だれか、わたしに気づいて
だれか、わたしをみつけて
だれか、わたしをはやく
「『赤の城』?なんだいそれ?◆」
「吸血鬼が住む城らしいよ」
「へえ◆吸血鬼ねえ…」
いつだったかイルミと仕事のときこの城の話を聞いた。吸血鬼が住むという城。噂なのか、事実なのかわからないけど吸血鬼という言葉に興味はわいた。
「誰も姿を見たことがないらしいけど、吸血鬼が住んでるらしいよ」
「誰も見たことないのに、なんで吸血鬼だってわかってるのかな?◆」
「さあ?」
「イルミって適当なとこあるよね◆」
「別に俺は興味ないし」
「吸血鬼って強いのかな?◆」
「知らない」
「クール◆」
そのときは特に話が広がることもなく曖昧な感じで終わってしまったけどそのあと、この城に関する面白い記事を読んだ。
今までに何人も調査に城に入っているが生きて帰ってきた者はいないらしい。
「みんな吸血鬼に食べられてしまったんだ」
「きっと血を吸われて吸血鬼になってしまった」
と、噂が一人歩きしているようにも感じられたが別にそれはどうでもよかった。
ただ、強い人と戦えればそれでいい◆
強い人と戦うことこそが
ボクの生きがいであり楽しみだ◆
「あはは!」
「ククク◆」
その吸血鬼が目の前で笑っていた。
吸血鬼になんてとても見えない。
小さくて綺麗で可愛い女の子。
でも口元の小さな鋭い牙と
背中の黒い翼。何より赤い瞳が
異質な存在である証だった。
あれから何時間経ったのか
もうわからないぐらい
ルルシィとずっと戦っていた。
ヒソカはあちこち血だらけだ。
どれも致命傷ではないがナイフの掠った傷からは止まることなく血が流れ続けている。それでも不敵な笑みは絶やさない。むしろこの状況を楽しんでいた。
「(ルルシィはとてもイイね…◆)」
飛んでくるナイフを避けながら口元が歪むのを抑えられない。楽しくて楽しくて仕方がない。久しぶりに手応えのある戦い。能力が未知数なところもイイ◆
ぺろり、と舌なめずりする。
戦いの中ルルシィの能力のことでわかったことがいくつかある。一つ、吸血鬼の能力は身体能力を上げる回復はもちろん動きも速くなるしオーラの絶対量も増えている。
攻撃が当たってもすぐに回復してしまうし素早い動きは見極めるのも難しい。
「吸血鬼は不死者の王様なんだよー」
「王様◆ルルシィの場合は女王様かな?」
「外の獣たちはルルシィの言うこと聞いてくれるから、間違ってないかもね!」
動物を操ることもできるらしい。
一つ、死角から現れる能力これは念能力だろう。死角、というよりは影の中から現れているようだった。
影の中に潜る能力か、
影の中を移動できる能力。
目が合うと発動するらしい。
ルルシィは目が見えていないらしいがその赤い瞳は嫌でも目に付くし、戦いの中、相手の目をみることは別に悪いことではない。次の行動を予測できるし、相手の心理状況を測るうえでも目をみるのは大切なことだ。
「ねえねえ外の世界って綺麗?素敵?いいところ?」
「ルルシィは外に出たことないのかい?◆」
「出ても目が見えないから見れないもん」
「ああ、そうだったね◆」
「でもおにーさんが今いる位置とか、大体の背丈とか、それぐらいはわかるよ!」
「超音波、ってやつかい?◆」
「そう!びびびーって!」
変な擬音。可愛い◆
一つ、それはルルシィ自身のことだ。
「ねえ、ルルシィ◆」
「なーにー?」
「君はいつからここにいるのかい?◆」
「わかんない!気づいたらここにいて、気づいたら吸血鬼だったから!」
「気づいたら?」
「そう、寝て起きて気がついたら一人だったの!ひどいと思わない?ひどいよね!あはは」
笑顔のままナイフを振るう。それは緩やかな軌道を描いてヒソカを狙うが届くことはない。後ろに飛んで避けながらトランプを投げる。ザク、ザクとルルシィの腕に刺さった。
それでもルルシィは「んん、痛ーい」と軽くいいながら刺さったトランプを抜く。血が流れることはなく、すぐにその傷も治ってしまう。高い治癒力のせいでルルシィに傷をつけることはできない。
「本当にすごいねその力◆」
「……すごくない」
「それがあれば無敵じゃないか?◆」
「…わたしは、こんな力、いらない…」
ルルシィは自分のことを「ルルシィ」と
呼ぶ時と「わたし」と呼ぶときがある。
前者のときはテンション高くずっとにこにこと笑っているが後者のときはどこか暗く冷たく寂しい。
どちらが本当の顔なのかな◆
とトランプを投げる手は休めずに
ルルシィを観察しながら考える。
「もう、やだ…」
「どうしたんだい?◆」
「ずっと一人で、ずっとこんな姿で…」
―カラン、
とルルシィは手に持っていたナイフを落とした。ぽつりぽつりと、つぶやき始める。特に何か話しかけることはなく静かにその様子を伺った。
正直血の流しすぎでだんだんと焦点が合わなくなってきていた。時間を稼げるのならありがたい。
「わたし本当だったらおばあちゃんだよ?なのにこんな姿のままで、傷もすぐ治っちゃうし、こんな…こんな…」
いつの間にか背中の羽がなくなっていた。どうやら自由自在に出したりできるらしい。オーラの絶対量も減っているから吸血鬼の力を使っているときだけパワーアップする能力のようだ。
「ずっと一人で、誰もいなくて、もうやだ…うわぁあああああ、あああ」
ポロポロとその赤い瞳から
大粒の涙が流れていく。
小さな身体を自分で抱きしめる。
さっきまでとは別人のようだ。
ただの小さな女の子。
白いワンピースが真っ赤に血濡れていて窓から差し込む月明かりに照らされてその姿は幻想的にさえ見えた。
その光景を眺めながら
ぞくぞくぞくっ、と興奮する。
ああ、イイね…とてもイイ…◆
「ルルシィ◆」
「ひっく…ぐすっ…うっう?」
「最初に言ってたよね◆ずっと不思議に思ってたんだ◆」
「ひっく、ひっく、な…にが?」
「『殺してくれないと、殺しちゃうよ?』って◆なんでそんな言い方するのか不思議だったんだよねボクは◆」
まるで「殺して欲しい」みたいな
そんな風にも聞こえる言い方。
ルルシィはくしゃり、と
可愛い顔を歪めて泣き叫ぶ。
「だって…!わたしは、ひっく、ぐすっわたしは、もういやなの!こんな力っいらないっ!」
「………」
「ひっく、やだ、もう、やだ、やだ…死にたい、死にたい、死にたい!!!」
その場に膝から崩れ落ちる。宙を見上げながら叫ぶ。まるで何かに祈っているかのように「死にたい」と悲痛に叫ぶ。
ルルシィがどれだけの長い時間を一人で過ごし、何度絶望し、毎日を生きてきたのかそれを想像するとぞっとする。
だからこそ、ルルシィは死にたいと願う。
「(ああ、ああ、壊したい◆)」
小さな身体、綺麗な髪。
白い肌。赤い大きな瞳。
その全てを壊したい。
真っ赤に血で染めて、
その小さな身体を壊したい。
「ねえ、ルルシィ◆」
だから甘く、優しく、囁く。
「そんなに死にたいなら◆」
まるで愛を語るように
「キミのことを、ボクが◆」
道化師は言う。
「殺してアゲル◆」
悪魔のような囁きを。
「………ほん、とに?」
その言葉にルルシィが顔を上げる。泣くのをやめて涙で濡れたその赤い瞳でヒソカを見上げる。
瞳には少しの期待と希望。
「わたしを、殺して、くれるの…?」
「ボクは戦うのが好きなんだ◆キミを殺したい◆」
「わたし、わたし、は…死にたい…」
「そう、ルルシィは死にたい◆利害は一致してるだろ?◆」
「ほんとに、ほんとに、わたしを殺して、くれるの…?」
「うん、殺してアゲル◆」
その残酷な言葉を聞いてルルシィはへにゃり、と嬉しそうに笑った。その様子に思わず目を奪われる。
さっきまでの笑顔とは違う
柔らかい暖かい人間らしい笑顔。
「(なんだ、そういう顔もできるんだ◆)」
てっきり長い時間の中でルルシィの人間としての感情はすでに死んでしまっているのかと思っていた。普通だったら何十年も一人で孤独と絶望と生きていたらおかしくなってしまうだろうから。
「おにーさん、約束、約束ね」
「うん◆」
「おにーさん、絶対、絶対ね」
「うん◆」
「おにーさん、名前教えて?」
「ヒソカだよ◆」
「ヒソカ…ヒソカ…」
覚えるように、何回も呟く。
その姿は年相応の子供のようで吸血鬼なんて嘘なんではないかと思いたくなってしまう。
「(あ、でもどうやって殺そうかなぁ…◆)」
「ヒソカ、さん」
「ん?◆ああ、ヒソカでいいよ」
「…ヒソカ」
「なにかな?◆」
「ヒソカ、ヒソカ…」
「?◆」
こちらを見ながらどこか嬉しそうにその口元に微笑みを浮かべながらルルシィが何回も名前を呼ぶ。
どうしたんだろう?
と思いながらその様子を見守る。
「名前、人の名前を知ったの…初めて」
「………」
「だから、すごく、嬉しい」
どこまで孤独だったのだろう。
思わず絶句してしまった。
ヒソカ、と小さく呟きながら
嬉しそうに笑うルルシィ。
ああ、やばいかもしれない◆
「ねえ、ヒソカ。わたしの名前も呼んで?」
「…ルルシィ」
「えへへ」
名前を呼ばれて嬉しそうに笑う。
まるで花が咲いたように
絵画のように綺麗で美しい笑顔。
「(ああ、まずいなぁ…◆)」
その姿を見ながらヒソカは笑う。
「(ルルシィ、ボクはキミのこと、好きになりそうだよ◆)」
それが嘘なのか本当なのか
それを知るのは道化師のみ。
「ヒソカ」
「なんだい、ルルシィ◆」
「絶対にわたしのこと、殺してね?」
「ああ、もちろん◆キミのこと殺すよ◆」
道化師と吸血鬼の
奇妙で不思議な約束。
喜劇になるか、悲劇になるか
それはまだ誰にもわからない。