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「それにしても、海賊騒ぎの所為ですかね。所々の倒壊が目立つ」
「確かに。だが再建の方も、支部に協力を指示してある」
「活気もありますからね。これくらいならすぐ直りますね。きっと…… あれ?」
街を歩きながらその雰囲気を堪能していたニーナが、ふと見上げた空に浮かぶものを見て声を上げた。
ふわふわと風に流される赤い風船。すると、「ああ〜」とそれを嘆く子供の声がすぐ近くで上がる。
遂には泣き出す少年に、クスリと笑うとニーナは強く地を蹴った。瞬時に風船の位置まで飛び上がったニーナは、そのままパシッと風船の紐を掴む。
トン、と軽く着地すれば、口を開けて驚く少年にそれを差し出した。
「はい。どうぞ」
「……ありがとう。お姉ちゃん」
笑顔でそれを少年が受け取ると、周りから上がる拍手。
それに、思わずニーナはギョッとする。が、当人に構わず目の前で起こった大飛躍に上がる喝采は止まない。
パチパチと響く拍手に、ニーナは赤面すると、ガシッと横のモモンガの腕を取る。それまで事の成り行きを、頭を抱えながら見守っていたモモンガは突然引かれた強い力に、反応が遅れて従った。
「い、行きましょう、モモンガさん!」
「おい、お前何を……」
「ぎゃああ、ごめんなさい!」
ダダダ、と砂埃を残してニーナは思い切り走った。
***
一通り走ってついた港で、ニーナはゼエゼエと上がった息を懸命に整えた。
「おい!どうしたんだ、急に」
「だ、だって、あんな拍手とか、一般の人の歓声なんて。なんか大層なことしたみたいで。しかも私は海賊なのに」
「………お前は」
「いやあ、びっくりしたあ。何かパフォーマンスとか大乱闘みたいな、ド派手なことした後ならいざ知らず、何もしてないのに急に拍手って。そりゃ恥ずかしいですよ」
……派手な事をした後ならいいのか?
という問いを、モモンガは寸での所で押さえた。そんな感性を力説されてもモモンガにはイマイチ理解出来ない。
ニーナも暫く荒い呼吸を繰り返して、漸く息が整ったのか。ハフゥ、と最後にため息を漏らした姿に、不覚にもモモンガの頬が熱くなる。
「丁度港に来た所ですし、もう終わりにしますか?視察」
「あ、ああ。そう、だな」
「じゃあ、行きましょう。皆さんあんまりお待たせしちゃ悪いですし」
繋いだままだった手をニーナが再び引けば、若干目を逸らしたモモンガが後に続く。
「どうかしました?」
「………いや。気にするな」
何かあるのだろうか、とニーナが覗き込めば、更に逸らされる目。何処か不機嫌にも見えるモモンガの様子に、ニーナは疑問符を浮かべる。
やっぱり、こんな面倒な事はそうそうに切り上げて軍艦に戻りたいのか。
と、モモンガの本音とは恐らく真逆だろうことを思ったニーナは、軍艦へ向かう足を急がせた。
そんなモモンガが、ニーナと手が繋がったままだということを漸く気にするのは、港の部下達の前に出た後だった。
そして、その様子に部下達がこっそりとだが力強く、グッと親指を立てたのは、また別の話。
***
ニーナ達の乗った軍艦が帰りの航海を進んでいる頃、海軍本部ではセンゴクが再び頭を抱えていた。
「……中将達数名で取り押さえられた、と油断していた。十五の少女と甘く見ていたが」
「まあまあ、そう悩まないで。まあ、大丈夫じゃないっすか」
もしかしたら、ニーナの実力を甘く見すぎているのでは、と危惧したクザンが、一応センゴクに報告したのだ。
「オー、でもそういえば、言ってたねえ。捕らえた時も、殆ど投降したようなものだって。抵抗した積もりはないみたいだよぉ」
「くっ!万一にでも、中将達で押さえ込めないとなれば……」
最低でも、その能力や実力の程は理解しておく必要がある。でなければ、こちらとしてもいざという時の対処が間に合わない。
「一度、確認が必要だ…… クザン。お前がやれ」
「あらら。また俺?」
自分を指差すクザンは、けれど普段の様に不平を漏らす様子は無く。仕方ないな、などと言いながら素直に頷いた。