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『元より姫君は、ハイラル王家の習わしにより長姫に与えられる“ゼルダ”の名を冠している。勇者もハイラルの一般知識で理解しているだろう。その古の根幹には理由があったものの長い時の移ろいに伴い喪失した。が、無意味ではない。結果として時の隙間に姫君の魂は“ゼルダ”として生まれ変わり、出現し続ける要因の一つを為している』
(……………………は?)
『これは大した話ではないよ、光の勇者。いずれ生まれ来る姫君に、同一の名を与える“祈り”があってこそ王家の慣習は成立したにすぎない。この形骸化した儀式を論じることは現時点では無意味だ』

マスターはハイラルの学者たちが議論し合う難解な歴史の背景をあっさりと説明してのけたが、大したことではないと片付けて驚愕する俺を他所に話は続く。

『補足だが。姫君は神の力を保有した経緯があるがゆえに姫君の魂の光は常人では計り知れないほどの力を秘めている。確かに記憶は浄化できても魂に刻まれた“ゼルダ”個人の記憶は鮮烈かつ強烈だ。神の御業でも易々と手を出せない領域であろうと、彼女に限って敷居は低いということだ』

もっとも通常の手段では記憶が甦ることは無いのだが、と呟いたマスターは一旦言葉を伏せ、結論を述べた。

『それが今回の事故によって引き出され、数々の“ゼルダ”が混在しつつ表面化したのだ。そうした過程を経て現在の姫君の記憶と過去の記憶が混ざった矢先に、最初に目にした勇者を無意識的に標的に据えてしまったのだろう。……さて、これであの姫君も“ゼルダ”なのだと説明した意味が理解できただろうか?』

つまり様々なゼルダの記憶が混線した結果が“ゼルダ”という形になった。俺をリンクと呼び、騎士と勘違いしたのも全ての記憶が呼び覚まされたというカラクリがあってこそ。

(………。なら、早くゼルダを元に戻してやってくれ)

俺は暖かみある手の平に包まれた影の中から僅かに覗く指の隙間を縫って、向こう側の彼女に意識を傾けた。

俺を押し倒す“ゼルダ”はやはりゼルダであり、一緒にいて守りたいと思う存在にいつまでも抱きつかれていては立つ瀬がない。

だったのだが。

『問題は解決している』
「……………………は?」

思わず口から声が漏れ出た。いや、現に押し倒されたままで状況は全く変わっていないのだが。

『ステージそのものに力が集約されているのであれば、ステージそのものから脱出する術が姫君に負担をかけずに済む最適の方法と判断した。中央に帰還用転移布陣を設置したので、光の円の範囲内に入るといい。こちら側に帰還すると同時に自然な形で彼女は本来の姿に回帰するだろう』

そこでようやくリュカとアイクの気配が消え失せていたことに気がついた。どうやら先に帰還したらしい。アイクはともかく純朴なリュカには目に毒だっただろうと申し訳なく思う。俺だって羞恥心で今にも死にそうなのだ。

そうなる前に、俺もゼルダを連れて帰還しなければ―――……

「リンク」

影に覆われていた視界に光が戻り、飛び込んだ美姫の拗ねた表情に思わず目を見開く。しまった。マスターとの会話で声を上げてしまっていた!

「また言い訳を口にするの?」
「ゼルダ、これは違、」
「ねえリンク」

有無を言わせない調子で、ゼルダは優美な曲線を悪戯っぽく口元に浮かべた。

「今日は何の日だったかしら?」
「っ、それは……」

言葉に詰まる。
この世界はマスターハンドとクレイジーハンドの二柱の神に管理された規格外の理に支配されている。空間はおろか時間でさえ管理された世界なのだ。マスターの気分次第で四季折々や天気すら変動する。詳しくは説明できないが、スマッシュブラザーズに集ったメンバーの文化や用いる言語は異なるため、混乱を防ぐためにあえて日付の暦などが設定されなかったのである。

(マスター、)
『光の勇者よ、すまないが早く退出を』
(だったらこの状況を何とかしてくれ!)
『ふむ、無理だ』
(はぁ?!)
『理由は二点ある。ステージに流出した力の拡散防止が一つ。帰還用転移布陣の構造維持が一つだ。非常に申し訳ないのだが直接的な干渉は不可能だ』

俺は呆然となる。自力で脱出しなければゼルダを元に戻せないが、そのゼルダに動きを封じられているジレンマに苛まれるとは。

とにかくゼルダを落ち着かせなければ始まらない。

俺は質問に応えるべく、未だ互いの熱量に浮かされた思考で必死に考えた。

「今日は……」
「今日は?」
「……すまない、忘れた」

ああ駄目だ終わった。
こんな彼女を前にしてまともな思考が働くわけがない。彼女の言動や表情から何かの記憶と重なったのだろうかと予測しようにも、時間が経つと同時に不機嫌になっていく美貌に耐えきれなかった。

「……リンク」

が、ゼルダは蕩けるような魅惑的な笑顔を浮かべ、そっと俺の頬に手を添えた。知らず息を呑み、釘付けになった俺に彼女は顔を寄せ―――




「―――……うそつき」




―――唇に伝わる、しっとりと濡れた甘い温もり。

最後まで“ゼルダ”が質問した内容と本来の解答はわからず仕舞いだったが、ただ一つのみ理解できた―――今日、俺は死んだのだ、と。



END.

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