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“白ひげ海賊団・16番隊隊長イゾウ”は、呆れと疲労と、僅かな同情を込めて溜め息を吐いた。

「……マルコ。そう落ち込むな」

目の前には食堂のテーブルに突っ伏したまま動かない1番隊隊長。不死鳥などと恐れられている男の筈が、どうしてこうなったのか。それを説明するにはほんの数分遡る。

『おいマルコ。弟に押されっぱなしだぞ』
『…………黙ってろい』

食堂へ顔を出した途端、楽しげに会話するニーナとエースの姿が視界に飛び込んで来たイゾウは、同じく食事を取りに来たマルコに言ってやった。

途端に複雑そうな顔になるマルコに、イゾウは苦笑を漏らす。
ニーナを慕う男としては彼女をエースが文字通り独り占めしている状態は面白くないのだろう。しかし弟を心配する兄としては、エースがあれだけ楽しそうにしているのにそれを邪魔しようとも思えない。

そんな苦労性のマルコを後押ししてやる積もりで言ってやったのだ。
すると、それが功を成したのかは解らないが、チャンスというものが到来したようで、エースがニーナの傍から離れていくのが視界に映った。
しかもこちらに気付いた様に振り返ったニーナがニコリと笑いながら近付いて来たものだから。

『マルコさん、イゾウさん。これからお食事ですか?』
『ああ。お前はもう済ませたのかよい?』
『すみません、お先に頂きました』

この船の1番隊隊長である彼より先に済ませた事に多少気まずさを覚えるのが、肩を竦めて頷くニーナ。思わず可愛い、などと思って固まったマルコ。その様子にイゾウが呆れた様にその背中を軽く叩いて正気に起こしてやる。

バシッと走った衝撃にハッと我に返ったマルコは態とらしく咳払いした。

『ま、まあそのなんだ、よい。お前も大変なんじゃないか。ずっとエースのお守りで』
『アハハ、お守りって程大したことしてないですよ。私も楽しんでますし。ただ、また居座ることになってしまって申し訳ないです』
『……まあ、なんだ。エースもお前に懐いてるからな、つい甘えちまうんだろうよい。予定を邪魔してたら悪いが、強引に引き留めたことは大目に見てやってくれ』
『そんな。こちらこそ、何時もすみません。なんだかつい長居してしまって』

はにかむ様に首を竦めながら笑みを浮かべるニーナに、マルコも自然と張っていた気が緩んでいく。耳触りの良い笑い声に頷きながらその頭を無意識の内に撫でていた。

そんなちょっといい雰囲気に熱が溜まってきたのか、普段は滅多に無いほどマルコがここは積極的に決めようと頭を働かせる。

『そ、そのだな。暇なら、その………よい』

どうしたものか。不自然でない程度にさり気無く誘えて、かつエースや他の奴に邪魔されない様な。そんな誘い方は無いものか。

必死に言葉を捜すマルコの前で、ニーナはどうしたのだと言葉を待つ。そんなに言い難い事なのかと不安になり横に立つイゾウへ視線を移せば、まるで「待ってやってくれ」と言いたげな目とぶつかり、それに従うことにした。

しかし言い淀むばかりのマルコは一向にその先へ進もうとしない。そんな事を続けている内に、当然だが、後ろからガバリとニーナに抱きつく影が現れた。

『ニーナ、釣りしようぜ。釣竿借りてきたんだ』

ズイッと手に持つそれを見せながらニーナの腕を掴んだエース。その意識はすっかり釣りに向いてるのか、目の前のマルコやイゾウのなんとも言えない微妙な顔は映って無い。

『わ、解ったから、ちょっと待って。マルコさん、それでお話しっていうのは?』
『……ああ、なんでもねえよい。二人とも海に落ちねェように気ぃつけろい』
『フフフ、わかりました。それじゃあまた後で』

そのままエースに腕を引かれて甲板へ去っていく背を、マルコは呆然と見送った。

そんなこんなで食事を取る気にもなれず、マルコはこうして食堂のテーブルに突っ伏している訳である。

その横で、イゾウはまた短いため息を吐いた。

「マルコ。お前本当にあの娘をものにする気があるのか?」
「うるせえよい。何も言うな」

イゾウの辛辣な一言に頬が引き攣る。マルコ自身、自分の情けなさは解っている積もりだ。だらからこそ、こうして撃沈しているのだから。

どうしてあの時咄嗟に言葉が出てこなかったのか。気の利いた台詞を、なんて考えている間に横から掻っ攫われるとは。

「くそォ…… つ、次こそ。次こそは、よい」
「……マルコ。お前に足りないモンが今よぉく解った」
「あ?なんのことだよい」

呆れを通り越して冷たささえ感じさせるイゾウの声に、マルコはなんだと突っ伏していた顔を上げた。声の主を見遣れば、予想通りイゾウがキツく睨んでくる。

「お前、危機感とかまったく無いだろ」
「き、危機?」

まるで初めて聞いた言葉かの様に目を瞬くマルコに、イゾウは更に深く溜め息を吐いた。

「あの娘が他の奴に取られるとか、実は考えてないだろ」
「な、なに言って…… というか他って誰だよい」
「ほらな。こんなんならエースの奴が先にモノにしちまっても可笑しくねえな」
「はっ!?何言って…… 何でエースが?」

なんのことだ、と目を見開くマルコに、イゾウはそらみたことかと呆れる。

「そういうことだ。だから次は、なんて呑気に言ってる内に、横から掻っ攫われるんだよ」

そこまで聞いて、漸くマルコもイゾウの言いたいことが分かったのか。何処となく思い当たる節があるようで、表情も少しずつ険しくなっていく。

「少しは分かったか?お前がぼんやりしてる間に、後悔することになっても知らねェぞ」

イゾウとしては、どちらかを贔屓する積もりは無い。しかし、不器用であり、また苦労性でもあるこの男を放っておけないのも事実。情けなくも一人で空回り悶々とする様は、見ていられない。

太陽の様な笑顔で周りを巻き込むエースと比べた時、ほんの少しこちらの肩を押してやってもいいだろうと思えてしまう。

イゾウは未だ項垂れるマルコの腕を掴み、もう一度行って来い、と無理やり食堂から叩き出した。
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