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久しぶりに訪れたニーナ。その来訪に、サッチが上機嫌で昼食を振る舞ったのだが、のんびりとした時間はそうは続かない。
「ニーナ、手合わせ付き合ってくれよ!」
「えっ!?ちょっ、待ってエース。まだご飯が……」
「ほら行くぞ!」
未だ食事中のニーナの腕を掴んで、意気揚々と食堂から飛び出すエース。つい先ほどまでタンコブ一つに悶えていたとは考えられない程の復活だ。
流石に食事くらい最後まで食べさせてくれとニーナも思うが、嬉しそうに甲板を目指すエースの姿に、それ以上抵抗するのは止めた。
甲板へと続く扉をそのまま潜れば、強い日差しと海風が迎える。
それと同時に聞こえて来たあちこちで楽しむ乗組員達の声。ゲームに興じる者や、組手に挑む者。自己鍛錬に励む者や、はたまた何もせずに昼寝を決め込む者。
相変わらず、大所帯の白ひげ海賊団は賑やかだ。
「よしっ!やるか」
ボン!と爆音がして火柱が上がると同時に、エースが宙へ飛び上がった。
甲板へ出た途端にこれなものだから、落ち着く暇も、心の準備をする時間も無い。けれど上空に見えるエースの顔が、相変わらず太陽の様に晴れやかなものだから、ニーナは苦笑して甲板を蹴った。
『火拳(ひけん)!』
迫り来る炎の拳を飛び上がって躱しながらニーナは様子を伺う。
実際に彼の攻撃を受けるのは初めてだ。一瞬で空気の温度を上げる熱と、メラメラと燃え盛る炎。
流石、大型新人(ルーキー)と噂されただけあり、その破壊力は凄まじい。
とはいえ、実力があるのはニーナとて同じ事。
「よっと!」
甲板を思い切り蹴り、エースのすぐ背後まで一瞬で迫る。そのまま空中で回転しながら脚を振り下ろした。
「グエッ!」
武装色を纏った攻撃は、自然系(ロギア)だろうと関係無い。背中に決まった回し蹴りに、エースの身体が甲板へ叩き付けられる。
それを見届けてニーナも落下する身体を立て直すが、途端に甲板から飛び出た炎に目を見開いた。
『十字火(じゅうじか)』
「うっ!?」
目前まで迫った炎にニーナは思わぬ一撃を喰らった。咄嗟に武装色で防いだ為ダメージは軽減出来たが、それでも強力だ。
これは、もしかしなくとも余裕に構えている場合では無いかもしれない。
グッ、と奥歯を噛み締め、ニーナは己の指へと視線をやった。スルリと抜き取られた海楼石に、力が戻ってくるのが解る。
それを甲板で見守る船員の一人へ放り投げて預け、身体の変化へと意識を集中させた。
「………『円形劇場(アリーナ)』」
フワリと渦巻き始めた風が、大きな円形状となって標的を狙う。
「グッ、なんだ!?」
途端に吹き荒れた風に押し上げられたエースが、そのまま流され大きく円を描き始めた。自由を奪われたエースが咄嗟にもがくが、相手は実態の無い風だ。そう簡単には抜け出せない。
が……
『陽炎(かげろう)』
飛び出た炎にエースを巻き込み渦巻く風が一瞬弱まる。能力の相性的にはエースの方が不利ではあるが、ニーナ自身から放たれた風を押止めるくらいは出来た。
そのままニーナを視界に捉えると拳を振りかぶる。その動きにニーナも合わせて掌に風を生んだ。
『火拳(ひけん)!!』
『演技終幕(カーテン・ドロップ)』
炎と風がお互いにぶつかり合うその時
「おいこらそこの二人!デザート食わねェなら他のクルーにやっちまうぞ!!」
『あっ!!』
振り向いたのは同時で、それに習う様に霧散する二人の攻撃。
ニーナとエースの視線の先には、呆れ顔のサッチが手にデザートのアイスクリームを持って立っている。
「食べます、食べます!」
「サッチ。俺の分も」
手合わせの途中だったなどと忘れ、ニーナもエースも途端にサッチのデザートに飛びついた。
***
その後も、なんやかんやとエースはニーナにべったりであった。
食事の時は当然の様に隣に居座り、その後もニーナを誘い話したりゲームをしたりと常にその横に存在していた。
「なあニーナ。また少しここに残るんだろ」
「え、ええ!?今回はそんな予定じゃないんだけど……」
「いいじゃねェか。なっ?少しでいいからさ。それにもう暗いだろ」
エースの唐突な申し出にニーナは咄嗟に目を白黒させる。今回は特に滞在する予定は無く、夜になる前にはここを発つ積もりだったのだ。なにかとエースと過ごしている内に時間を忘れてしまっていたのは事実だが。
「なあ、いいじゃねェか。明日こそ手合わせの決着付けようぜ」
そう続けるエースに、ニーナはどうしたものかと考える。特に次の予定が決まっていた訳でもないし、この心地良い“白ひげ海賊団”に留まらない理由は無い。
それに、今回ここへ顔を出したのは、エースのその後が気になったからなのだし。少しくらい滞在したい気がしてきた。
「……じゃあ、白ひげさんに許可貰ってから」
「ホントか!」
途端にパッと顔を輝かせるエース。相変わらずコロコロと表情は変わり、その中から飛び出してくる笑顔は太陽の様に明るい。
オヤジに聞いてくる、と甲板を走り抜けて行くエースを、ニーナも釣られた様にクスリと笑って見送った。