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少し久しぶりだ。そんな感覚で海軍本部を見上げるとニーナはフウッ、と息を吐き出した。

「あ、ニーナ嬢。お早いお着きで」

その姿を港に確認するなり、若い海兵が小走りで近付いて来た。

「はい。船の方はお願いします」

港に寄せた、他の軍艦と比べ異質な一隻のボートをチラリと一瞥し、ニーナはそのままマリンフォードの広場を進んだ。


***



まっすぐセンゴクの部屋を目指し、ニーナは既に慣れしたんだ海軍本部内を進んで行く。時折、案内や付き添いを申し出る海兵を断りながら、やっとその場所に辿り着いた。

「センゴクさん。ニーナです」
「……入れ」

執務室へ足を入れれば、センゴクが黙々と作業をこなしていた。そして当然とでもいうように、部屋のソファにはガープの姿。
その変わりない様子に、ニーナは思わずクスリと笑いを漏らす。

「随分早いな。連絡があったのは二日前だろう」
「丁度近くに居たんです。どうせなんで、タライ海流を使わせて貰いました。あ、これお土産です」

机に乗る菓子折りの箱。それを確認するなり、いそいそと茶の準備をしにいった部下に頭を抱えるものの、センゴクは報告を続けさせる。

「討伐要請のあった海賊ですが、一件は遠征中のストロベリーさんに会ったんで引き渡してあります。後の二つは支部の方に」
「ぶわははは。流石、お前さんは仕事が早いのぉ」
「あ、ガープさん、実は美味しいお茶っ葉があるんです。西の海(ウェストブルー)ので。後でお邪魔してもいいですか?」

報告の途中だと言うのに、むしろそちらの方が重要だとでも言わんばかりに、茶の予定を熱を込めて決めるニーナ。
この後も仕事が控えているセンゴクの眉間に、更に皺が寄る。が、一度意識をそらしてしまったニーナにとってそれは大したことにならず。ガープもガープで面白がりながらニーナの提案を受けた。

「気が利くのぉ。よし、なら今から茶にしようか。おいセンゴク。煎餅出せ」
「そうですね。センゴクさん。お煎餅」

「やかましいわぁぁ!」

本日も、センゴクの怒声はよく響く。


***


ニーナが海軍本部へ戻ると、浮つく海兵がどうしても目に付く。今この時も、その部屋へ向かう長身の影が一つ。

「ニーナちゃん、お邪魔するよ…… って、あらら、ガープさん。抜け駆けっスか?」
「なんじゃ青二才。早速来おったか」

ノックも無しに無遠慮に押し入って来た海軍大将青キジ、クザンにニーナはニッコリと笑みを向けた。

「クザン、お久しぶりです」
「ああ、まあね。それより、ほい。お茶しようと思ってね」
「アイスクリーム!ありがとうございます」

手を挙げて喜ぶその姿に、クザンの顔も綻ぶ。少女の存在が視界に入るというだけで、気分は上々だ。

ソファでふんぞり返りながら煎餅を齧るガープと、テーブルを挟んで茶を啜るニーナの間に袋ごと大量のアイスを置く。
その隣に椅子を持って来てそこに腰掛けたクザンも、テーブルに乗る煎餅を摘んだ。

「今回は長かったんじゃない。俺寂しかったよ」
「ちゃんと定期連絡入れてたじゃないですか。それに、たった二ヶ月ですよ。まあ、私ももっと早く呼び戻されると思ってましたけど」
「あらら、でもその分楽しんで来たんじゃない」
「エヘへ。解ります?」
「まあ、あんまヤンチャすんなよ」

よしよしと自然な動作で頭を撫でれば、指に髪をさり気なく絡ませてみる。そのすべらかな感触を楽しんでいれば、くすぐったかったのか、ニーナが肩を竦ませたので手を離した。

仕事を忘れ、ついでにこの少女の前では立場も忘れてしまいそうになる、そんな穏やかな時間。クザンの中では、そんな甘い一時となる筈だった…… のだが。

「にしてもじゃ、お前さん」

唐突に、ガープの低い声が響く。そしてまたあの緊張感を与えるバリッと煎餅を噛み砕く音。
俯き気味で表情の読めないガープに、ニーナも顔に影を落とした。

なんだ、とクザンが眉を潜める。あのガープから、一体何の話だろうか。しかも、ニーナも表情を堅くしたことからも、幾分か深刻な内容なのでは。

「「タイミングが悪かった(ですね)のぅ?」」
「ん?」

その時、トン、と拡声電伝虫の音が響いた。

『こらぁ、クザン!何処に居るんだあぁぁ!』

仏の名にあるまじき、まるで怒りの頂点を超えた閻魔の様な声が海軍本部全体に響く。センゴクの声の筈が、あまりの怒声に雷の音にしか聞こえない。

「え、えええ。何、何?もうサボりがバレたの?っていうか、なんであんなに……」

普段であれば、自分がちょっとやそっとサボろうとここまでの怒声は降ってこない。精々部下を使って探させる程度だ。なのに、何故。

「ブワハハ。センゴクの奴、まァだ怒っとったか」
「ちょっとふざけちゃいましたからね。こわぁ〜……」

まさかこの二人。

「ごめんなさいクザン。私とガープさんとで、かなり怒らせちゃって。今機嫌最悪なんです。センゴクさん」
「ブワッハッハ。まあ、代わりに怒られてくれ。ワシと、可愛いニーナの為と思えば、これくらい軽いじゃろう」

タラリと冷や汗が流れる。けれど目の前では、怒りの矛先が別に向いた事を多いに喜ぶニーナとガープ。

えっと、と言葉を失ってる内に、ニーナの部屋の扉がノックされた。

「おぉー、やっぱりここだったねぇ、クザン」
「ボルサリーノ?」
「さっさとセンゴクさんの部屋に行こうかァ。すぐに放り込んでくるからぁ、そしたらニーナちゃんはわっしとお茶しようねぇ〜」

ニッコリと笑みで自分の襟首を掴むボルサリーノに、あっという間に廊下に引きづり出される。

……やられた。

不運が重なってしまった故の結果、センゴクの説教を一身に引き受けることとなったクザンの、虚しい叫びであった。
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