くろあか | ナノ

 四十七話 僕という世界



これは彼女の世界には関係のない

僕だけの、僕ひとりの世界の話。




カルト・ゾルディックは人形だ。

生まれた時からずっと暗殺者として育てられ、その為の教育を受け、幼い頃から人を殺して生きている。それだけならどこにでもいる暗殺者だろう。

でも僕は人形だ。感情を持たない人形。父の思う暗殺者として育ち、母の愛を消された姉の代わりとして受け、上の兄の言うことを忠実に守り、真ん中の兄の邪魔にならないように。

何も言わず、何も思わず、何も感じず、
言うことを素直に聞く、いい子。

それが僕という人形だ。


下の兄とは違う。ワガママも言わないし、兄の言いつけだってちゃんと守る。母に心配はかけないし、父の意思も汲んでいる。

この生活が嫌だとも、この家が嫌だとも思った事はない。これが当たり前で、当然のことだ。生まれた時から変わらない僕の世界。

下の兄とは違ういい子なのに、それなのに可愛がられるのは、期待されるのは、愛されるのは下の兄ばかりなのだ。

「(嫉妬…これも人形にはイラナイ感情だ)」

そして僕は感情を消していく。

そうやって僕は自分を保って
そうやって僕は自分の世界を守る。

それなのに、最近はまた一つ余分な感情が増えてしまった。

「カルトちゃん?」
「…何ですか?」
「どうしたの?具合、悪い?」
「いえ」
「そう?ずっと暗い顔をしていた気がするよ」

そういって僕の顔を心配そうに覗き込んでくる。ゾルディック家の人間ではなく、執事でもメイドでもない。どんな人なのか、素性も全然知らない赤の他人だ。

兄様が最近連れてきたゆあ、さん。名前を呼ぼうとしていつも躊躇ってしまう。

「カルトちゃんと仕事は初めてだね」
「そうですね」
「イルミさんも、居るんだよね…」
「はい」
「そっか。じゃあ頑張らないと」

そう言って笑う姿は綺麗だった。ゾルディック家の誰も、彼女のように笑う事はできないだろう。

その黒い髪はサラサラとしていて綺麗で、黒い瞳は自分と同じはずなのに光輝いていて、まっすぐな眼差しは眩しくて何かを見透かされてしまいそうで、でもどこか抜けていて違うところを見ていて。

「(変な人、だ)」

暗殺一家に居候しているのに普通に生活しているし、毒の盛られた料理も進んで食べる。執事やメイドがたまにひそひそと陰口を言ってるのを聞いているのか、聞いていないのか気にしていない風で。

仕事で知り合って、殺しの手伝いをしてもらったりしていると兄様は言っていたが、それもイマイチ信じがたいことだった。

「(普通の人、すぎる…)」

一緒に修行をしていて思ったけれど、彼女は確かに強い。もちろん兄様には足元にも及ばないだろうけど、それでも自分と互角、もしくはそれ以上に戦えるレベルではあるのは確かだ。

だけど、人を殺せるとは思えない。

いつもニコニコと笑っていていつも表情がコロコロと変わっていつも楽しそうで、眩しくてそんな人が自分と同じような人殺しだとはとても思えなかった。

「仕事前だけど大丈夫?」
「なんでもありませんよ」
「そう?無理はダメだよ。ちゃんと言ってね?」
「はい。」

心配してくれるのがなんだかくすぐったくて、まともに顔も見れずに素っ気なく返してしまう。

始めは兄様に好かれようと、取り入ろうとしているのかと思って嫌っていたが、一緒に生活している内にそれはありえないな、と気がついた。そういうことができるようなタイプではない。

嘘をつくのも下手だし、思っている事もすぐに表情にでる。

「(単純というか、鈍感というか…)」

悪い人ではないのだ。どちらかと言うと表に属すべき人。人殺しなんかするべきじゃない。それなのに何故暗殺一家に居候していて、毎日修行をしたりいしてそこまで強くなりたいのか聞いた事はない。

「(それは僕には関係のないことだ)」

どうせいつかは居なくなる。僕の世界には関与しないことだ。このゾルディック家という世界から、檻から自分は出られないし出るつもりもない。だから彼女がどうしようとこの世界の外でどうしようと関係ない。

「準備はこれだけで大丈夫かな…」
「はい」
「そう?重大な仕事を任されてしまったから、緊張するなぁ…」
「兄様も、僕も居ますし何も問題ないですよ」
「うん。心強いね。足でまといにならないように、気をつけます」

嫌味でもなく、彼女はそう言う。自分とは違う、素直な感情。…少しだけ羨ましいと思ってしまう。でもこの感情もイラナイものだからと、僕はまた一つ感情を消した。





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