時は限りなく | ナノ


22

ナミの体調は依然悪いままだったが、島があったとの声でニーナは少しだけ安堵出来た。
気候から察するに冬島だろう。

島の様子を確認しようと、ニーナも他の船員たち同様甲板に出る。

この島に医者が居れば、ナミの病気も治るかもしれない。そう思ったのだが……

『そこまでだ、海賊ども』

島へ入った途端にズラリと並んだ島民たちと構えられた銃に、一味の表情が曇る。

「おれ達医者を探しに来たんだ!!」
「病人がいるんです!」

そんなルフィとビビの訴えにも頑なに拒否する島民が、ついに銃を発砲した。

ドゥンという重い銃声と共に、狙われたサンジがギロリと相手を睨む。思わず反撃しようと動いたサンジだが、それをビビが咄嗟に止めた。

もみ合う二人に、怯えた島民が再び銃を向けたのを気配でニーナは察知し慌てて動く。

「ビビ!」

再び銃声が響き渡る。ニーナが庇って飛びのいたが、今度の発砲にはルフィたちも歯を剥き出した。

「お前らあ!」
『構えろォ!』

島民へ向かおうとするルフィを止めたのは、すぐに起き上がりルフィに掴みかかったビビだ。

「ちょっと待って!叩けばいいってもんじゃないわ。私なら平気、ニーナさんが助けてくれたから」

そのままビビは甲板に膝をついて深く頭を下げて懇願を続けた。

「だったら…上陸はしませんから。医師を呼んで頂けませんか!仲間が重病で苦しんでます。助けてください!」

ここで喧嘩をしてはいけない。無茶をすれば物事が解決するわけではない。頭を下げたままのビビにそう説得されたルフィも、すぐに拳を収める。

「うん、ごめん!おれ間違ってた……医者を呼んでください。仲間を助けてください」

同じく頭を下げたルフィに、誰もが息を飲んだ。

「……村へ、案内しよう」

島民の一人のその声が、緊張の解けた証。

その言葉にニーナも安堵したが、上陸したあとに自分たちを迎えてくれた大男が言った言葉に、再び不安が増す。

「一つ忠告をしておくが…我が国の医者は、魔女が一人いるだけだ」
「は?」

思わず出た頓狂な声は、誰のものだったか。


***


この国に、まだ名前は無いと言ったその男、ドルトンは、この島のことを説明しながら自宅にまで招いてくれた。初めの印象こそ、手荒な歓迎で良いものではなかったが、ナミのためにベッドまで開けてくれたドルトンは本来優しい人柄なのだろう。

「体温が42度!?」

ナミの病状にはそのドルトンも驚いたようで、急かすビビたちの疑問。魔女について話してくれる。

「“魔女”か……窓の外に山が見えるだろう?」

上陸する前から見えた、高くそびえる円柱のような形の山。そこに何かあるのか、とニーナが窓に視線を向けると……

「“ハイパー雪だるさん”だ!!」
「雪の怪物“シロラー”だ!!」

「てめェらブッ飛ばすぞ!!!」

雪にはしゃぐ子供の如く、巨大雪だるまで窓の景色を封じるルフィとウソップ。すぐに雪だるまを蹴り壊しに行ったサンジのおかげで視界は回復するが。
ルフィの呑気な行動に、思わずニーナも一瞬脱力してしまう。まあ慌てて気を張っていれば解決することでもないので、これはこれで良いのかもしれないが。

そうして気を取り直したところで、ドルトンが説明を続けた。

「あの山々の名は、ドラムロッキー…… 人々が“魔女”と呼ぶ、この国の唯一の医者。“Dr.くれは”があの城に住んでいる……」

中心の山に聳える城。ドルトンが王のいない城と言ったそれが、医者の居場所らしい。
気まぐれに山を降り、診察をしては報酬をありったけ奪っていく。見た事もない奇妙な生き物と、月夜に空からソリでかけ降りてくる。まさに“魔女”。

通信手段も無ければ、次にいつ山を降りるかも分からない。そんな医者にどう会えば良いというのか。

「おい、ナミ。ナミ。聞こえるか?」

ペチペチとナミの頬を軽く叩いて起こすルフィに、ニーナも唖然と口を開ける。

『ーで、お前は何をやってんだーっ!!』

ニーナたちの叫びなど聞こえていないのか、ゆっくり目を開いたナミにルフィはあっけからんと言ってのけた。

「あのな。山登んねェと医者いねェんだ。山登るぞ」
「……よろしくっ」

ぱしんっと手を打った二人が、ニッと笑みを交わした。
途端に呆れの声が上がるが、ルフィは言い出したら聞かない男だ。その様子にサンジも同行すると進み出た。
確かに、直接医者を尋ねるしか会う方法はなさそうなので、これしか手がないのも事実。

「んっ?そういえばニーナ。お前能力で飛べるんじゃないのか。ルフィが山登るより、ナミ抱えて飛んだ方が早くないか?」

ウソップが思い出したように聞いてきたが、ニーナは無理だ、と首を振った。

「今のナミの状態じゃ無理ね。途中で休憩出来るならともかく、山の節はほぼ垂直。あの高さを一気に飛ぶのは無理だわ。しかもただでさえ雪が降ってて気温が低いのに、上の方は風が強い。飛ぶとなれば体に受ける風圧と衝撃が半端じゃない。健康な男性でも耐えられるか分からないくらいよ」

その答えにウソップはああ、と頭を抱えた。

「なんだよ〜。じゃあやっぱ山を足で登るしかねェのか」
「だから、登るっつってんだろ」
「‥‥いいかルフィ。お前が一度でも転んだらナミは死ぬと思え!」
「えっ!一度でもかっ!?」

出来ることならウソップの案を採用したいが、今のナミの状態では無理だろう。自分の力不足に申し訳なさがこみ上げるが、落ち込んでばかりもいられない。

「私はここで待たせてもらうから!かえって足をひっぱちゃうし」
「おれもだ!」

駆け出したルフィたちを見送り、ビビとウソップと同じく、ニーナもこの場に残ることを選んだ。

「私も、何かあったとき連絡係りが必要でしょ。二人を追いかけられるのは私だけだと思うし」

ナミを運べなくとも、他に出来ることはあるかもしれない。
三人の無事を祈りながら、雪山へと消えていく姿を見送った。

そのままルフィたちの姿が見えなくなっても、雪の降る外で待ち続けるニーナたちに、ドルトンも小さく笑みを浮かべてその場に腰を下ろした。

「……昔はね、ちゃんといたんだよ」
「えっ?」
「医者さ…理由あって全員いなくなってしまったんだ…」

俯いたドルトンの語った内容に、ニーナも息を飲んだ。
ほんの数ヶ月前、この国は海賊の手によって滅ぼされたのだという。本来ならそれは最悪なことの筈だが、ドルトンの言葉によれば、むしろそれは良い結果だったかもしれないとのことだ。その理由は、それまでの“王政”が悲惨なものであったから。

「…元あったこの国の名は「ドラム王国」。王の名は「ワポル」。最低の国王だった……」

「ドラム王国!!?」

ビビとウソップはワポルの名に反応した。それがつい昨日、海賊として船を襲った男の名だったから。ドルトンもワポルがこの島の近くまで戻ってきていることに、わずかに顔を強張らせる。
けれど、ニーナが驚いたのはそこではない。

「待ってドルトンさん。じゃあ、ここはあのドラム王国だっていうんですか!?」
「……そうだ」
「でも、ドラム王国と言えば、医療が……」

優れた医療技術で知られる、医療大国ドラム。世界会議に参加を認められている国王の下、世界政府加盟国の美しい雪国の筈だ。

けれどドルトンの話では、この国に居る医者は魔女一人。王も居なければ、国の名すらない。
いくら海賊の襲撃があったからとはいえ、医者が一人しかいないなど、それだけでは説明がつかない話だ。

「……それが、この国の王政。そして国王だったということだ」

苦虫を噛み潰したような顔で、声を絞り出したドルトンに、ニーナは口を閉じた。そしてドルトンの懸念はやはりワポルなのだろう。俯いたまま言葉を続ける。

「……ワポルはこの島へ帰ろうとして海を彷徨っているにすぎない」
「だったらあの船に乗ってた人達は、この国を襲った海賊に敵わず…島を追い出された兵達なのね」
「…敵わず?違う!…あの時ワポルの軍勢は戦おうとすらしなかった!」

悔しげに歯を食いしばるドルトンは、ワポルは真っ先に逃げ出したのだという。国を守ることすらせずに、あっさりと。

それに怒りを露わに声を荒げた者がいた。

「それが一国の王のやることなの!!?ひどすぎる!王が国民を見捨てるなんて」

許せないとばかりに怒りを含んだ声は、雪の中とてもよく響く。
その憤った表情は、ニーナにビビが王族であることを思い出させた。
国民を見捨て逃げ出すなど、今も自国の現状を憂いて、バロックワークスに潜入までしたビビにとっては許せないことなのだろう。

そんなワポルが君臨していたのなら、ドルトンの言う通り、それまでの王政がどれだけ悲惨なものだったか。
ワポルの帰還と王政の復古は阻止しなければ、とドルトンが拳を強く握る。

そんな会話の中、少し離れた民家から男の明るい声が重い空気を打ち破るように響いた。

「おっ!ドルトンさん、丁度よかった。さっき良い鹿肉が採れたんだ。よければ使ってくれ」
「……ええ。ありがとうございます」

少しだけ和らいだ笑みを浮かべて、町民の声に呼ばれていくドルトン。ウソップも珍しがってそれについていった。その様子に、彼がどれだけ国のことを想い、島民に信頼されているのか分かる。
ビビも同じことを考えていたのか、ニーナと目が合った途端笑みが浮かんだ。

「好かれてるのね、ドルトンさん。町の人にもあんなに信頼されて。ニーナさんもそう思うでしょ」
「そうだね。島の人たちも、海賊に立ち向かうくらい一生懸命で。復興も進んでるみたいだし」
「それはそうよ。だって国は人々にとって故郷。居場所だもの」
「……居場所、か」

自分にも、そんな居場所があったはずなのに。

「脆いものだよね、居場所って」
「……ニーナさん?」
「アラバスタみたいに、内側に潜り込んだ敵に蝕まれる国もあれば、この国みたいに海賊の侵略で外敵に滅ぼされることもある。守ろうとしたって、いつ、どんな理由で崩れるか分からない」

失いたくないとどんなに願ったって、儚いものだ。
思わずそんな風に吐き捨ててしまったあとで、しまったとニーナは口を慌てて閉じる。が、もう遅い。よりによってビビにこんな話をするべきではなかったのに。

そう思って相手の顔を覗き見るが、意外なことに笑みが浮かんだままでニーナは逆にぽかんと呆気に取られてしまった。

「でもねニーナさん。脆くたって、儚くたって。崩れたって、何度だって立ち直れる。もう一度、立ち上がれる。それが人の力でしょう。この国だって今復興してる。そしてアラバスタだって」

そんな風に言ったビビが手をあげて町を指し示す方では、道行く町民が皆笑いあっている。

「ねっ?」
「…………そう、だね」

立ち直れる、か。ビビの力強い笑みに、その言葉が少しだけ胸に沁みた気がした。

けれどそんな感傷に浸っている場合ではすぐになくなった。一人のおばさんが齎した一報に、ニーナ始め全員が口を開けて驚く。
今まさに自分たちが求めている魔女の居場所のことだ。

「ちょうど今ね!となり町に降りてきてるらしいわよ」
『な……!?何ですと!!』
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