壊れた天使(ダウト+フェンネル)
ある一つの街が崩壊した。
街はフェンネルの出身地だった。
“奇病”による異形化した人々によって無法地帯となった街が自滅するのは時間の問題だった。
業火の炎が街を焼き尽くす。後には黒い煙と灰が残る。
数人の異形が融合して出来た生き物は、まるで天使の様な姿をしていた。
無数の歪んだ手が翼の様に、膨れた腹の下からは白い衣の様な赤き臓器。脚は長く延びてその身体を天高く掲げていた。
少しだけ垣間見えた顔には狂った微笑みを浮かべて。
その天使がフェンネルの幼なじみの少女だと気付いたのは、フェンネルが彼女を前に名前を呼んだから。
思い出話をされた時に幾度となく聞いた名前だ。
まったくもってよく出来た悲劇だ。
撃てない殺せないとフェンネルが喚くものだから、代わりに私が引き金を引いた。
渇いた音に応える様に天使が崩れる。
後には静寂と真っ赤な血溜まりが出来た。
朽ちた天使に縋る軍の同僚に、何だか失笑が浮かんだ。
「どうして、こんな……」
フェンネルは泣いていた。天使を腕に抱いて、血に染まって。
「行くぞ。」
駆け寄る同僚が落としていった軍の帽子を拾い、泣く彼の頭に乗せて呟く。
踵を返した私の背中に、彼の言葉が響く。
「どうして撃ったんだよ……救えたかもしれないのに、まだ完全に異形化してなかったじゃないか、もしかしたら殺さなくても済んだかもしれないのに、この街だって、彼女だって、救えたかもしれないのにどうして殺すんだよ!!」
私が振り返ったと同時に飛び掛かって来た彼が私の胸ぐらを掴んで思い切り殴ってきた。
倒れた私の手から落ちた拳銃を掴み上げ、その柄で一心不乱に何回も私の頭を殴る。
痛かった。だから、彼の腕を掴んでそのまま腹を蹴り上げた。
倒れ込んで咳き込むフェンネルの背中をもう一度蹴り飛ばす。
頭が鈍痛と冷ややかに風が当たる感覚がする。血に染まった襟と肩。私の頭からは大量に血が出ていた事だろう。
蹴られて悶絶する彼の髪の毛を掴み、顔を上げさせる。
涙を流した濁った瞳と目が合う。
「ダウト……、お前は、何も思わないのか……?」
「……。」
「街が滅ぶ事も、人が死ぬ事も、お前は何も感じないのか……?」
「……生憎、そういった類いの感情は持ち合わせていない。」
「もしかしたら救えたかもしれないって、考えた事無いのかよ!殺す事が正しい訳無いじゃないか!どうして躊躇わずに人を殺せるんだよ!!」
泣きながら訴える同僚に、私は冷たく言い放つ。
「お前のその安い正義で一体何人救えた?お前のその甘ったるい考えで人が一人でも救えた事があるか?躊躇えばこっちが死ぬんだ。お前も、私も。」
「……。」
「私を悪だと言うなら言えば良い。守るべきものを守る為なら私は冷酷な悪にでも何にでも成ってやる。」
「……、…。」
「行くぞ。」
「……分かってる。」
フェンネルが倒れた天使を見る。けれど、もう彼女の名前を呼ぶ事は無かった。
崩壊した街を背に、武器を片手に、焦げた地を踏み締め歩みを進める。
私も彼も、振り返りはしなかった。
終わり。
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