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“白ひげ”に果敢にも立ち向かって来た青年は、すぐに地に倒れ臥すことになった。
まあ、流石に相手が悪かっただろう。巷で噂の大型ルーキーといえども、白ひげを前には崩れる他無かった。

倒れたままもう動けないルーキーに、白ひげは一言「息子になれ」と手を差し出した。だが、彼はその誘いを「ふざけるな」と一蹴すると同時に気を失い、そのままこの船に乗せられている。

そんな事件があったとはまるで思わせないようなポカポカと温かな陽光の元、モビーディックは問題なく航路についていた。
そんな平和な甲板を、食事の乗った盆を手にコツコツとニーナが歩いていれば……

「うるせェ!」
「ハハハ、何だよ。寝起き悪いな」

目の前から聞こえた怒声と、それをからかう陽気な声にニーナは顔を上げた。

そこにはやはり、船縁に腰掛けるサッチと、その横で頭を抱えながら項垂れる、例の青年。
どうやら意識を取り戻したらしいが、丸五日間ジンベエと攻防を続け、そのまま白ひげに相手をされているのだ。本来ならまだまだ寝てても可笑しくないだろうに。

今の状況と彼の仲間の事を聞いた青年が、サッチに不服そうな顔を向けた。

「錠も枷もつけずに……おれを船に置いていいのか……!?」
「ん?……枷?んなもん、要らねえだろ」

その見事なまでに小気味良い返しに、ニーナは思わず吹き出してしまった。

「プッ……クス」

それではルーキーの面子も何もあったものではないだろうに。
と声は小さく堪えたつもりだったか、どうやら二人にはしっかりと聞こえたらしい。特に、青年にはギロリと思い切り睨まれてしまった。

「おぉ、ニーナ。コイツのメシ持って来てくれたのか」
「サッチさん。ご自分で用意してたのに、忘れてっちゃダメじゃないですか」

そろそろアイツが起き出す頃だろう、とうずうずしだしたサッチが仕事もそこそこに厨房を後にしたものだから、残されたコック達が仕込み中の大鍋を混ぜながらブーブーと文句を漏らしても仕方ない。

まあそれはともかく、彼の分のスープも温まったので持って来たのだが。

けれど盆を前に置いても、青年は手をつけるどころか、見ようともしない。

「……食べた方がいいよ。まだ本調子じゃないでしょう」
「うるせェ」

一蹴されてしまった。
膝を抱えて踞る青年の前で、目線を合わせるように屈んでみる。

すると、まるで見るな、とでも言いたげに再び睨まれた。

「俺に構うな」
「そうは言っても、ねェ…… まぁ、ここに置いておくから。まだ“白ひげ”さんの首は諦めてないんでしょう」
「っ!?」

なぜ枷を着けない、と彼は聞くが、それは単純に要らないから。けれど、それを彼が認めるのは、まだ先だろう。

驚いたように目を見開いた青年を置き去りに、ニーナは歩き出す。途端にサッチが目配せしながら一緒に歩き出したので、思わず二人でクスクスと肩を震わせてしまった。

「なかなか可愛げがあるじゃねえか。久しぶりに面白いモンも見せてもらったしな」
「フフフ、そうは居ませんもんね。単身で白ひげを相手にしようなんてルーキーは」
「枷なんて着けちまったらつまんねぇもんな」
「それに、それだけ見込んでるってことですよね」

枷が必要無いと言ったのは、勿論白ひげに適う筈もないという彼等の自信でもあるけれど、もう一つ。彼が他の船員に危害を加えたりすることはないと見込んでいる部分もあるからだろう。

「まあ、これから仲間になるんだったらな」
「クス。でも、ちょっと頑固そうでしたよ」
「ハハハ、まあ寝起きはあんなもんだろ。それよりどうだ?アイスでも食うか?」
「わっ!食べます食べます!!」

これからまだまだ面白くなりそうな事態に、もう少し見届けたいなと欲が出てくる。後で白ひげにまだ伸びる滞在の許可を得なければ、と口角を上げた。 
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