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今回の敵は七武海の一角を担うクロコダイルであり、しかも彼の犯罪会社は暗殺者揃い。目立つ行動はくれぐれも謹め、と言い聞かせた筈だったのだが。
「メーシー屋〜っ」
「ちょっと待てー!」
呼び止める声も虚しく、一瞬の内にルフィが消えてしまった。空腹に苦しんでいたのは分かるが、敵地であまりにも無謀だ。
こちらはまだ物資の調達の相談に、更に一度倒した筈のMr.3の船まで発見してしまうという問題が山積みであるのに。
しかしとにかく、今は上陸し隠れられる場所に落ち着く方が先だろうと船を下りビビの案内で町外れへと向かう。
そして、誰が買い出しにとなったとき、敵に顔を知られていないサンジとチョッパーが選ばれた。
「ニーナ。お前もMr.3とは戦ってねぇんだし、大丈夫じゃねぇか?」
「それはそうなんだけど、私は元々クロコダイルに顔が知られてるし」
アラバスタの町を見物したい気持ちはあるが、やはり危険は少ない方が良いだろう。
「大丈夫さニーナちゃん。買物ならこの俺に任せてくれ」
「俺も頑張る!」
ニッと笑うサンジの横で勇ましく顔を引き締めるチョッパー。当然ニーナはその姿に感動する。素早くその体を抱き上げて飛びついた。
「チョッパー!ありがとう。頼りにしてるねぇ」
「あああ、ヤメロー!!」
その様子にナミが呆れたようにため息を吐いた。
「ほら、さっさと済まさなきゃならないんだから。チョッパー下ろしなさい」
「ええええ」
不満そうに唇を尖らせるニーナだが、素直にチョッパーを拘束する手を緩める。そのままチョッパーはピョンと機敏にニーナから飛び降り、既に町へ向かって歩き始めていたサンジの後を追った。
そして数時間後、買物は任せろと言ったサンジが戻ってきたので、ニーナたちも調達してもらった服に着替えたのだが。
「素敵、こういうの好きよ私」
「でも……サンジさん、これは庶民というより、踊り娘の衣装よ」
胸元と腹部を大きく露出した派手な衣装。足を覆う布はヒラヒラと柔らかい仕立てで、付いてきた装飾品はキラキラと輝いている。
ニーナも同じく、衣装に袖を通して自分を見下ろしてみた。踊り娘の衣装というだけあって、動きやすさと華やかさを両方併せ持つ。こういうのは好きだ。
その場でクルリと廻りながら足を伸ばしてポーズを取ってみれば、それに合わせて衣装がフワリと舞い上がった。
「これ、いいかも」
「ニーナちゃぁぁん!俺の心を虜にする魅惑的なダンサーだぁ!」
「あ、ありがとう」
流石にサンジのそれは言い過ぎだが、衣装は気に入った。
これで砂漠越えの物資は揃ったということで、ビビは今後の予定を話す。彼女はまず、“反乱軍”に止まるよう説得する為、彼らの本拠地「ユバ」というオアシスを目指すのだという。
が、その説明の途中で、町の方が騒がしくなったのに気付き、慌てて身を顰める。
町を走る海軍が、海賊を追いかけているようなのだが。チラリと覗き見たニーナたちが見た、追いかけられている海賊というのが、ルフィだったのだ。
((お前かーーっ))
全員で揃った心の声が聞こえたのか、ルフィがクルリと振り返りこちらへ走ってくる。
この状況はまずい、と全員でルフィに追いつかれる前にその場から逃げ出したのだが。
『陽炎!!』
「‥‥‥っ!?」
聞き覚えのある声と技に、ニーナは思わず振り返った。
「えっ!!」
そこには、燃えたぎる炎で海軍を足止めしながら、不敵に笑った“火拳”のエースの姿があった。
「変わらねェな。ルフィ」
その笑顔が向いた先はルフィ。知り合いなのか、と驚くが、追われたままでは話も出来ないとエースはとにかく先に行けという。ニーナとしても、あまり海軍に顔を見られるのは避けたい為、その場から船へ走るルフィたちに続いた。
***
「兄ちゃん!?」
「ああ。おれの兄ちゃんだ」
船で一息ついたところで、ルフィから齎された情報に、ニーナも驚いた。
まさか、ルフィとエースが兄弟だったとは。世間は狭いというか。
「とにかく強ェんだエースは!でも、今やったらおれが勝つね」
はっはっは、と愉快そうに笑いながら兄のことを話すルフィは、心底嬉しそうだ。きっと、仲の良い兄弟だったのだろう。
「お前が、誰に勝てるって?」
ルフィの先ほどの発言が聞こえていたのか、外に浮かぶエース専用の小舟“ストライカー”から舟べりに飛び移ったエースに、ルフィが驚いて前に転がった。
「エース!」
「よう」
明るく和やかに笑ったエースはそのままルフィの船員にも挨拶を済ませる。丁度階段の影に隠れたニーナには、まだ気付いていないようだが。
そのままなんとも軽い調子でルフィたちを“白ひげ海賊団”に勧誘すれば、当然のように断られて笑っている。
兄弟の会合を邪魔したい訳ではないし、久しぶりに会ったエースにあんまりな仕打ちかもとは一瞬思ったが、やはりニーナは相手を殴らずにはいられなかった。
「海軍の奴らしかし、全然追って来ねェな」
「ああ。ちゃんとマいて来たからな、この“メラメラ”の能力で」
「お取り込み中悪いんだけど、ねっ!」
「ぐへぇぇ!!」
船縁にしゃがむエースの真横に飛び移ると、ニーナは甲板に向かってエースの頭を思い切り殴った。
「イッテェェ〜〜。なんだテメェって……ニーナじゃねェか」
「なんだエース、ニーナ知ってるのか?」
「なんだルフィ。お前もニーナの友達か?」
「ああ。コイツ、俺の仲間なんだ」
「違うってば!仲間じゃないの」
さも当然のことのように言ったルフィに、すかさず否定しておく。なんだかんだここまで一緒に旅してしまったが、ニーナとしては仲間になった積もりはない。そこははっきりさせておかなければ。
それを聞いたチョッパーが「えええ〜。ニーナは仲間じゃないのか〜っ!?」と驚いているが。
甲板に尻もちをついて、痛そうに頭をさするエースの腕を取り、ニーナは強く引っ張った。
「ルフィ。折角の再会を邪魔して悪いんだけど、ちょっと向こうでエースと話してきて良い?」
「おぉ!いいぞ」
笑顔でシシシッと笑ったルフィに感謝しながら、エースをメリー号の甲板の反対端まで引いて連れて行く。
「なんだニーナ。久しぶりだなぁ。ルフィにまで勧誘されてんのか?アイツはしつこいぞぉ」
「お兄さんに似て、ね。そんなことよりも、エース。アナタなんで一人で飛び出してるのよ!」
「………ああ。聞いたみてェだな」
ニーナの剣幕に、エースも予想はしていたらしい。余裕げな態度が崩れていないのが、ニーナの不安を余計に駆り立てた。
「白ひげ海賊団の鉄の掟は知ってるよ。でも、それなら一人で行く必要ないじゃない。今は戻ってよ」
「隊長の俺がけじめをつけなきゃならねぇんだよ」
「だからって一人きりなんて、万が一何かあったらどうするの!少なくとも、サッチさんを倒す実力があったってことでしょう、ティーチは」
「なんだニーナ。俺の心配してくれてるのか」
「……茶化されれば怒る程度には、真剣に話してる積もりなんだけど」
言葉は軽くとも、エースは意思を曲げる様子が全くない。それでも、なんとか説得出来ればと食い下がるニーナに、エースは困り顔で笑った。
「分かってくれニーナ。親の顔に泥を塗られたんだ。俺は息子として黙ってられねェ。けじめをつけるのが俺の役目だ」
「そんなこと言って、本当に命落としたらどうするの?」
「命賭けてでも、成し遂げなきゃならねぇんだよ…… ああ、そうだ。いいこと思いついた」
「へっ?」
真面目に話していた筈なのに、エースが唐突に悪戯を思いついたように瞳を輝かせた。いきなり緊張をぶち壊してきた彼に、ニーナも呆気に取られるが、エースがニッと口元に笑みを浮かべれば怒る隙もない。
「ティーチの件が片付いて俺が船に戻ったら、お前に伝えたいことがある。それだけ覚えててくれ」
「…どういうこと」
「どうせ命賭けるなら、もう一つ賭けをしておこうと思ってな」
「……?」
まるで意味が分からないが、この男が言い出したら聞かないのは散々見てきた。その上勝手に話を進めてしまう所まで、兄弟そっくりだ。
説得できれば、と思っていたがやはり無理なのだろう。そもそも、マルコたちも止めたと言っていた。家族の彼らの言葉すら聞き入れられないほど、エースの怒りは大きいのか。
「なっ。分かってくれ」
頼むよ、といつもの笑みを向けられれば、ニーナもいつもの様にエースの我儘を受け入れざるをえない。
しょうがないな、とばかりに肩を竦めるニーナの姿に、エースは最後にもう一度ニッと笑った。
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