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鎖を外されたといってもそれだけだ。相変わらず、真っ白な部屋に捕われたままのニーナ。だが、もう一つ変わったことがある。それは、訪問者が増えたこと。
クザンは相変わらず毎日の様に顔を出すが、それ以外にも、下着の件から時折世話を焼き、服などを届けてくれるつるや、さらには煎餅を持ったガープまでもが訪ねてくる様になった。
今日この時も。
「本当に!?」
「オー、本当だよぉ。っていっても、わっしと一緒だけどね」
わーいと手をバンザイにして喜ぶニーナに、ボルサリーノがニコニコと笑いを返した。
「でも、ボルサリーノさんも忙しいでしょ。大将さんだもん」
「いやあ、わっしは大丈夫だよ。普段から必要な仕事はこなしてるから、ちょっとくらいなら時間あるからね〜。誰かさんと違って」
その言葉は、間違いなく今頃ニーナの所へ通うのを理由に書類を溜めさせていたクザンへ向けられたものだろう。
初めてのニーナの外出許可に、当然クザンが同行するかと思うも、書類の山と共に補佐官から泣きつかれたつるとセンゴクの叱責で執務室へ押し込まれた。
「うーん。じゃあ、今日大人しくして問題無し、って判断されたらまた出してもらえるんですか?」
「……相変わらず、可愛く無いねぇ」
「アハハ。でも、私変な事する気はないんで、ボルサリーノさん。監視っていう意味では今日は暇かも」
「まあ、そうだろうけどねー。いいよぉ。マリンフォード内なら好きな所に行って」
「ええ。街に行ってもいいんですか?だって、一般人も居るんでしょう。私、危険ですよ」
自分を指差すニーナに、ボルサリーノは変わらぬ笑みで返す。
「大丈夫だよぉ〜…… わっし強いから。妙なことすれば、これだからねぇー」
指先を光らせてみせるボルサリーノに、それなら安心、と今度はニーナが笑って返す。
ボルサリーノのこういった笑みの威圧を、ニーナは躱さずにしっかり受け止めそれに返す。それは、自分に怯えたり、吐かれる毒を気付かないフリで必死にやり過ごす、他の者達と違う。こうも素直に自分の言葉を受け止める人物は、ボルサリーノにとって初めてだ。
「ああ、それとー、これもね」
そう言ってボルサリーノが差し出してみせたのは、銀色の小さな輪。サイズと形からして指輪だろうそれに、ニーナは首を傾げる。
「これねぇー、海楼石を改良したものでねぇ。ニーナちゃん特性だよぉ〜」
「海楼石?」
「やっぱりね、幾らわっしが監視してるっていってもぉ…… 自然系(ロギア)のニーナちゃん野放しって訳にもいかないからァー。でも、流石に手錠したまんまじゃあ、気分転換にならないからね〜」
「はぁ、解りました。でも、改良ってなんですか?」
「んン?ああ、それね。能力を奪うのはそのままに、脱力感とか力が抜けるってのがちょっとマシになってるんだよ」
「あ、本当だ」
差し出されたそれを何の迷いも無く受け取るニーナに、ボルサリーノが苦笑を見せる。
「あいっかわらず、可愛くないねぇ〜」
「だって、これ条件なんですよね。それに、波の模様が彫り込まれてて可愛いです。ありがとうございます」
「おー、じゃあ、行こうか」
こうして、ニーナのお出かけがスタートした。
***
街に繰り出し数分もしない内。
「わあ、ボルサリーノさん。有名なんですね」
「まあ、一応大将だからね」
通行人の視線を一身に集めるボルサリーノに、ニーナがクスクスと笑いを漏らす。
「あ、あっちからなんか良い匂い」
無邪気に屋台の匂いに引き寄せられて行くニーナを、ボルサリーノが笑いながら、けれどサングラスの奥の瞳を決して逸らさずに付いていく。
そうして始まった街散策だが、一時間程してボルサリーノは思わず疑問を口にした。
「欲しくないのかい?」
「はい?」
首を傾げるニーナだが、そうしたいのはこっちだ。先ほどから、物珍しげにキョロキョロとしているが、欲しがるそぶりはみせない。つい今も、横に大好物のアイスクリームの屋台があるのに。チラリと見ただけで、通り過ぎようとしていた。
「だって、お金無いんです」
「んン?一応、わっしが出すよー。元々その積もりだったしねぇ〜」
「いえ。いいですよ。悪いですし」
「そういわれてもねぇー……」
折角数週間ぶりに外出が叶ったのだ。欲しい物の一つや二つ、あるだろうと思っていたのに。
「まあ、ニーナちゃんがそう言うなら…… 仕方ないねぇ〜」
そう言いながらも、何故かアイスの屋台へ近付くボルサリーノ。
「おー、二つゥ、貰えるかい」
「ボ、ボルサリーノさん?いいですってば、本当に」
「おー、気にしなくていいよ。これはわっしの分だから〜」
「はあ、そうですか」
サングラスの奥の瞳を細めたボルサリーノに、ニーナも口を黙らせる。そのままアイスを二つとも手に歩き出したボルサリーノの後を、素直に追う。
そこからスタスタと歩く彼の手に握られたままのアイスは、本当に自分用らしい。安心した様な、ほんの少しだけがっかりした様な、とニーナが油断していると……
「はい。これあげるよぉー」
「えっ?だって……」
持っていたアイスの内一つをズイッと差し出してくる。ニーナが目を白黒させるが、突き出されたそれはそのまま。
「買ったけど、やっぱり食べきれなさそうでねぇー」
「そ、それは………… ありがとうございます」
多少戸惑いながら、最終的には照れた様に頬を赤くして受け取るニーナに、ボルサリーノは僅かに瞳を細めた。