当たり前だけど
人の命はひとつしかない
それを奪うのはいけないこと。
…でも、自分を守る為だったら?
人を守る為だったら?
それは許されることなのかな
「っぜえ…ただ、いまっ…ぐすっ」
「ゆあ!」
「あれ、意外と早いね」
「ひっく…うええ…マスターっさ、ん」
もうすでに夜の8時を過ぎたころ。わたしは全身ボロボロの泥まみれ。あちこち傷もあるし、痣だらけだった。カウンターで優雅にコーヒーを飲んでるイルミさんを見つけて涙がさらにあふれた。
「ひっく…イルミ、さんっ…ひどいっぐず…です!」
「お仕置きだからね」
「おいおい何があったんだ?」
マスターさんが慌てて駆け寄ってくる。タオルをかけてくれて椅子に座るまで体を支えてくれた。
何があったかというと朝起きたらいきなり森の中だったのだ。しかもいつも修行で使ってる森ではなくて全く知らない森。夢かと思って頬をつねったが痛い。
…夢じゃなかった。
そこからはほんとに大変で。いきなり熊みたいなモンスターに襲われたり、狼みたいなモンスターの群れに遭遇したり、変な虫がいきなり襲ってきたり…
断崖絶壁を飛び降りなきゃいけなかったり、川で流されたり、坂を転げ落ちたり…やっとのことで森を抜け出したと思ったら隣りの隣り街で…走ってここまで戻ってきた。
「ぐず…死ぬかと、ひっく…思いまし、た」
「おつかれ」
「ううう…ぐすっイルミさん、のばか…っ」
「はいはい」
マスターさんの淹れてくれたホットミルクを飲みながら悪態づく。こっちは死にかけたっていうのに!
「一体どんな修行だよ」
「マスターさん…!」
「あー、はいはい」
涙目でマスターさんをみると慰めるように頭を撫でてくれた。うー…生きててよかった…
「ほら。落ち着いたら風呂入って来い」
「…はーい」
「晩ごはん用意しといてやるから」
「マスターさんのごはんっ!」
―ガタッ!
ミルクを一気に飲み干して慌てて立ち上がった。マスターさんのごはんはすごく美味しい。わたしもそこそこ料理はできるけどマスターさんの方がうまいと思う。
ちょっと足元がおぼつかない、けどごはん!急いでシャワー浴びてこなきゃ!もちろん朝からなにも食べていないのでもうお腹と背中がくっつく勢いだった。
「シャワー浴びてきます!」
「おー」
その後ろ姿を見送るマスター。やれやれ、飯であそこまで喜べるもんかね?
「子供」
「……お前もだろ」
「俺はちがう」
「…はあ」
ため息をついた。ほんとヒソカもイルミもめんどくさい。ゆあのこととなると余計に。
「で、お仕置きってのは?」
「修行のひとつだよ」
「どこに置いてきた?」
「隣りの隣りのロイオット山」
「……おいおい」
そこは魔獣がたくさん住む山で危なくて人は迂闊に近寄れないし、入ることも禁じられている。樹海のように深く、山並みも険しい。迷い込んだら最後、出てこれないという。
「俺の予想では三日ぐらいはかかるかな、と思ってたんだけど」
「お前なあ…」
「まさか一日とは思わなかった」
今更こいつの性格になにをいう気もないがさすが暗殺者、ゾルディック家というか…
「ゆあは素質あるよ」
「……うーむ」
「俺とヒソカが修行つけてるし」
「あー…それはそうだがなあ」
ゆあが強くなるのは問題ない。だが教えてるのが殺人狂と暗殺者。…というのに問題があるんだがなあ。
「そういえば最近ヒソカ見ねえな?」
「ああ。仕事」
「ふうん?」
「この間あいつヘマしたからね」
「ヒソカが?珍しいな」
「邪魔が入ったらしいよ」
「…邪魔、ねえ」
「その片付けで忙しいんだろ」
ヒソカが殺しをしくじるなんて珍しい。邪魔が入ったとしてもミスするようなやつじゃないと思うが…まあ、いい。ゆあが戻ってくる前に晩ごはんの支度をしないといけないからな。