02

 トン、トン、トン。船と陸を繋ぐ鉄製のタラップをゆっくりと降りていく。私が最後の下船客らしかった。まだ身体はゆっくりと上下に揺れている感覚がしているような気がする。

「おーい!コトリ!」

手を振って、こっちこっち、と手招きするアラタくん。小走りで彼の元へと近づく。
「うわぁ……!ついに来たぞ、神威島!そしてこの先にあるのは我が新天地、神威大門統合学園!最高のLBXプレイヤーが集まる聖地!……はぁあ、感動だぁ……!」
アラタくんは喜びが抑えられないのか大袈裟な身振り手振りでそれを表している。まぁ、気持ちもわからなくはないです。
森に囲まれた中で一際目立つ建物。きっとあれが神威大門統合学園なのだろう。さっきまでは不安でしかなかったけれども、アラタくんのテンションにつられて私まで明るい気分になっていく。

「あれは……」
その輝きに目が奪われてしまった。
まるで、宝石。歩く度に揺れるポニーテールの髪はアングレサイトのように煌めいて、それでいて柔らかそうで、ふわふわで、思わず見惚れてしまう。どこかで見覚えがある気がしなくもない。
「きっとあいつがもう一人の転入生だ。話しかけてみようぜ」
船の中でちらっと話題に出たもう一人の転入生。こんなに綺麗な人だとは思わなかった。
というか、アラタくんってすごく積極的なんだなぁ。私一人だったら勇気が出なくてとても話しかけるなんてこと、できないや。

「……君たちは?」
「俺は瀬名アラタ。んで、こいつがコトリ。君も神威大門統合学園に入るんだろ?よろしくな!」
アラタくんが私のぶんまで紹介してくれたのでそれに合わせてぺこり、と頭を下げる。
「……まぁね。僕は星原ヒカル」
「おおっー!仲間仲間!!ん?星原……、どっかで聞いたことがあるような……」
ほしはら、ひかる。はっとして彼の方を見つめる。その名前は一時期よく耳に入ってきた。LBXプレイヤーならきっとみんな知っているはず。だって彼は―――
「じゃ、急ぐから」
バッサリと切り捨てるようにしてスタスタとどんどん先に進んでしまう彼。そんな彼を後ろを追いかけるように島の中へと足を進めた。

 「コトリ、見てみろよ。変わった形の家が多いな」
「そうだね、歴史の教科書で見たことあるかも」
商店街と書かれた大きなアーケードを潜った先の建物はどれも木造建築で、青果店だとか精肉店、書店、寝具店…普段見慣れないお店があちらこちらに構えていた。
「この島は1960年代の街並みを再現しているんだ。日本の高度経済成長期がモデルになっているらしい」
タブレット端末を片手に私たちに説明をしてくれる星原さん。およそ一世紀前の世界観、ということになるのか。私たちの世代が見るにはどれもが物珍しい。
「そうなんだ。俺達にとっちゃある意味新鮮だな。でも、なんでそんな事を?」
私の中に浮かび上がった疑問はアラタくんと同じようだった。わざわざ一世紀前の様式を真似るにはなにか理由があるはず。

 ――1960年代は高度経済成長期であり、それはつまり日本は目覚ましい発展を遂げたということ。今のように便利なものはあまりないし、そもそも物資が乏しい。それでも、だからこそ、より良い生活を、より良い明日を、という向上心や闘争心で溢れかえっていたのだ。私たちLBXプレイヤーのやる気を掻き立てるためにはその環境が適しているという考えのもとでのこの光景であったのだ

とのこと。
……要するに、形から入ってみようということなのだろう。星原さんの解説を聞きながら頭の中でそういう結論に至った。
「そこまで徹底しているなんて、すごいな……。さすが神威大門統合学。"神の門"と言われる最高のLBXプレイヤーたちが集まる学校!」
「入学条件は、LBX公式大会での三回以上の優勝が必要になる」
「そうそう。俺もその条件を満たして最高のプレイヤーの仲間入り……」
「どうかな?瀬名アラタ……。君は一ヶ月前にやっと三度目の優勝を果たした。勝ち方は相手のミスによるラッキーな勝利……」
「えっ?なんで知ってるの?」
「公式大会で一度でも入賞したプレイヤーは僕のデータベースに入っている。……コトリ、当然君のこともね」
痛いところを突かれたようでギクッと表情を固くするアラタくんを気にもせずにこちらに向けられた星原さんの鋭い視線に目を逸らしたくなってしまった。
「はいはい、そうですか……。だったらおたくはどうなんですか?」
「僕は優勝七回、去年から条件を満たしていた。アルテミスに出場するために入学を遅らせたんだ」
「へぇ、アルテミスね……。ああーっ、思い出した!星原ヒカル!前回のアルテミス優勝プレイヤー!どっかで聞いたことある名前だって思ってたんだよなぁ」
そう、星原さんといえば前回のアルテミスのチャンピオン。さっき名前を聞いた時にはっとした。すごいなぁ、世界のチャンピオンまでこんなところに来て一緒に勉強するんだもんね。
「ちなみに君は予選落ち。コトリ……君は参加すらしていないようだな」
「う……あー、もう!コトリ、早く神の門へ向かおうぜ!」
更に痛いところを突かれたのかアラタくんは急ぎ足でずんずんと歩いて行く。腕を掴まれた私も小走りで遅れないようについて行った。

 「照合した。転入生の瀬名アラタに、星原ヒカル……そして、花芽里コトリだな」
三人で声を揃えてはい、と答える。
「では、LBX……それからCCMや携帯端末などは全てここで預からせてもらう。さあ出して」
「ええっ?でも、学校で使うんじゃ?」
わけがわからない。私も思わずえっ、と声を上げてしまった。ここはLBXの専門学校。LBXがなければ実践はできないんじゃ……?
「必要なものは支給される」
「わかりました」
"支給"って……。やけに無機質で硬い表現。
まるで兵士みたいな扱いを受けている気分だった。相棒のこの子と一緒に頑張ろう、って思ってたのに、お別れだなんて、そんなぁ。それに、CCMまで回収?
異常を感じ取って困惑する私とは対照的に何の躊躇いもなくすっと二つを差し出す星原さん。アラタくんもごそごそとリュックの中から取り出し始めている。鞄の中にいる私の相棒と、あの子とお揃いのストラップのぶら下がるCCMをぎゅっと握りしめた。

「コトリ、君もだ」
トレイの上にLBXとCCMを乗せて互いの相棒についてああだこうだと言っている二人のようにはなれずにいると門番の人にトレイを指差して促される。渋々鞄の中から取り出してそれに乗せた。
「……よろしくお願いします。」
どうかこの子を、そばにいられない私の代わりに。

 「あら、ユーたちが今日から入るという転入生ね?」
背後から聞こえてきた男性の声。振り返ってみると、そこには体格の良い長身の男性が立っていた。門番さんたちはその姿を見るや否や顔色を変えて傍に駆け寄った。
「ジョセフィーヌ学園長!わざわざお出でにならなくとも自分たちが執り行います故、ご安心を」
「うふふ、そう言わずに。ミーの楽しみなんだから。アタたんにヒー君、それにコトリちゃん。よ・う・こ・そ!神威大門統合学園へ。ミーが学園長のジョセフィーヌよ」
一人一人に目を合わせて名前を呼んでくれる。なんだか変わった喋り方をする人だなぁ、と思ったけれど、学園長という肩書きを聞くときちんとしなきゃと体が少し強ばった。
星原さんはあだ名をつけられたことに顔を歪めている。アラタくんが星原さんのことを呼び捨てで呼んだことも気に食わなかったらしく、より一層雰囲気が刺々しくなってしまった。アラタくんはさっきのあだ名は大して気にならないみたいだった。
そんな様子を見てにこりと楽しそうな笑顔を見せる学園長先生。
「元気ね!気に入ったわぁ。でも、これからアラたんとヒー君は仲間なんだから仲良くしなきゃダメよ!」
「仲間?」
「そう!二人は二年五組に入ってもらうわ」
そうか、クラス分けがあったんだった。すっかり忘れていた。二人は、ということは私は違うクラスなのかな。
先程呼び捨てを咎められたことをまるで気にしていないのか再び星原さんに話しかけたアラタくんだったけど、星原さんはそっぽを向いてしまった。
「あれ?コトリも一緒じゃないの?」
「コトリちゃんは三組よ。では、それぞれのクラスに向かうように。丁度、今はホームルームの時間だから急いでね」
「コトリは別のクラスか〜。せっかく仲良くなれたのに……」
眉を下げてそう言ってくれるアラタくん。私もせっかくこうして話しかけてくれたのに離れるのは残念だった。
三人で途中まで一緒に行って、先に二年三組の教室が見えてきたので二人に軽く手を振って扉の前で深呼吸した。
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