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その日は久しぶりに朝から平和な海だった。まあ、天下の白ひげ海賊団にとって、それはそこまで珍しい事ではない。
この荒れ狂う新世界の海も、容易にのんびりと船を進める実力と名声があるのだから。

甲板では筆頭の白ひげ本人が酒を呷るのを中心に、それぞれクルーが思い思いに過ごしている。

すると、丁度一仕事終わったのか、今甲板に顔を出した一番隊隊長、マルコにマストから声がかかった。

「マルコ隊長!」
「どうしたよい?」
「3時の方角から、船が近づいてきます!」
「船だぁ?マークは?」
「いや、それが。一人乗るのが精一杯の小せえボートで。帆にマークはありません。でも、明らかにこっちに向かってます」

船員の声に、甲板の誰もが顔を上げた。
声をかけられた当人のマルコも、この白ひげ海賊団に一人で向かって来る命知らずに覚えはなく。首を傾げながら白ひげを仰ぎ見た。

「オヤジ」
「ああ。聞こえた」
「一体、何処のモンだよい。よっぽどの自信家か、ただの馬鹿か?」


「……酷いなあ。馬鹿だなんて」
「はっ?」

唐突に響いた聞き覚えの無い声。バッと反射的に構えながら後ろを振り返れば、何時の間にそこに居たのか。船縁の柵に、まだ年若い少女が腰掛けていた。

(気付かなかった!?)

突然の登場にマルコを始めとした船員が警戒を露に、戦闘の体制に入る中、少女、ニーナは構わず船縁から降り、甲板の椅子にどっかりと座る白ひげをその瞳に映した。

「突然のご無礼を失礼しました。実は白ひげさんにお話があって」

ニッコリと笑む姿は、明らかに少女のそれだ。けれど四皇の一角、世界最強の男の船に単身でいきなり乗り込んで来る時点で、決してただの女ではない。

「ちょっと待てよい。お前、何処の誰だ?」
「……一番隊隊長、不死鳥マルコ。すみませんが、それはまだ内緒です。出来れば白ひげさんとお話出来ませんか?」
「悪りィが、怪しい奴をホイホイ船長の前に通してやれるほど、俺たちは甘くないよい。それに、いきなり来て挨拶も無しに船長に会わせろはねえだろい」

後ろで得物を構えだす部下の前に立ち、ニーナと白ひげの間を塞ぐ。

ギロリと睨んで来たマルコに、ニーナはキョトンと目を丸めて見せた。人相の悪さではそれなりに自覚があったマルコだが、効果があまりにも無い様子に拍子抜けしそうになる。が、ここで通す訳にもいかない、と相手の動向を伺っていれば……

「クスッ。クックク」
「ああ?」
「あ、ゴメンなさい。これは失礼いたしました。そうですね。これじゃあ礼儀がなってませんね」

いきなり笑い出した少女。その光景はある意味気味が悪く。船員達に緊張が走る。

「それではここはお互い海賊らしく、でも争うつもりは無いので平和的に交渉させて貰います」
「ほぉ。海賊らしく、平和的な方法ってのは?」

海賊だ、と言った事にも驚くが、それよりも何を始めようというのか。ニーナがいきなり船の後ろを指差した。

「この船の端から、白ひげさんの前まで。この足で歩いて来たら、どうか話をさせて下さい」
「……成る程。海賊なら力付くで、ってことかよい」
「はい!」

元気の良い返事と共に、ニーナがダンッと飛び上がる。軽々と移動するその身体があっと言う間に数百メートル離れた船尾へ着地した。
その姿に、すぐに気を張った船員達が甲板を埋める。

本人はああ言ったが、相手は白ひげ海賊団。しかもたった一人で……
(どうする積もりだよい)

何か隠し球でもあるのか、とマルコは少女以外にも意識を巡らせるが、今この場に居るのは確かに自分達白ひげ海賊団と、いきなり現れたあの少女だけだ。

「それじゃあ行きますよ。よ〜い……」

思わず気が抜ける様な朗らかな声。一体何をするつもりだ、と誰もが緊張を高めた瞬間。

ドンッ!と声が届いた。筈なのだが、白ひげ海賊団は誰一人として動かなかった。いや、動けなかったのか。
気付いた時には、既に自分達の後ろ、船首の方で、まるで当たり前の様にその少女が立っていたから。

「なっ!?」
「あれ?聞こえませんでした?じゃあ、もう一回」

そのまま明るい声に続いて、一瞬でその姿が船尾の最初の位置へ戻る。
ニヤッと悪戯が成功した子供の様な顔に、それまでは『ただの少女が何を』と気を抜いていた船員達に戦慄が走った。
何かの能力者か、それともどんなトリックを……

動揺を見せる隊員達だが、隊長格やそれに近い者達は確かに見た。甲板にひしめく隊員達の間を、まるで風の様に一瞬で、それも優雅に走り抜けた少女の姿を。

悪魔の実などではない。単に、あの少女の実力が、自分達の予想の遥か上であっただけだったのだ。
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