08

「……そうかい。それじゃあ、恨みはあまり無いと思っていいのかい」

固まって動けないでいる中将達に構わず、話を進めようと冷静な口調で大参謀つるが座ったまま問う。それに満足そうに微笑んでゆっくりと頷いたニーナは、嘘は付いていない。

「はい。私は自分の立場も一応自覚している積もりです。政府側がこの力が過ちを犯す前に手の内に入れておこうと考えるのも理解しています。それに、人を恨むな、憎むな、とは船長の遺言ですので。小さい頃から、私は何かとそういった事態に陥りやすいだろうけど、無闇矢鱈と周りを責めるな、と。ヨーク船長に教えられて育ちました」

十五歳とは思えない。スラスラとそう言ってみせるニーナの瞳に、恨みも憎しみも隠した様子は無い。

「なるほど。なら、話せるかい。アンタの力とやらを」

これ以上、ニーナの恨み辛みを問うても無駄だ、とつるは判断した。本来なら、情報を引き出そうとするにも一苦労する筈だったのだが。

「とは言っても、私もそれは良く解ってません。古代神器というのも記憶に無いですし、知っている事は全て後から船長達によって得た知識のみです。多分、政府の皆さんの方が詳しく知ってるんじゃないか、と」
「……何も知らないのかい?」
「何も。というより、自分が普通と違うと自覚できるような現象は、覚えがありません。ああ、でも。八年前。両親が死んだ直後に視界がボヤけて赤くなったことはありますけど、どう関係があるかまでは……」
「……………そうかい」

両親が死んだ時。それは、海軍が彼女の故郷を襲撃した時のことだろう。辛い記憶の筈が、なんでもないことの様にサラリと言って退ける。

まだ信じられない、と言いたげな視線を感じたのだろう。
ニーナがフッと表情を崩して深々と頭を下げた。

「この力は、把握してない分私自身恐ろしいと感じています。むしろ、本当に私なんかが”古代神器”なんて大層なものなのか。
ましてや私は海賊です。この力を過った悪の道に使おうと考えても可笑しくは無い。それを疑い阻止しようとするのも、正義を背負った皆さんの責任だと、十分理解しています」
「…………」
「この力が、私の意思によって後々動かす事が可能かもしれない以上、私の感情を疑う気持ちも、下手に扱う事が出来ない状況も、申し訳なく思います。ですが、海賊ではある私ですが、海軍の正義にこの力、お委ねしたいです。どうぞ、宜しく御願い致します」


強い瞳で頭を下げる。少女に誰もが閉口した。

「ほぉ、随分と潔いのぉ。小娘が」

ボコッと何かが沸騰する音がしたかと思えば、それまで端で黙って座っていた男の身体の一部が赤く燃えマグマの様に変化している。

「なら、わしがここで貴様を殺そうとも、文句は無いっちゅうことじゃあな」
「もしそれが古代神器に対して下された判断であれば。その正義に従います」
「お前と関わった人間全員を殺すと判断してもか」
「……その場合、抵抗はします。私にとっては無実の人まで殺させる訳にはいきませんから。でも、貴方にとっての悪を全て殺す事が貴方の正義の選択であれば、否定はしません」

ジッと鋭い眼光が睨みつけてくる。少しでも気を緩めれば本当にマグマが降り掛かるかもしれない、という緊張感だが、ニーナは静かに相手を見返した。

すると、それを遮る様にバリッと何かを齧る音が響く。
思わず振り向けば、何時の間にか手に持っていた袋から取り出した煎餅を豪快に割って食べる白髪の男。

「ぶわははは。ええじゃないか、センゴク。随分、度胸の座った娘だ。こんな堅苦しくじゃなく、気楽に付き合って行けば」
「ガープ!貴様、そう短絡的に……」

歯を見せ笑う男に、センゴクが胸ぐらを掴んで引き寄せた。怒りに震えるセンゴクを、宥める様にまた反対から声がかかる。

「あたしも賛成だね」
「おつるさん?」
「嘘を言ってる風でも無いし、本当に大した情報は持ってないんだろう。それに、協力的なのも解った。だったら、普通に生活して貰いながら、何か解れば報告させるだけでいいさ」

後はセンゴクの言葉次第。そんな状況だが、答えはもう出ている。

「もう暫く、様子を見る」
「はい。……… あの、」

センゴクがため息混じりに呟けば、素直に頷くニーナ。けれど、すぐに何か言いたげにモジモジとしだした。先ほどまでのスッキリした大人っぽい対応とも、言いたい事をはっきりと言葉に意思表示を決めた姿とも違う。

若干俯き気味に何か言いたげな眼差しを向けてくるニーナに、思わずクザンが問いかける。

「あらら。どうかしたの?ニーナちゃん」
「あ、えっと。その……」
「ああ、多少の要望ならいいんじゃない?ねえ、センゴクさん。今まで我慢したんだし、ちょっとくらいの我が侭」

ねえ、と言うクザンに、センゴクも難しい顔のまま言ってみろと視線を向けてくる。するとニーナはその視線を更に彷徨わせる。

「えっと、出来ればちょっとだけ。あの、つる大参謀さんにご相談が……」

ピリッと固まる空気。ああ、しまった。とニーナは思うものの、ここを逃したらもう来ないだろう機会に勇気を振り絞ったのだ。

けれど、本当に困った様子で、先ほどまでと一変した少女らしい仕草に、つるがどうしたんだい?と訪ねる。

すると、ニーナはクザンに鎖を離してくれ、と意味を込めて首から伸びたそれをクイと引っ張る。
その仕草に思わずクザンが手を離せば、先ほどの態度とは一変し、おずおずと躊躇い勝ちにつるの元へと向かう。

「えっと、あのですね……」
「うん。うん。ああ、そういうことかい」

耳元でごにょごにょと多少気恥ずかしそうにするニーナに、つるが雰囲気を和らげた。

「なるほどね。まったく。これだから男は気が回らない大馬鹿なんだよ」
「ご、ごめんなさい。あの……」
「いいさ。アンタは悪くないよ」

むしろ悪いのは…… とつるが多少厳しくした視線を、何故かセンゴクへと向ける。

「仏の名が泣くよ。センゴク」
「なっ?い、一体なんだというんだ」
「さて、それじゃあ後で適当に見繕って行くとするかね」

センゴクの言葉を完全に無視してつるがニーナに頷く。すると嬉しそうにありがとうございます、と頭を下げてクザンの元へ戻り、地面から鎖を拾い上げて渡した。

「あ、えっと。別にそこまでしなくても…… っていうかセンゴクさん。これも外せない?なんか俺が子供相手に危ないプレイしてるみたいじゃん」
「……手錠を外す訳にはいかんだろう」
「とは言ってもさぁ、あれなんだよね。う、ん。なんだっけ?ほら…… ああ、あれだ。そうそう趣味じゃないっていうか」
「知るか」
「じゃあ部屋の中ならいいんじゃない。これ、結構邪魔っぽいし」

食い下がるクザンに、センゴクが何処か訝しげに、そしてどこまでも面倒くさそうにため息を吐いた。

「部屋の中だけだぞ」

しつこい申し出に遂にセンゴクもやれやれといった風に折れた。

「だって。よかったね」
「わあ、ありがとうございます!」

心底嬉しそうにするニーナに、またもやセンゴクが拍子抜けしてしまう。まさか、礼を言われ、ましてや笑顔を見ることになるなんて、まるで想像していなかったのだから。
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