くろあか | ナノ

 五十話 冷たくて暖かくて



こんなにも寂しい




幼い頃お父さんが怖かった。

いつも眉間に皺を寄せていて、イラついていて、ため息が多くて、お酒を飲むと大声になって、怖くて、苦手で、何よりお母さんに酷い事をするから嫌いだった。

幼い頃の頭では気がつかなかったけれど、今思えば仕事で疲れていたのかもしれない。いつも働き詰めで休みもほとんどなくて、毎日残業で帰りが遅くて…。お父さんも辛かったのかもしれない。

でも、それでも笑顔で頑張っているお母さんに対して冷たく当たったり、暴言を吐いたり、酷い時では殴ったり…それがどうしても許せなくて、私はある日お父さんに歯向かった。

『うるさい』

そうお父さんに言ってしまったのだ。

それは言葉遣いに厳しかったお父さんを怒らせるには十分すぎた。結果私は殴られた。そしてそれを庇ったお母さんも殴られた。

私のせいで、何も悪くないのに、お母さんは悪くないのに。

―私が悪い。

―全部、全部、私が悪い。

痛いのも私が悪い。
辛いのも私が悪い。
苦しいのも私が悪い。
憎いのも私が悪い。
悲しいのも私が悪い。

―全部、私が…。


「…っ」
「ゆあ」
「イル、ミ…さ…」

イルミさんの声が聞こえた。

少し冷たい感触がして頭を撫でられていると気がつく。ゆっくりと頭が覚醒していって、瞼を恐る恐る開く。光が眩しくてくらくらした。目の前がぼんやりとしていて、ひどく見えづらい。

「あ、れ…」

起き上がって目を擦ろうとして、そこでようやく自分が泣いている事に気がついた。

「っふ、…う、あっ」
「ゆあ」
「イルミさっ、わた、わたし…っ」
「うん」
「わ、悪い子…っなん…ひっく、ですっ」

嗚咽と共に次から次へと涙が零れる。ぽろぽろと、ぼろぼろと、落ちていって布団を濡らしていく。言葉と一緒に今まで溜め込んでいた何かが溢れるように、堰を切ったように崩れ落ちていくようだった。

「ぜん、ぶっ…ふ、うっ、ひっ…わたしが、悪いっんです」
「ゆあは悪くないよ」
「ちがうっ!…っ!」

叫んでしまってから気がつく。思わず感情が高ぶって敬語を忘れてしまった。また、怒られる。

お父さんに怒鳴られた記憶が、お父さんに殴られた痛みが、じわじわと、身体の感覚を侵食する。恐怖にさらされて動けなくなるみたいに身体が硬直して、小さく震える。

「っあ、ひっ、ご、ごめんなさ…!」
「ゆあ」
「―っ!?」

―ぎゅう、っと抱きしめられた。

「!??へっ、えっ、ちょっ、まっ…なんっ??!」
「………」
「!?なっ、どっ、?!あのっ、え、え、えっ…?!」
「慌てすぎ」
「……へっ、えっ!?」

気がつけばふっと、小さくイルミさんが笑っていた。顔を上げてイルミさんの顔をじーっと凝視する。ガン見。ぽかんと口を開けて間抜け面だ。いつもよりもホンの少しだけ目が細くなっている気がする。あと口元も少し緩くなっている。

「は、初めて…みた!」
「ん?」
「イ、イルミさんが笑ってる!!」
「笑ってないよ」
「えぇっ?!絶対に今、イルミさん笑ってましたよ??!」
「嘘」
「ほ、本当ですってば!」
「ふーん。どっちでもいいけど。」
「よ、よよくないですよっ!激レアですよ?!写真に収めたらきっと高く売れますよ!」
「…何言ってるの」
「だって、だってイルミさんの笑顔ですよ!!?いつも無表情で、何考えてるか分からなくって、怒ったり機嫌が悪くなったりしても、ちょっと眉がこう、ぐっ、ってなるぐらいしか表情の変わらないイルミさんの、笑顔ですよ?!めちゃくちゃレアですよ?!」
「ゆあ、うるさいよ」

ぐいっ、と引っ張られてイルミさんと密着するような形になる。一気に頭がカーっと熱くなって思考が停止する。

以外と広いイルミさんの胸に顔を埋めるようになっていて、少しだけ息が苦しかった。っていうか恥ずかしすぎて胸も苦しいし、熱いし、頭の中がぐちゃぐちゃで、どうしようイルミさんって手は冷たいけどなんだか暖かいし、優しく頭とか撫でられてるし、なんだかすっごくいい匂いがするんだけど…って?!

「わぁああああっ!?」

どんっ、とイルミさんを突き放す。

「なっ、なっ、ななななん、なん、なっ」
「な?」

一度深呼吸。

「なにっ、してるんですかっ?!」
「泣いてたから」
「なっ、ななななな」
「な?」
「だからといって!い、いいいいいきなり、だき、抱きしめっ……る、のはっ、どういうことですかっ!」
「……なんでだろうね」
「へっ?」
「とりあえず元気みたいだね。よかった。丸一日起きなかったんだよ?覚えてないだろうけどね。何か飲み物と食べ物、いる?」
「えっ、あの、えっと…はい」
「ん。わかった」

そういうとイルミさんは何事もなかったかのようにあっさりと部屋から出て行ってしまった。

「…え?あれ?」

はぐらかされた?それともイルミさんにとって意味ないことだったのかな?

「う、うーん?」
「ハッハッハ、若いなぁ」
「………えっ?!」

イルミさんとは別の気配がして慌てて部屋の中を見渡す。いつの間にか部屋の中のソファーにシルバさんが座っていた。

いきなりの事に恥ずかしさが一気に引いて体に緊張感が走る。何しろ相手はイルミさんの父親でもあり、この屋敷の主でもあるシルバ=ゾルディックなのだ。何度か食事をご一緒させて頂いていたとはいえ、相手が格上の相手なのは立場も実力もすべてが上だ。何か間違えばこの場ですぐさま首が飛ぶだろう。

ベッドの上で姿勢を正して向き合う。

「大事ないようだな」
「は、はい…まだ万全ではないですけれど…」
「何、少し話を聞きに来ただけだ。長居はしない」

そう言ってにこり、と笑ったシルバさんの笑顔はヒソカさんの物よりももっと冷徹で悪質な何かを含んだような笑みだった。



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