人の居ない廃れた街。ボロボロに崩れた廃墟の中でクロロはいつものように本を読んでいた。静けさの中時折ぱら、と本をめくる音だけが空気に響く。
ヴヴ、と小さく振動する音がしてクロロはポケットから携帯を取り出す。
「どうだ」
『調べてみたけど、予想通りって感じ』
「そうか…」
『ヒソカも参加してるみたいだし、問題ないとは思うんだけどさ』
「…いや、それはどちらかというと不安の方が大きい」
『ははは』
電話の相手であるシャルナークは笑う。マユのことで調べさせていた件について一通り聞いて頭を悩ませる。
マユを一人で行動させたことはこれまでなかった。念も使えるし戦い慣れてるとはいえまだ10歳かそこら。そう思ってほとんどの行動を共にさせていた。そのことをマユは不満に思っていたのか団員の誰にも秘密で一人ハンター試験を受けたようだった。
唯一頼ったのがヒソカ、というのが気にくわない。
クロロは本を閉じて少し考えるようにしてからそれと、と言葉を続ける。
「次の盗みは派手にやるつもりだ」
『うん。みんなにも連絡してあるよ』
「ヒソカはいいとして、マユにはオレから伝えよう」
『りょーかい』
簡潔に伝えて電話を切る。読みかけの本を閉じてからはあ、と一つため息を溢した。マユにも困ったのだ。イルミに依頼しておいた伝言はもう伝わっている頃だろうが、こちらとしてはただ待つことしかできない。
「あまり目立つようなことはしていないといいんだが」
クロロの小さな杞憂は誰に届くこともなく、廃墟の静寂に飲まれて消えた。
「…っくしゅ!」
「ほい隙あり」
誰か噂しているのかくしゃみをする。とその隙を見逃さずネテロさんがわたしの後ろから膝をとん、と足で叩いた。思わずバランスを崩して倒れそうになる。
「わ、わ!」
「マユ!」
「ゴンありがと」
ゴンが手をつかんで支えてくれたので態勢を立て直す。すでにネテロさんは少し離れたところにいてキルアが追いかけて飛びかかっていた。キルアの素早い追撃も軽々と避けていく。
「ッチ!ちょこまかと!」
「ほれほれ、ボールはここじゃよ」
ポーンとネテロさんの頭の上にあるボール。届きそうで届かない。取れそうで取れない。このお爺ちゃん、本当にお年寄りなのかな。そう疑ってしまうほど素早い動きと、切れることのないスタミナ。もうかれこれ数時間はこうやってネテロさんと追いかけっこをしている。
一体何をしているのかというとゲームをしていた。ボールをネテロさんから奪えたらハンターの資格をくれる、というとってもおいしい条件付きのゲームだ。
キルアとゴンも無事に追加の試験を合格して三次試験の会場に着くまでネテロさんのゲームに参加していた。三人がかりだというのにネテロさんの服すらかすらない。
「もう、全然捕まらない!」
「ほんとに爺さんかよ!」
「三人で捕まらないって…」
「ホッホッもうお終いか?」
「ちょっと待って下さい!作戦会議します!」
キルアとゴンを集めて小さな声で話す。後ろでネテロさんはボールを頭の上にバランスよくのせたまま笑っていてその余裕な態度にむむ、と眉を寄せる。
「どうする?マユ、キルア」
「まとめてかかってこれじゃあ、少し連携したくらいじゃどうにもならねーぞ」
「でもでもこのままはむかつく!」
「うん」
「武器じゃないけどこのぬいぐるみを投げるから、その隙に…」
コソコソと考えた作戦を二人に話す。正直うまくいくとは思ってないけど、それでもやらないよりはマシだ。
「よーし、今度こそ!」
「ホッホッいい休憩になったわい」
キルアとゴンと三人で同時に飛びかかる。それをひらりひらりとかわすネテロさん。ゴンが正面から蹴る。蹴りながら靴をうまく脱いでリーチを伸ばしてネテロさんの不意をついてくれた。その隙にキルアが後ろから距離を詰める。ゴンの攻撃で不安定なところにそのままキルアの蹴りがきまった。
「ぐぎ!」
「チャンス!」
「ナイスキルア!」
「なんの」
ネテロさんが態勢を崩してボールが宙を飛ぶ。すかさずキルアとわたしがボール目がけて飛んだ。それでも左手を軸にしてネテロさんが逆立ちのような態勢のまま右足でボールを蹴り飛ばした。
「あと少しだったのに!」
「あぶないあぶない」
ネテロさんがボールを掴もうとしたところにゴンが靴を投げた。うまくボールに当たって弾かれて宙を飛んでいく。それと同時にネテロさん目がけて腰のバックに入れていた犬のぬいぐるみを投げた。
キルアとゴンは飛んでいったボールに夢中でわたしのことはみていない。今なら念を使える。
「(「犬犬猫猫-パペットドール-」『バトンタッチ』!)」
念を発動して投げた犬のぬいぐるみと自分の場所を入れ替える。瞬間移動のようにネテロさんのすぐ側へと近づくことができた。ネテロさんが一瞬驚いたような表情でこちらをみる。それでももう遅い。わたしがネテロさんを抑えて、キルアとゴンがボールを奪えばわたしたちの勝ちだ。
「ネテロさん捕まえたー!」
「「もらったァー!!」」
「…ふん!」
ネテロさんを掴もうとしていた手が空をかいた。瞬きをした一瞬のことだった。気づけばネテロさんはゴンとキルアが追っていたボールのところまで飛んでいた。床を見ると足の形に穴が空いていて驚く。開いた口がふさがらない。
まさか今の一瞬、この位置から?わたしがやった念能力の『バトンタッチ』とはちがう脚力によるただの力技。
「努力賞、といったとこじゃな」
「………」
三人で呆然とする。作戦が悪かったとか、タイミングが合わなかったとかそんな些細なことじゃない。ただ単にネテロさんの身体能力が通常の人のそれを遥かに凌駕している。それだけのことだった。
「やーめたギブ!オレの負け」
「なんで?まだ時間はあるよ!今のだってもう少しだったしさ」
「ったく何もわかってねーなお前。あのジイさん右手と左足ほとんど使ってないんだよ!」
キルアにそう言われてゴンがぽかん、とする。気づいてなかったんだ。ネテロさんはハンデのつもりなんだろうけど、それがあっても届かなかった。悔しいけど力の差は目に見えていた。
「それでも最後のは惜しかった〜くやしい!」
「あと何回やっても無理だって。行こーぜゴン、マユ」
「あ、オレもうちょっとやってく」
「え」
ゴンの言葉にキルアと顔を合わせてぽかんとする。キルアが何を言ってもゴンは折れなかった。キルアは先に寝る、といって出て行ってしまって残されたわたしは今度はゴンと顔を見合わせる。
「マユはどうする?」
「うーん…わたしももういいかなぁ」
「そっか、じゃあおやすみ!」
「おやすみ。ゴンもほどほどに休んでね」
ゴンに手を振って部屋を出る。ゴンとキルアに見られないように「犬犬猫猫-パペットドール-」を使ってもネテロさんには敵わなかった。
旅団の中にいたから自信はあったけど、まだまだだと思い知らされた気分。
「(念隠しながら、殺さないように…なんてむずかしいもん…)」
誰に言い訳してるのか、寝られそうな場所を探しながら歩いていると少しの殺気と血の匂い。この殺気は知らない。ヒソカさんでも、イルミさんでもない。なんとなく血の匂いをたどる。
「わあ」
角を曲がったところで男の死体が二つ転がっていた。何かで切り裂かれたのかバラバラになっていて原型をとどめていない。受験生が二人減ったラッキー、なんて笑う。
床に広がる血の海を踏まないように飛び越える。一体誰だろう。この先に誰がいるのかな、なんて少しの好奇心で気配を消して進む。
「!」
ピリッとした殺気がわたしに向かって飛んでくる。警戒しながら進むと殺気の先に居たのはキルアだった。
「なーんだキルアか」
「…それはこっちのセリフ」
「何してるの?」
「何って…うさばらし?」
「ネテロさん強かったもんね〜」
「そういうマユは?」
「知らない殺気だったからちょっかい出したら遊んでくれるかなーって!」
「はは、なんだよそれ」
オレと同じじゃんとキルアが笑う。もう殺気はしまわれていてちょっと残念、と思いながらわたしも隠していたナイフをしまった。
「次の試験はもっと楽しいといいね」
「こんなんじゃつまんねーよなー」
「戦ったりしたいなーこのあとも筆記テストだったらやだな…」
「ゴン落ちそう」
なんて二人で話しながらケラケラ笑う。わたしも筆記テストは自信ないけど。
「マユと居ると楽でいいな」
「え?」
「猫かぶる必要もないし」
「いつもはかぶってるの?」
「まあね」
「ふーん。似てるんだねわたしたち」
「……そうか?」
だってわたしも猫かぶるのは得意だ。今だって10歳のか弱い女の子として振舞ってる。その方が周りからも警戒されないし、油断させられる。
それはそう、キルアに対してだって。
「あっそろそろ寝ないと!」
「だな」
「寝れるところまだあるかな?」
「その先の部屋空いてたからマユ使えば?」
「ありがと!キルアも一緒に寝る?」
「は?!やだよ!」
思っていたよりも拒絶されてびっくりした。キルアの顔が少しだけ赤い気もするけど、くるり、と背を向けて歩き出してしまったのでその背中におやすみ。と声をかけてわたしも部屋へと向かう。
次の試験はたくさん動ける試験がいいなーなんて思いながら部屋のすみで丸くなって眠った。