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カモメが空を舞うマリンフォード。数ヶ月ぶりに戻ったニーナは耳に届いた轟音に、センゴクの元へ向かわせていた足を訓練場付近で止めた。

「ほれ、どうしたお前達!かかってこんか」

威厳ある声が聞こえた方を覗き見てニーナは大きく目を見開く。
その先にあったのは訓練場内で倒れる大勢の海兵達と、その中心で腕を組んで仁王立ちしている男。

海軍の英雄と讃えられる、海軍本部中将“ゲンコツのガープ”である。
けれどその機嫌は端から見ても、周りで伸びる海兵の数を見ても、穏やかでないと解る。

怒りの形相で立つガープとその周りで倒れる海兵達に唖然としていたニーナは、訓練場の端で立つボガードと目が合った。

腕を組みながら訓練場の壁に背を預ける彼。ボガードなら何が起こったのか知っているのではと、ガープに目を付けられぬよう静かに近寄って小さな声で訪ねる。

「あの、ボガードさん…… 一体何が?」
「……見ての通りだ。荒れておられる」
「は、はぁ」

深く被った帽子の所為でその目を見る事は叶わないが、声の調子から彼もこの状況に少なからず不安を覚えているようだ。

などと首を突っ込んだのが運の尽き。ギラリと光る双眸がこちらを向いた。

「おお、なんじゃニーナ!戻ったのか」
「うっ!?ガ、ガープさん……お久しぶりです」

しまった、目を付けられた。とニーナは思わず声を詰まらせる。なにせガープの拳骨は、ニーナといえども洒落にならないほど痛い。

「ああ、挨拶はいいからこっち来い!身体が鈍ってしまって仕方ないわい!」
「え、えぇっとォ………」

なんてニーナが口ごもる内にも、ササッと素早く消えて行く海兵達。それまで地面に倒れ臥していたのに、一体どこにそんな力が残っていたんだという程の素早さだ。しかも、先ほどまであったガープの餌食となった同僚達を哀れむ遠巻きな視線すら、今は消えている。

皆、ニーナにガープの狙いが定まったと同時にこれ幸いと逃げ出したのだ。

「ボ、ボガードさ…… あれ?ボガードさん!?」

思わず助け舟を求めて、彼のストッパー役とも言える男へと視線を移したつもりだったが、その彼も居る筈の場所に姿は無く。気付けばかなり離れた位置へと移動していた。

「ニーナ!早うせい!」
「あぅ……」

当てに出来る助けもなく、ニーナは渋々と訓練場の真ん中へと足を向けた。
すると途端に振り下ろされた拳。思わず背に悪寒が走るほどの迫力で迫ってきたそれを、寸での所でやっと避ける。

「わっ!いきなりですか!?」
「なんじゃ、この程度でだらしない。しかもセンゴクの帰還命令を三週間も無視しおって」

まさか、ガープから命令無視を咎める言葉が出るとは。思わず、どの口が、と言い返してやりたくなるが、ニーナにその度胸は無い。

やはりというか、どうやら相当虫の居所が悪いようだ。

「えっと、ちょっと面白い事がありまして。目を離せなかったというか……」
「ほぉ、楽しそうじゃのう。ワシにも教えろ」

ニヤリと口端を上げるガープ。その顔に多少の嫌な予感を覚えるものの、ニーナは迫り来るガープの拳を避けるので精一杯で、上手い誤摩化しを考える暇が無い。
まあ、嘘を吐く程のことでも無いし、直ぐに世界中の話題になるだろうことだ。今更ガープにバレてもそう困ることにはならないだろう。

「ほら、例の大型ルーキー“火拳のエース”。彼が白ひげさんの所に入るって……」
「ナァニィィィ!!?」

途端に響き渡った怒声。思わずニーナが耳を抑えるが、ビリビリと脳を叩く様な声量に目眩を覚える。
が、そんなニーナに構わず、その胸ぐらを掴みガツガツと揺さぶるガープの額にはくっきりと青筋が浮かんでいた。

「あのバカめ…… 奴は何処じゃ!ワシが行ってあの根性を叩き直してやる」
「うぐっ!ガ、ガープ、さん!スト、プ……し、しんじゃ、うぅぅ」
「あの大馬鹿がぁぁ」

グラグラと揺れる視界と息苦しさにニーナは目を回す。それよりも、目の前にある怒りの形相の恐ろしさで気を失いそうだ。

誰でもいいから助けてくれぇ、とニーナが涙目になっていると、唐突に解放される。

ドサッ、と地面に落とされ、そこで漸く足りなかった酸素を懸命に肺に取り込んでいれば、これまた唐突にガープが深い溜め息を吐きながら胡座をかいてすぐ横に座った。

「……それで、奴ァ元気じゃったか?」
「えっと、お知り合いですか?」

と、聞いてみたニーナだが、彼の言動やこの行動を見れば明らかだ。それに、これほど深刻そうな顔をするガープも初めて見た。

「……元気でしたよ」
「そうか」

ホッとした様な、けれど不安そうな。何処か、息子を心配する父親か祖父の様な顔付きに、ニーナも僅かに首を傾げる。

「あの馬鹿め。とうとう白ひげにまで手を出しおったか。無茶しおって」
「アハハ、よくご存知で」

エースが初めから仲間にしてくれと白ひげに頭を下げた訳ではないことも、ガープにはお見通しらしい。一体、どんな関係があるというのか。昔から彼を知っている様な感じはするが。

が、そこまで言うとガープは、それまでの深刻な顔から一転、大口を開けて笑い始めた。

「ブワハハハ!じゃが、白ひげ海賊団に入るとは。こっちもそうそう手を出せなくなってしまったわい」

ポンポンと膝元の砂を払いながら立ち上がるガープ。
それに釣られて立ち上がるニーナとしては事情が気にならない訳ではないが、あまり深く追求しても良いものか悩む。

取り敢えずは、“知り合いだった”ということだけにして、これ以上ガープの八つ当たりの餌食になる前にこの場から立ち去った方が無難かもしれない。

うむ、そうしよう。とニーナは静かに頷いた。

「それじゃあ、私はこれで」
「おい何処へ行く。まだ終わっとらんじゃろうが」

ポン、と肩に置かれた手にガッチリと掴まれてニーナの背を冷や汗が伝う。途端に背後から迫って来た気配に咄嗟に身を躱せば、拳の減り込んだ地面が割れた。

「お前さん、覚悟せぇよ。奴の分までここで性根を叩き直してやる!」
「え、えええええ!そんな、理不尽だァァ!」

悲痛なニーナの悲鳴が響いたが、全ての海兵は訓練場から遠く離れた場所へ避難を終えていた為、その声を聞いたものは居なかった。
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