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その場の空気が凍り付く。
目の前の不敵な笑いに、ニーナにしては珍しく眉を顰めた。

「オイオイ、そう睨むんじゃねえよ」
「睨まれる覚えが無いって言ったら殴るわよ」

その場から一歩下がったニーナに、ドフラミンゴは一歩近付く。無言で睨みつけるも効果は無い。が次の瞬間、詰められた距離にニーナは思わず息を詰まらせた。

「ウグッ!?」
「そう牙を剥くな。可愛がりたくなるだろう」

『なっ!?』と驚く中将達の前で、ドフラミンゴがニーナの顎を掴んで持ち上げたのだ。
身長差故に吊り上げられたニーナだが、その目に焦りは無く、ただ静かにドフラミンゴを見返している。

「こんなところで会えるとはなあ。よく生きてたじゃねえか」
「そっちこそ、まだ捕まってなかったのね。しかもこんな場所で会うなんて。政府と態々関わりたい海賊なんて、アンタくらいよ」

淡々とした、だが棘を含んだ会話に、その場の空気が冷たくなった気がした。


いや、気がしたではなく、実際に温度が下がったのだ。ガシッと自分の腕を横から掴んだ手が纏う氷に、ドフラミンゴが眉を上げる。

「ちょっとさ、その手、離してくれるかい」
「アァ?」

服の袖から少しずつ這い上がる氷に、ドフラミンゴは変わらず嫌な笑みを向ける。

「いいのか?こんな場で海軍大将が揉め事起こして」
「一応その娘の監視役やってるんでね。これも仕事の為と思えば、大目に見て貰えるさ」
「フフフ、そうかそうか。すっかりと仲良しごっこを楽しんでる訳か」

クザンの腕を振り払う様に距離を取ると、ニイッと更に笑みを深めたドフラミンゴはニーナを吊り上げていた腕を近づけて耳元でボソリと囁いた。

「だが愛想の良い笑いしか浮かんでねえ所を見ると、どうやっても操り人形であることは止められないらしいな」
「……余計なお世話って言葉、知ってる?」
「フフフ、なんなら、いい加減俺の誘いに乗ったらどうだ。窮屈な海軍よりは楽しませてやれるぜ」
「お断り!」

ドフラミンゴの言葉に再び眉を顰めると、ニーナはグッと身体を足先から持ち上げ、クルリと反転しながらその手から逃れた。

数歩分離れた場所に軽やかに着地し、すかさず向き直って対峙すれば、ニヤニヤと嫌らしい笑みが飛び込んでくる。

「おいおい、いいのか?そんなにやんちゃして」
「なっ!?」

そうしてニーナが周りを確認すれば、既に集まっている視線の数々。
そもそも、ただでさえド派手なドフラミンゴの登場は注目を引いたのに、それがいきなり噂の新七武海と揉めたのだ。

なんだなんだ、と投げられる視線の中に、強い警戒や疑心の色も混じっているのもはっきりと感じられた。

「随分と注目されちまったじゃないか」
「……相変わらず、趣味が悪いわよ」
「フフフ。さあ、お人形ちゃんよ。どうする?なんなら俺が助けてやろうか」

ここでこれほど注目されることは、ましてや騒ぎを起こすなど言語道断の筈だったのに。面倒な事態に、ニーナの表情が険しさを増す。

開いた距離にサッとクザンが間に入るが、ドフラミンゴの視線はニーナに集中したままだ。

心底楽しそうな笑いを漏らすその男に、ニーナは思わず顔が引き攣る。が、すぐに構えていた拳を下ろすと、苛立った表情を俯かせた。

スウッと短く息を吸う音がしたかと思えば、徐に上げられた顔。そこに浮かんでいたのは、それまでの苛立った顔でも、大人しそうなそれでもなく。
若干挑戦的で、そして何処か艶めいた、笑み。

「結構よ」

その表情に驚くクザンや中将達を置いてクルリと踵を返せば、翻るドレスの裾。
そのままニーナがツカツカと軽快なヒール音を響かせて向かったのは、パーティー会場の端に設けられているステージだ。

何をする積もりだ、と追ってくる数々の視線。それにも構わず近付いてくるその姿に、それまで演奏を続けていた奏者達も手を止めた。

「そこ、少しだけ譲って戴けますか?」

紅の乗った唇がゆっくりと開いて告げられた言葉に、ピアノを担当していた男がドキッと頬を染める。思わず男が焦りを見せながらもその場所を譲れば、ニーナはフワリと微笑みながら椅子に腰を落とした。

そして未だ注目する視線に、それこそ艶めいた一瞥をチラリとくれれば軽く左手の指で鍵盤を叩く。
そして優雅に持ち上げた右腕をスゥと鍵盤の上で滑らせれば。


「ほぉ……」


瞬間、パーティー会場が艶やかな音色に包まれた。
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