気をつけろ」と言われていた。
「無駄な努力、ご苦労様◆」
「(あーあ、可哀想に)」
ヒソカさんにいたぶられながら男が弱っていく。自分の強さを過信して、相手の力量をはかりまちがえる。それはすなわち自身の死を意味する。
わたしも「犬犬猫猫-パペットドール-」を使ったとして、それでもヒソカさんには勝てないだろう。だから蜘蛛の仲間でいるうちは敵でなくてほんとによかったと思う。まあ、この試験中はそのルールもないから気をつけないといけないけど。
「さ、マユ進もうか◆」
「…はーい」
足元に転がる死体には目もくれずにこりと笑うその笑顔の下で一体どんなことを考えてるんだろうか。ヒソカさんのことなんて絶対にわかりっこないし、今後もわかりたくない。
「(蜘蛛に、クロロに害をなすのなら、たとえわたしがどうなったとしても…殺さなきゃ)」
−ゴゴゴ…
鈍い音とともにきたのとは反対側の壁に扉が開く。ヒソカさんに続いて進むと天井の高い広い空間へとでた。
「44番ヒソカ!45番マユ!三次試験通過第一号、および第二号!所要時間6時間17分!」
「なんだ、もうお終いか◆」
「わたしたちが一番乗りですね」
スピーカーから流れたアナウンスとともに出てきた道が閉まる。思っていたよりもはやくつけた。壁に寄りかかってそのまま座る。
ここまではやく着けたのはヒソカさんのおかげでもあるけど、道案内をしたのはわたしだからお礼は言わないもんね。残り時間はのんびりしようっと。
バックに入れていた携帯食料を半分かじる。飛行船で飲み物も確保していたのでついでに水分補給もしておく。
「マユ残り時間暇だし、ボクとトランプでゲームでもしないかい?◆」
「いやです」
「クックッほんとつれないなぁ」
隣にヒソカさんが座ったので睨む。けどそんなことにはおかまいなしにヒソカさんはトランプを取り出すと一人でトランプタワーを作りだした。
不安定に積み上げられていくトランプタワーを横目でみながら、顔を上げる。まだ他の扉から出てくる人はいない。キルアとゴンは大丈夫だろうか。キルアは人と戦って殺すのも得意だろうけど、ゴンの方はそうはみえなかった。
「あの二人なら大丈夫だよ◆」
「…なんのことですか」
「友だちなんだろ?」
「ヒソカさんには関係ないです」
「ボクもあの二人には期待してるんだ。もちろんマユにもね◆」
そういって笑うヒソカさんの目はいつもとはちがう妖しさにギラリと、輝いていて思わず身構える。ほんとに読めない人。
「今はまだその時じゃないから安心してよ◆」
「…その時がこないことを願います」
「それはそうと、マユ」
「まだなにかあるんですか?」
「あんまり99番の子と仲良くしない方が身の為だよ◆」
「理由は?」
「イルミを怒らせると怖いから◆」
ヒソカさんはそうとだけいってそれ以上の詳しいことは教えてくれなかった。再びトランプタワーを作りはじめていたのでわたしもそれ以上を聞くのは諦めた。
「(別にともだちとか、仲良くとか…どうせ戦うことになったら関係ないのに)」
わたしの中での一番は蜘蛛で、唯一はクロロ。それは変わらない。
「(ともだちなんて、いなくても生きていける。これまでずっと、そうだったんだから…)」
そう思いながらもゴンとキルアと話している時間は楽しくて、こういうのもいいな。なんて思ったのも事実だけど。
もやもやとした気持ちを誤魔化すように足を抱えこんで顔を埋める。はやく三次試験が終わればいいのに、と思いながら目を閉じた。