くろあか | ナノ

 四十六話 この気持ちはきっと



「兄様」
「カルト、もう終わったよ」
「…遅れてすみません」
「ゆあと修行?」
「はい」
「そう」

足元に転がる死体の山を一瞥してすぐに隣へと立つカルトへと視線を戻す。今日の仕事も手応えなくあっさりと終了してしまっていた。

もともとはカルトと一緒に引き受けていたが、雇われていた念能力者も大したことはなく、数分の内に殺し終わってしまった。予定よりも早く帰れそうだ。と時計を確認しながら後始末を軽くする。

「ゆあはどう?」
「…毒がまだ慣れないようですが、それでも十分に動けていると思います。隙は多いですが反応は早いです。重りをつけていてあのスピードですからね。毒の事も除けば僕よりも…強いと思います」
「…へえ」

カルトが他人のことをここまで見ているということに驚いたが、他人を褒めたということが意外だった。

修行を一緒にしろ。と命令したのは俺だけど、カルトは負けず嫌いなところも少しあるからこういうことを言うとは思わなかった。

(まあ、ゆあを鍛えた奴があれだからな…)

今頃幻影旅団を追いかけているであろう、ヒソカを思い出して小さくため息を吐いた。ゆあもやっかいな奴に目をつけられたものだ。それでもゆあ自身はそれを嫌だとも、悪いことだとも思ってなければ後悔もしていないのだから余計にタチが悪い。

「でもあの人は…」
「ん?」
「あ、いえ。その…」
「別に怒らない」
「なんというか…あの、少し抜けてますよね…」
「ゆあは馬鹿だからね」

そう断言するとカルトはそれ以上は何も言わずに黙った。たぶん同じような事を考えているのだろう。

カルトがここまで意見を言うのも珍しいな、と思いながらゆあのことを思い浮かべた。毒に慣れたいとかいうし、そんな状況でも修行は怠らないし、ゆあはいつだって笑顔で変わらない。

(カルトと修行させたのは…まずかったかもしれないな)

ちらり、とカルトを伺う。相変わらず無表情だ。カルトは殺しをしたくないとワガママを言うキルアとは違って、仕事は仕事と割り切っている。暗殺の腕前も文句はない。

たまに、本当に希にキルアを見つめる瞳が嫉妬にぎらり、と輝くこともあるがそれもキルアのワガママに比べたら可愛いものだ。

さっきゆあの腕前に対して自分よりも強い。と言ったということは少なからずゆあのことを認めている、ということだ。

もしかしたらゆあに心を許し始めているのかもしれない。悪いことではないし、それをどうしようとも思わない。ただ悪影響になるようなことがあれば親父がでしゃばってくるだろう。

(まあ、ゆあに関しては放っておいても大丈夫そうだけどな)

どんな状況だろうと馴染んで親しんでしまう。ホテルの時も、喫茶店のときも。それに今だって馴染み始めている。親父や母親に受け入れられてカルトにも認められ始めている。

そう考えていたらなぜか少しだけ心がもやっ、と霞がかったような、不快な気持ちになったような気がして首を傾げた。

「兄様?どうされました?」
「なんでもない」
「そうですか」
「うん。仕事も終わったし帰ろう」

その気持ちを振り払うように
その場をあとにした。



「……ん?」

屋敷に帰ってまずゆあの部屋を訪れてみたが、部屋には誰もいなかった。いつもゆあが修行をしている森にはいなかったのでてっきり部屋にいると思っていた。カルトも留守にしていたし、今日はゴトーたちも出ていたから修行はできないだろうし一体どこにと、近くにいたメイドに聞いてみたが知らないと言う。


「…勝手に出かけたりはしないと思うけど」
「兄様」
「ん?」
「父様に報告してきました」
「そう。なんか言ってた?」
「いえ、特には…どうしました?」
「ゆあが部屋に居ない」
「……一緒に昼食を取ったんですが、僕は先に食堂を出てしまったので…そのあとのことはわかりません。そういえばミルキ兄様とすれ違いました」
「………ミルキと?」
「はい。入れ違いで」
「…ふうん」

もしミルキがカルトとすれ違ったあとに食堂へと向かっていたらそこでゆあと会っていた可能性は十分にある。

多分お互いに初対面だろう。でもなんだか嫌な予感がした。とりあえずミルキの部屋へと向かう。

―ガチャ、

いつも大音量でゲームやパソコンを使っているからノックはせずにそのまま部屋へと入る。機械を冷やすために強めの冷房がかけられているからか、少し肌寒かった。

「はっ!てや!とぉ!…っぎゃー!?」
「ハッ、だから何度も同じ手は喰らわないっつーの」
「っくぅ…今のずるいですよ!」
「そういう技だからな」
「も、もう一戦お願いします!」
「はいはい、これでお前1勝49敗だけどな」
「一回は勝ちましたよ!」
「それ以外負けてんじゃねーか」
「次は負けません…!」
「何度目だよそれ…飽きないなぁお前も」
「ま、まだこれからです!」
「………何してるの?」

ゆあとミルキは二人で画面の前に座って何やら楽しそうに会話していた。それだけのことなのになぜだか、無性にムカついてきて、思わず投げかけた声はいつもよりも低く出た気がする。

「あ!イルミさん!」
「……あっ、兄貴…?!」

その声に反応してほぼ同時にゆあとミルキが振り向く。ゆあは目が合うと嬉しそうに笑った。対照的にミルキは目を丸くして焦り出す。

そのゆあの様子になぜかほっとした自分がいて、それに気がついて動揺して、それから目にとまったゆあの服装にまた驚いた。

「…ゆあ、何、その格好」
「あ、これですか?可愛いですよねーわたし初めて着ました!」
「そうじゃなくて」
「えっと、ミルキさんのお手伝いをさせて頂くときにお借りしました!」
「手伝い…?」
「はい!お部屋のお掃除とかするのに、服が汚れてしまうからって!」
「…ふーん」

そう言ってニコニコするゆあの服装は、簡単に言えばメイド服だった。黒と白の単調な色合い。派手じゃない程度にフリルが施され、頭には丁寧にカチューシャまでしている。

きっとミルキの趣味だろう。前から自分専属のメイドが欲しい。と言っていたのを思い出して、それをゆあに着せたのか、と気づくとさらに心の奥底でどろり、とした何かが渦巻いた。

じろり、とミルキを睨めば蛇に睨まれた蛙のようにぶるぶると震えながら縮こまった。はあ、とため息をつく。

「で、何してるの?」
「これですか?すっごく面白いゲームです!オーラを使って対戦するんですよ?!すごいですよね!コントローラーにオーラを送ると、それがゲーム内のキャラクターの強さになって、魔法とか攻撃とかを繰り出せるんです!」
「すごいだろ?これ作ったの俺なんだけどな」
「ミルキさんすごいです!」
「これ、俺が相手のオーラを好きに操れるように改造してるんだけどなー」
「はい!?それってずるじゃないですか!」
「製作者がチートを使うなんてのは、当たり前だろ」
「ひどいです!わたしずるされて負けてたんですかっ?!」
「いや…お前の場合ずるしなくても弱かったから楽勝だったけど…」
「ミルキ」
「っ!」

二人でまた盛り上がりそうになったので、間に入って会話を止める。なぜかゆあとミルキが話しているのが不愉快だった。自分でも不機嫌になってるのがわかる。その雰囲気を察してかミルキが黙った。

「ゆあをメイド変わりにするな。次やったら…わかってる?」
「わ、わわかった…」
「ゆあ」
「はっ、はい!?」
「行くよ」
「…あ、待ってください…!ミルキさん、ありがとうございました…!」
「お、おう…」
「失礼します!」

ゆあを強引に引っ張ってミルキの部屋から出る。後ろをついてくるゆあをちらり、と見ながらため息を吐いた。

ミルキと楽しそうに話していたのもむかつく。笑ってたのもむかつく。メイド服が似合ってるのもむかつく。一番むかつくのは、こんなことでむかついている自分だった。

相変わらずゆあは誰とでも仲良くなるし、すぐに馴染む。それはわかっているつもりだった。でもそれが自分に対してだけでなく、誰に対してでもそうなのがむかついた。

そんなことは今に始まったことじゃないのに。喫茶店でバイトしている時だって、ゆあの口からはよく他人の名前が出ていたのに。

(らしくない…ゆあのせいだ)

そんなことを考えてしまっていて、これではまるでゆあを独占したい、そう思っているようで。はあ、ともう一度ため息をついてその考えを心の奥にしまいこんだ。

「(これはミルキもお仕置きだけど、ゆあもお仕置きしないとだな…)」
「(ぞわっ…な、なんか嫌な予感がする…?!)」



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