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迫り来る竜巻に、クザンはふぅっと息を吐くと拳に意識を集中させた。

「……『アイス塊 暴雉嘴(アイスブロック フェザントベック)』」

現れたのは巨大な氷の雉。巨大な彫刻が大きな翼を広げ竜巻へと激突する。途端、バキンと氷の砕ける音と同時の衝撃に竜巻は消え失せた。

竜巻の脅威が去ったかと思えば背後から感じる殺気。

『演出指導(ディレクター・ウィップ)』

フワリと宙に舞ったニーナの足先が空にとけ込んでいる。が、その周りでヒュンと音を立てる空気は感じることが出来た。

「でぇいい!」
「この、ちょこまかと」

振り回された脚から伸びた鎌風。それがニーナが脚を振り回す度に暴れ回り、無数の鞭が振り下ろされたようだ。

「アハハ、久しぶりで楽しい!」
「あのねぇ。そんな余裕かまされると、ちょっと腹立つんだけど。『アイス塊 両棘矛(アイスブロック パルチザン)』」

出現した沢山の氷塊の矛。それが一気にニーナへ向かって突進する。が、それは鎌風が吹いて砕かれた。

「こりゃあちょっと洒落にならねえぞ」
「フフフ」
「あんまり生意気なことするもんじゃないよ」

クザンが瞬時に距離を詰め拳を振るった。それまでより一層増したスピードにニーナは一瞬目を見開くが、上に飛び上がって回避する。

『アイスタイムカプセル!』

が、飛び上がった足先に地表から伸びた氷が纏わり付き、宙で動きを封じられた。

「あっ!」

気付いた時には、ニーナは高い氷柱の天辺で氷漬けの像になっていた。

やり過ぎたか、とクザンは僅かに顔を曇らせるが、そこまで手加減が出来る程余裕も無かった。まあ解凍すれば平気だろう。
と思った時、ピキリと氷の割れる音が響く。

一瞬ヒヤリとしたが、それはニーナの足下の氷が砕けただけのようで、氷漬け状態のニーナはそのまま後ろの湾内へと落下していく。

フゥゥ、とクザンが一息吐いて背を向けた。

「誰か、拾ってやれ。まあ、医療棟へ連れてきゃ大丈夫だろう」
「ニーナ嬢!」

海兵が数人、慌てた様に海へ飛び込む。本当なら自分もそうしたいところだが、と頭を掻きながら戻ろうと踵を返した。

「おー、危なかったんじゃないかい、クザン」
「ぶわはは、小娘に押されるようではまだまだ青二才じゃのお」

飛ぶ野次に、返す言葉も無い。まさか、これほど手こずるとは思ってなかった。恐らく、中将クラスでは何人で束になっても叶わないだろう。

「さて、センゴクさんに報告でもするか」

と思った時、背後からゴゴゴと不穏な気配を感じた。

「……はっ?」
「ぶはっ!あ、ニーナ嬢がああ」

途端、海中から水柱に押し上げられ飛び出る海兵達。一体何が、と思った瞬間、湾内に高い、高い水柱が上がった。それも一つではなく、何本も。それが徐々に形を成し、龍の頭になった所で、その中央に居る少女が微笑んだ。


「アハハハ!死なないでね、クザン!」
「おいおい、マジか」

風で押し上げられているだけの筈の海水が、まるで生きているようにうねりクザン目掛け突進してくる。

瞬時に目前に迫ったそれを凍らせるが、ニーナはその隙を利用して目の前に迫り、渾身の蹴りを食らわせた。

「グッ!」
「まだまだ」

空中へ飛ばされるクザンを追い、ニーナが跳躍すればそこで交わる拳。すると、双方それはフェイクだったようで、ニーナの後ろには氷の矛が、クザンの後ろには鎌風が出現する。

「……やっぱり身体が思う様に動かない。ちょっと鈍ってるなぁ」
「海軍大将捕まえて、よく言うよ」

矛を避けながらクザンを足場に更にニーナが高く飛び上がり、大きく腕を広げる。

「『舞台設置・演出照明(ステージセット・スポットライト)』。皆下がって下さい!」

声高に野次馬に向けてそう宣言すれば、途端に巻き起こる幾つもの竜巻。先ほどのよりも細目といえど、威力は十分だ。砂埃や海水を巻き込んで渦巻くそれらの影響か、空には暗雲まで生まれる。

ニーナの言葉に一気に遠くへ逃れようと動く海兵達だったが、数人が逃げ後れてしまったようだ。風に巻き込まれそうになった瞬間、その身体を白い煙が押し戻す。

「うっ、クソッ!」
「あ、スモーカー。ごめんなさい」

竜巻の巻き添えになりそうだった海兵達をその能力で逃してやるが、逆に自分が逆巻く風に巻き込まれそうになったスモーカー。
途端、ニーナが彼の腕を掴んで空へ逃がす。

「ガープさん!受け取ってぇぇ!」
「ま、待て、テメエ、ニーナ。何考えて……」
「今ちょっと楽しい所だから。また後で」

そういってガープが相変わらず茶を啜る場所へ、思い切りスモーカーを投げ飛ばした。
まあ、後の事はいいだろう。とそのままスモーカーの事は一瞬で忘れ、地面から自分を見上げるクザンに向き直る。

「逃げ場無いですよ!クザン、これで最期!」
「あらら、一撃必殺ってやつ?いいよ、受けてやる」

掌に再びキスでつむじ風を作ると、その手を空へ掲げる。そのまま天を貫いた細く鋭く、暴風が逆巻く竜巻は、もはや大きな槍だ。

『演技終幕(カーテン・ドロップ)!!』
『アイス塊 暴雉嘴(アイスブロック フェザントベック)』

天から叩き付けられる風の渦を、クザンは力づくで押し戻す。
グッとクザンも思わず押されそうになるものの、流石大将。そんな柔ではなく、轟音と衝撃の後、竜巻と氷塊は跡形も無く消える。

「言いましたよ、終わりだって」
「なっ!?何時の間に……?」

先ほどまでのスピードなど比では無い。クザンですら見えるか見えないかの速度で迫ったニーナに、脚を払われる。
今度は何を?と崩したバランスの所、顎を蹴られ、背中から倒れるのを余儀なくされた。

カチャリ、と音がして額に押し当てられた短銃。
馬乗りになったニーナが、にこっと微笑む後ろでは、フワリと浮かんだ幾つもの大砲が螺旋を描く様に飛んでいた。

「海楼石入りの砲弾に、迫撃砲もあります。さっき余所見したでしょう」

わざわざ天候が変わる程派手な広範囲攻撃を仕掛けたのは、軍艦から大砲を集める為のカモフラージュ。

その大砲の羅列に、クザンは思わず乾いた笑いが漏れる。躱せない事はないだろうが、これ以上、やる意味は無い。実力は解った。これは、大将でも苦労する。

急に黙ったクザンを見て、ニーナは胸に馬乗りの姿勢のままコトリと小首を傾げた。てっきり反撃してくると思ったのに。

「クザン?」
「……降参。色んな意味で」

本当に参った。こんな時でも、可愛いなんて思ってしまうとは。
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