01

 ゆっくりと上下運動を繰り返すこの船にようやく慣れてきた頃だった。到着時間までもう一時間を切っており、そのことを伝えるアナウンスが先程流れたばかりだった。
雲と雲の間から自己を主張する太陽は、大きく広い海を輝かせていて、微妙に暖かい。その輝きと暖かさは、私の心を照らしてくれることはなく、むしろ鬱陶しいと言ってもよかったのかもしれない。

 ―――神威大門総合学園。
これから私が学び舎とする学校。中高一貫校で、LBXの専門的な勉強ができる名門校だと資料でアピールをしていた。国籍性別関係無し、途中編入大歓迎、入学資格は"LBXの公式大会で三回優勝する"という条件のみ。つまり、公式大会が受験のようなもので、おまけに私立にしては学費が家計に優しい。LBXを愛する少年少女達にとっては憧れてやまないものであった。

 漸く入学条件を果たし、地元の学校を離れて遥々この離島へと旅立つ私との別れを惜しみ、そして背中を押してくれた友人のことを思い出す。
「コトリちゃんなら大丈夫、勉強頑張ってね!新しいお友達もきっとできるよ!」
いつも口下手な私の傍にいてくれた、大好きな子。その子がプレゼントしてくれた髪飾りの細いリボンをクルクルと指に絡めてみたけれど、余計に寂しくなってしまった。


 「うわっ、ちょ、ちょっとどいてぇ!!」

 ヒュン、と目の前を何かが横切った。船が大きく揺れた。風がぶわっと吹いた。するり、と絹の擦れる音がした。
視界がごちゃごちゃになる中で、黒い糸が空に舞うのを捉えた。まって、それは、行かないでっ!
伸ばした私の手も、突如投げかけられたその警告も虚しく、身体は床へと倒れ込んでしまった。

 ごめんごめん、と手を差し伸べてくれた男の子。後ろからは太陽の光が差し込んで、やっぱり少し眩しい。一瞬不安に潰されかけていた心が、なんだか少しだけ、その光に溶かされた気がした。
「いやぁ、こいつのメンテナンスをしてたら急に動かしたくなってさ。もう待ちきれなくって!」
彼の手を借りてゆっくりと立ち上がると、屈託のない笑顔でそう言われた。きっと彼も転入生なのだろう。
こいつ、と言うのは宙を飛ぶアキレス・ディードのことだった。その手の平には諦めかけていた黒いリボンが横たわっていた。
「これ、君のだろ?ごめんな、飛ばしちまって」
アキレス・ディードはゆっくりと目の前に舞い降りて手を差し出してくれた。ありがとう、と彼らに言い、リボンを受け取るとまた髪に結んであげた。後で鏡を見なくちゃかな。
「あ、自己紹介がまだだったな。俺は瀬名アラタ。今日から神居大門統合学園に入るんだ!もしかして、君も?名前はなんて言うの?」
花芽里、コトリ、です。
消え入るような声だった。それでも彼には届いたようで、私の名前を呼んでくれた。そのことに、また少しだけ溶かされたような気がした。
「俺の事はアラタって呼んでくれ。これからは同じ学園で生活する仲間だな、よろしく!」
ぱっ、と差し出された彼の手。今度は握手を求めるものだった。よろしく、とありがとう、の意味を込めて握り返した。
アラタ君の握手は力強くて、でも、優しかった。これから関わりがあるかもしれないであろう人と知り合いになれたことにほっと胸をなでおろす。
「そう言えば、もう一人一緒に転入する生徒がいるって聞いたんだけど……見当たらないんだよなぁ。……まぁいいか。それよりも!お前のLBXってどんなの?見せてくれよ!」
キラキラした目で迫って来るアラタくん。ち、近い、です。
目の前にいるLBXの方に興味があるのか、もう一人の転校生とやらへの関心は何処かへと行ってしまったようだ。
私のLBXを見せるとすっげー、だとかうおおおお、とか言ってとても嬉しそうに見てくれている。自分とともに頑張ってきたこの子が褒められるのは嬉しい。自然と口角が上がってしまうのは仕方が無いだろう。
「あの、あなたのアキレス・ディードも、かっこいい……と、思うよ」
控えめにそう言えば、さっきよりもずっと眩しい、とびっきりの笑顔で応えてくれた。

 「なぁ、バトルしようぜ!」

 アラタくんが、すごくうずうずしているみたいだった。唐突な申し込みだったけれど、その言葉に私の胸も高鳴る。
だって、私もアラタくんもLBXプレイヤー。バトルのお誘いを受けたのなら喜んで受けなければ。
「……っ、もちろんです!お願いします!」

 Dエッグを起動させて広がるジオラマは、遮るものが何一つない闘技場。戦闘開始の音声とともにお互いの相棒が勢いよく走り出した。

 「「必殺ファンクション!」」
二人が同時に叫ぶとお互いの機体から大きなエネルギーが放出される。闘技場の地面からは土煙が舞い上がった。ポーン、とあの独特の電子音が鳴る。私たちのバトルに終わりを告げる音だった。
「すっげー!コトリ、やるじゃん!」
アラタくんのCCMには"BREAK OVER"の文字が表記されていた。負けたというのに先程と変わらない笑顔でいるアラタくん。単純に、すごいなぁと思う。きっと、本当にLBXが大好きなプレイヤーなのだろう。
「やっぱりLBXバトルって最高に面白いよな!俺、LBXのプロプレイヤーになるのが夢なんだ!そのために」
――――まもなく、本船は神威島へ到着します。お忘れ物の無いようにご注意ください。
会話を遮るように流れる二度目のアナウンス。早いなぁ、もう一時間も経っちゃったんだ。
「お、着くみたいだな。降りたら落ち合おうぜ。じゃーな!」
蒼惶として自分の愛機を回収し、屋内へと走っていった。私も下船の準備をしなければいけない。

 ふわっ、と優しい潮風が横から吹いてきた。
辺り一面を囲む蒼く清澄な輝きは、こんなにも美しかっただろうか。
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -