くろあか | ナノ

 三十八話 表面裏腹



「うわぁ…立派な美術館…」

豪華な建物を見上げる。まるでお城のようだな、と子供のような感想を思い浮かべた。

あのあとバスに乗って美術館へとやってきていた。明日、幻影旅団が盗みに来る…かもしれないという美術館の一つだ。

「(警備多いな…)」

ヒソカさんと仕事をしてる影響でまず警備や、建物のつくり入口、窓、周りの建物の高さそういったことを確認してしまう。観光客や人で割りと賑わっていて警備もそこそこ多い。幻影旅団の件もあってだろう。

「(ま、下見…ってことで)」

明日ここで仕事をするんだしどうせ暇だしと、興味はないけどチケットを買って美術館へと入る。大きな入口を通ると目の前にはとても大きな絵画。壁一面に描かれているそれは絵に興味のないわたしでも感動するほどに綺麗だった。

「うわー…」

天使が飛び交い、中央には女神。天国のような一面の花畑の中で優しそうな笑顔を浮かべている。思わず上を見上げたまま魅入る。

―どん、

「わ!」
「おっと…」

と、立ち止まっていたらいきなり後ろから衝撃。慌てて振り返ると優しそうな印象の黒髪の男の人が立っていた。

「ごめんね…?大丈夫かな?」
「あ、い、いえごめんなさい…!」
「いや、ぶつかったのは俺だし…ごめん」
「いえいえ!わたしもぼーっとしてたので…」

お互いに謝り合う。またやっちゃった…!考え込むと周りが見えなくなるの…あれほどモアさんに危なっかしいって怒られたのに!男の人はもう一度ごめんね。とにこり、と優しく笑う。

「(優しそうで…綺麗な人…)」

少し長めの黒髪は綺麗で青い大きなピアス。額には包帯を巻いている。でもそんなこと気にならないぐらいすごくカッコよくて綺麗な顔立ち。ヒソカさんやイルミさんとはまた違う好青年。

「この絵、いいよね」
「…えっあ、はい…そうですね!」

じ、と観察するように眺めていたから
話しかけられてびくっ、とする。

「有名な画家マリステルが、この美術館のオープンの記念にってわざわざ描いたんだよ」
「へぇ…じゃあこの美術館にしかないんですね」
「そう。マリステルはあまり表立ったことはしない人だからね。すごく珍しいことで、だからこそこの絵は価値がある」
「…お兄さん詳しいんですね」
「そりゃあ、美術館に来るぐらいだからね。好きだよ」
「あっ、そうですよね…!」

うわ、なんて当たり前のことを聞いてるんだわたしは!クスクスとお兄さんが笑う。なんとなく恥ずかしい…。

「君、面白いね」
「う、や…あの…その」
「ああ、ごめんね。気を悪くしたかな?」
「いっいえ!」
「よかったら一緒に回らない?」
「え…っと」
「あ、誰かと一緒に来てたりしてたかな?」
「いえ…一人です、けど」
「じゃあ、ダメかな?」

モアさんに言われた危機感を持て、という言葉やヒソカさんに言われている知らない男について行っちゃダメ◆と言われた言葉がぐるぐる回る。

でも、断る理由も思い浮かばず優しい笑顔と「ね?」という後押しに負けて思わず「はい…」と答えてしまった。

ごめんなさいモアさんヒソカさん
わたし、断れない性格なんです…

「あ、名前聞いてもいいかな?」
「えっと、ゆあ、です。」
「俺はクロロ」
「クロロ、さん…」
「うん。変わった名前でしょ?」
「いえ、素敵な名前ですよ!」
「ありがとう」

少しだけ照れたように笑う。クロロさんって絶対タラシだ…。すでに周りのお姉さま方があの人よくない?などと黄色い声で熱い視線を送っている。音に少しだけ敏感なわたしはさっきからそういうのを聞き取って実はちょっと辛かったり。

「じゃ、行こうかゆあさん」
「あ、はい」

クロロさんは気づいていないのか気にせずに歩き出す。美術館の中をクロロさんと喋りながらのんびりと歩く。あの絵は誰が描いてこんな話しがあってこんな意味があって…なんてクロロさんはいろいろと絵について詳しく、面白く話してくれる。

「あ、この絵…」
「ん?気になる?」
「はい…この間、似たような絵を見ました」

一つの絵の前で足を止める。綺麗な女の人の絵。大きな黒い悪魔のような翼が生えていて怪しげに微笑んでいる。なんとなく絵の雰囲気とか構図とか見たことがある気がする。

「…似たような?」
「はい…それは天使の絵でしたけど…なんか雰囲気が似てます、あと構図とか…」
「ああ、それはたぶんこの絵と対になってる絵だよ」
「対?」
「そう。この絵は『悪魔』っていうタイトルでね、この絵と対になる『天使』っていう絵があるんだよ」
「へえ…」
「これもマリステルが描いたものだね。」
「あ、そうなんですか?」
「ゆあさんはマリステルの絵が好みなのかな?」
「そうですね…あまり絵のよさとかわかんないんですけど、この人の絵は…好きかもです」

隣り街の美術館…そういえばあの時立ち止まってみた気がする。あの絵だったのかー。と目の前の『悪魔』の絵をもう一度じっくりと見てみる。

「マリステルはこういう対にした絵を描くのが好きでね。作品のほとんどが対になってるんだよ」
「…なんかいいですね、こういうの」
「そうだね。確か他にも…あ、ほらこっち」
「はーい」

クロロさんに手招きされてついていく。少し開けたスペースには『哀』と書かれた絵が飾られていた。暗いトーンで描かれたそれはタイトルの通り哀しみを表現していてでもどこか暖かいような不思議な絵だった。

「…これも綺麗ですね!」
「これは『哀』近くの美術館に対になる『愛』という絵が飾られていてね」
「『哀』と『愛』…ですか」
「そう。似ているようで、違う。」
「…不思議な絵ですね」
「どう?絵に興味出てきた?」
「そうですね、少しだけ」
「そっか、それは嬉しいな」

にこ、と笑うクロロさんは綺麗で本当に絵が好きなんだなぁ…とわたしもつられて笑う。

「でも、この作品は二つ揃ってないと意味がない」
「揃ってないと…?」
「対の作品は、一緒になくては価値がない。」
「………」
「別々に飾られていては、もったいない」

…なんだろう、少しクロロさんの雰囲気が変わった気がする。冷たい、暗い、そんなオーラ。心なしか瞳がギラリと怪しく鋭く輝いた気がした。

「そうは思わないゆあさん?」
「えっ…そ、そうですね」

そう思ったのも一瞬で、向けられた笑みは元の優しい雰囲気に戻っていた。

「そうだ。このあとご飯でもどう?」
「へっ?!」
「何か予定とかある?」

そう言われて時計を確認するといつの間にか17時を過ぎていて結構長い間美術館に居たようで驚いた。夕飯…どうしよう。

あまり遅くなるとヒソカさんにもイルミさんにも何も言ってないからあとで怒られちゃうかも…。それに喫茶店でいろいろ食べちゃったからお腹はそんなに空いてないし。ていうかこれ以上食べたら太る…!

「お誘いはとても嬉しいんですけど…今日バイト先でたくさん食べちゃって…」
「バイト?」
「はい。喫茶店でバイトしてるんですけど…店長が新作の試食を出してくれて…その」
「食べ過ぎちゃった?」
「…う、や…あの…すみません」

なんで謝るの?と言いながらクロロさんは笑う。ううう…さっきからわたしいろいろと恥ずかしいなあ…。

「そっか…じゃあ今度その喫茶店に行くよ」
「ほ、ほんとですか?」
「うん。なんていうお店?」
「『喫茶店アンブレラ』です」
「…『アンブレラ』ね」

クロロさんの雰囲気がまた少しだけ暗いものに変わる。…なんだろう、変な感じ。全然見た目も雰囲気も違うのにそのクロロさんのオーラになんとなくヒソカさんを思い浮かべた。

「…来たことあるんですか?」
「いや、ないよ」
「…そうですか」
「じゃあゆあさん、今日は楽しかったよ。」
「いえ!わたしこそ…とても楽しかったです!」

外はいつの間にか日が沈んで暗い。温度も下がってはーっと吐いた息が真っ白になって消えていく。

「じゃあ、また」
「はい。クロロさん、ありがとうございました」
「…次会うときは、違う形で会おう」
「え、それは…あ、あれ…?」

どういう意味ですか?と聞き返そうとしたときにはすでにクロロさんの姿はなかった。

「なんだろう…この違和感」

そう、まるで絶でも使ったように気配が綺麗に消えていた。しばらくぼーっ、と立ち尽くす。

「クロロさんって…何者…?」

もしかしたら念能力者…?なんとなく感じた暗いオーラ。あれはやっぱり気のせいじゃなかった?

「ダメだなぁ…わたし」

人の気持ちや、考えていることを察するのが苦手すぎる。ヒソカさんもだし、イルミさんも何を考えているのかいつもわからない。それがわかれば楽なのに…

「あ、」

そう考えたところで一つ思い浮かんだ。バックにスカーフのように巻いていたリボンをしゅる、と外す。常に具現化している『乙女のリボン』これで、人の気持ちがわかれば…。

「よし!思いついたら即行動!」

帰ってヒソカさんとイルミさんに相談!リボンで髪の毛をきゅっ、と一つに結んで家へ帰るバスに乗るため駅へと走り出した。



―プルルル、ピッ

『もしもーし団長ー?』
「なんだ?」

美術館でゆあと別れたところで携帯が鳴る。出るとシャルナークだった。

『あ、今どこ?』
「美術館を出たところだ」
『あ、偵察?お疲れ〜調べ物終わったよ〜』
「ああ、ごくろうだったな」
『もう俺疲れたよ〜明日休んでいい?喫茶店に行ってゆあちゃんに癒してもらいたいよ〜』
「ああ、そういえば今日ゆあと美術館で会った」
『えっ!?』

何?えっゆあちゃんと会ったの?!何それ団長ずるいんだけど!というシャルナークの叫びが聞こえてくる。…こいつはいつの間にこんなゆあに入れ込んでいるんだろうか。まあ、見た目は悪くないからなその気持ちはわからなくはない。

「ゆあはやはり隣り街の美術館でのパーティに参加していた」
『…え、なんでわかったの?』
「マリステルの絵。それを知っていた。」
『あ、この間盗んだやつ?』
「そう。『天使』だな。あの絵はあのパーティのときにしか展示されていなかった。しかも俺たちが盗んだからな。もう見ることはできない。」
『へえ…本当はどこかの貴族だった、なんて』
「いや。それはありえないだろう」
『じゃあ…やっぱり』
「ああ…同業者だろうな」
『………』
「能力次第では仲間に入れようと思っている。が、まずは明日の仕事が終わってからだな」
『そっか…わかった。ま、団長の命令なら従うよ』

そのあと仕事の話をしてから電話を切る。
これからのことを考えて自然と笑みが溢れる。


「欲しい物は、奪う。それが盗賊だからな」



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