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ニーナはあの騒ぎから、部屋で待機命令が出ていた。しかし、呼び出しに行った海兵が部屋を確認すれば、中は蛻けの殻。慌てて本部内の食堂や訓練場などを確認したが、何処にも居ない。

その報告を聞いた途端、歯を向き出しにしたセンゴクの額に、何本もの血管が浮かぶ。

「そらみたか!少し油断すればこれだ……… 貴様、何を笑っとるんだガープ!」
「ぶわははは。そう怒るな。どうせすぐ見付かる。まだ逃げ出したとは決まっとらんじゃろが」

呑気に煎餅を齧るガープにセンゴクが詰め寄るが、その意見に同意する様にクザンが立ち上がった。

「同感ですね。まあ、ちょっと見てきますよ。どうせ、どっかでアイスでも食ってるんでしょう。すぐに連れてくるんで、ちょっと待ってて下さい」
「おー、わっしも行くよぉ〜。そういえば…… センゴクさんに怒られるって、ちょっと怯えてたからねぇ。怖がっちゃったのかも」

そういって颯爽と会議室を出て行く大将二人。それに続いて、集められていた中将数名の内の一人。モモンガも席を立った。

「私も、あの娘が逃げたとは思えません。捜索に加わります」

明らかに焦りを滲ませるその姿にセンゴクは、貴様もか、と奥歯を噛み締める。けれど、止めることはせずに出て行くモモンガの好きにさせた。

「……命令だ。全員ですぐに捜索に当たれ。あの娘の能力が、この島から逃げ出せるほどのものだと解った今、捜索範囲を周辺海域にまで広げろ。逃げた逃げてないに関わらず、何としてでも連れ戻せ。絶対にだ!」
「ハッ!」

センゴクの声に応えるように、その他の将校たちも急ぎ足で会議室を出る。

「おつるさん。これでもまだ、あの娘を信じるというのか」
「……知将の名が泣くよ、センゴク。まずは、あの娘を見つけてからだ。アンタも解ってるだろ」

静かな声に、センゴクはうーん、と唸りながら頭を抱え。何時かの湯のみをグイッと煽った。




***



「……あ、赤犬殿?」
「あの馬鹿がぁ……」
「そ、それでですが、赤犬殿にも捜索に当って戴きたいということでして」

こちらはサカズキの執務室。遠征から戻ったばかり故に会議には参加していなかったが、執務室で聞いた報告に、サカズキは一言漏らした。

そして、命令とあっては仕方無い、とその重い腰を上げる。

静かに部屋を出て行くサカズキの背を、無機質で一切の無駄が無い部屋には似つかわしくない、赤い犬のぬいぐるみが太々しい顔で見送った。



***



ニーナの捜索命令は、すでに本部中に伝わっているのか。あっちはどうだ、こっちは居ない、と。あの娘を探しているのだろう声があちこちから聞こえる。

これだけ海兵が走り回っている本部内を、流石に探す気にはなれなかった。恐らく、あの娘が居るとすれば別の場所だ。

港の方からはクザンの氷が、街の方にはボルサリーノの光が見えた。そちらも任せて良い筈。というより、奴等と同じ場所を探して時間を無駄にするのも、娘に逃げ延びる隙を与える積もりもなかった。

「なら、島の裏の方かのぉ……」

ニーナの実力を見誤っていたというべきか。先ほどの報告で、ニーナが近海へ易々と小舟で乗り出したと聞いた。グランド・ラインを一人で航海出来るほどの実力があったとは、考えが足りなかっただろう。
いや、しかし考えついたとしても、今まで逃げ出そうとする素振りを一辺も見せなかったニーナに、それが不可能なのだと無意識に思ってしまったのか。

とにかく、海兵に見られずに逃げ出すなら、島の裏を選ぶだろう。それに……
そこは何とも見晴らしが良い、と以前ニーナに聞いても居ないのに話された事を思い出したからだ。


けれどこれほど時間が経っているのだから、もうとうにこの島を出た後だろう。きっと其処へ行っても見付からない。若干そう考えながらサカズキが島の裏まで足を運ぶ。が、予想は外れ、その場所に小さな背中を確認した。

ニーナだと確信すると同時に、サカズキは何処かそれまで覚えていた怒りが僅かに収まる。

未だ自分には気付かず、崖の端に座り込んで抱えた膝に顔を埋めている。

「何をしちょる」
「……………サ、カズキさん?どうして、ここに」

振り返った顔はぼんやりとした表情で、どこか虚ろにも見える目にサカズキは眉を顰める。

「何をしとるんかと聞いとるんじゃ」
「海を…… 海を見てました」

反応が悪い。普段のコロコロと変わる表情やはっきりとした受け答えとはまるっきり違う。
暗い声のまま、またニーナが海に向き直る。

「久しぶりに海に出たから。ちょっと疲れちゃって」
「……言い訳はそれで終いか?」
「そうですね。それ以外、何も言えませんから……苦しいから、なんて」

海の上で潮風を感じたのは、政府に捕まる直前、船長達と別れることになったあの時以来だ。
海軍本部の中で世界から隔離されていた時とは違う。海に出た時にヨークの存在を感じないのは、彼がもうこの世に居ないということを一層強く突きつけてきた。

「何処にも居ないの。皆が、船長が居ないのぉ……」

再び膝に顔を埋めるニーナ。その姿に、サカズキはどうしてか声を掛ける気になれなかった。

「恨んでないっていうのは本当です。古代神器なんて怖いもの。センゴクさん達が悪いなんて、全然思ってない。でも、でも……」
「…………」
「悲しいんです……… 悲しいよ。寂しいよ。苦しいよぉ」

悲痛な声にサカズキがもう一歩、ニーナの方へ踏み出す。

「なら、何故そう言わん」
「だって、私は海賊だから……」
「そうか」
「海軍の正義に従う代わりに、守って貰えるのは一般人です…… 海賊に、その資格は無い。正義に背いたんだから、一人で生きなくちゃいけない」

誰かが後ろに立った時は驚いたが、それがサカズキであったことにニーナは心底安堵した。

これがクザンだったら、今の自分を見せたり出来ない。彼の優しさか、政府への忠誠か、クザンはニーナの心を知ろうとする。悲しみも苦しみも、それを知ればどうにかしようとするから。
掛けられた言葉にどう返せば正解なのか、どうすれば恐怖を与えないで済むのか、今は考える余裕がない。

サカズキならば、自分の言葉に感情を揺さぶられはしない。彼の苛烈な正義は、悪か正義かの判断しかないから。

「そうじゃの」

海賊に生きる資格はない。そう掲げるサカズキは、ニーナを慰める言葉など持っていない。

けれど、このまま命令通り、すぐに本部へ引き摺って行かなかったのは、何か思う所があったからだろう。

「なら、目を瞑っててやる。気が済むまで好きにしちょれ」

それだけ言うと、サカズキは少し離れた場所に腰を下ろす。
逃げた訳ではない。なら今すぐ処す必要はない。そう判断し、自分の海軍キャップを深く被りなおした。
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