05.滝の洞窟にて

 滝の洞窟、なんて呼ばれてるだけあって、洞窟内では滝が流れている光景が幾度と見れた。水辺は不思議と光を放っているようでつい見とれてしまう。カメラでもあったらいいのに、なんてことを虚は考えていた。
エイトが松明に火をつけて先頭を進む。心做しか平野よりも敵数は多く、強い気がしてならなかった虚の感覚は間違いではなかった。

 「うおっアッツ!」
炎の塊のようなものが火の玉をヤンガスに投げてくる。三人とも斬っても叩いても手応えのない感触に戸惑っていると、虚の様子に異変が現れた。
「あれ、なんだか、気持ち悪いかも……」
「虚?大丈夫?」
胃のあたりが不快感で満たされ、全身に痺れるような痛みが走ることをエイトに伝えた。彼女のエイトを見る目の焦点も合っていない。エイトは虚を岩陰に移動させた。
「多分、バブルスライムの毒にやられたんだ……しまった、毒消し草持ってないんだった!」
解毒の魔法を覚えてはいるものの、まだ魔力の少ないエイトでは確実に解毒ができるかは分からない。
「なにかお困りですかね?」
解毒魔法を使うかどうか決めかねていたところ、色黒の男がエイトに話しかけてきた。
「仲間が毒にやられてしまって……」
「それは大変ですね。よければ私の毒消し草をお譲りしましょう。旅の商人ですのでお代を頂かねばなりませんが」
「本当ですか!ありがとうございます」
代金を渡せば商人は鞄からひとつ毒消し草を取り出し、エイトに渡した。
虚はほら、と差し出されたそれに顔を引き攣らせながらも口に入れて飲み込んだ。毒に耐えている時よりも何倍も辛そうに顔をしわくちゃに歪めて毒消し草を飲み込んでいる虚がなんだかおかしくてエイトは口元が緩みそうだったが、それを表に出すことはしなかった。
「なんとか片付けたでがす……。娘っ子は大丈夫でげすかい?」
「ごめんヤンガス、任せっきりになっちゃって。今毒消し草を飲んだから良くなると思う。虚、どう?」
「たぶん、大丈夫……。ごめんなさい、戦いの途中だったのに」
「謝らなくていいよ。バブルスライムは毒を持ってるから、次戦う時は気をつけよう。商人の方も本当にありがとうございました。助かりました」
「いえいえ、良いんですよ。あぁ、それからもう少し奥の方におおきづちが構えていましたよ。私は恐ろしくてそれ以上先には進めませんでしたが、気をつけてくださいね」
「おおきづち……。わかりました、ご親切にありがとうございます。そちらもお気をつけて」
虚もエイトに合わせ、商人にぺこりと礼をしてゆっくりと立ち上がった。
まだ洞窟に入ってからあまり時間も経っていない。足を引っ張る訳には行かない、と再び気を引き締めて刀を鞘に納めた。
◇◆◇

 「あれは……」
先程の商人が言った通りに、おおきづちがまるで門番の如く通路の真ん中に立ち塞がっている。エイトの膝にも届かない背丈でありながらも、堂々と門の前に構えているその姿は三人の気を引き締めさせた。
「二人とも準備はいい?」
ヤンガスと虚は武器に手をかける。
「ほ、ほほう、このオレさまに話しかけるとはお前ちょっとは度胸があるようだな」
「え!?」
「喋ったでげすか!?」
話しかけた訳では無いが、今はそんなことはどうでもいい。今この目の前の門番は、魔物は、人の言葉を喋ったのだ。間違いなく。驚く三人の反応を気にもせずおおきづちは話を続ける。
「先ほど旅の商人と思われるヤツがやってきたがオレの姿を見るなり話しかけもせず引き返していったぞ。さてと……。もうわかっていると思うがこの先に進みたくなこのオレさまを倒すことだ。どうだ?そこまでの度胸はあるかな?」
「お前を倒さなければ進めないのなら戦うよ」
「そ、そうか……。お、お前は確かに度胸があるようだな。ということは腕にも自信があるのだな……」
おおきづちの言葉が途切れる。三人はこれから始まるであろう目の前の敵との戦いに再び身を構え直した。
「よ、よし!その度胸に免じて今回は通してやることにしよう。気を付けてゆくのだぞ」
一気に三人の気が抜ける。言葉通り、おおきづちは潔く壁側へと移動し、旅の一行を見送るようだ。最後尾の虚がこっそり、控えめにおおきづちに手を振ると、うむ、と頷き返してくれた。
◇◆◇

 最奥に来たのだろうか、目先では洪大な滝が流れている。前面は開けていて岩壁に水面が反射して幻想的な風景を作り出していた。
一直線の道の先に何かが光っているのが見えた。
「あれでげすかね」
「多分そうじゃないかな。見つかって良かったよ」
一先ずは目当ての物が確認出来たことで眉を開いた。そしてその中に浮かぶ水晶を手に取ろうとした、その時。
 「ふぁっふぁっふぁっふぁ!驚いたじゃろう!?」
滝壺から派手に登場した、半魚人と形容するのが適当な魔物。完全に気の緩みきっていた虚は大きく後ろへ仰け反った。
その魔物は滝の主であるらしく、その肩書きを添えてザバンであると名乗り、どうのこうのと彼は語り始めた。エイトたちにはさっぱりだ。
「さて前置きはこれくらいにしておこう。いいか、正直に答えるのだぞ。お前がこの水晶の持ち主か?」
「いえ、違いますけど……」
「なんとまた違ったかっ!?ならば行くがいい。この水晶の持ち主をわしはまた待つことにしよう」
悔しそうに唸ってからザバンは再び滝つぼへと戻っていった。
「何だったんでがす?今の魔物」
「持ち主を待ってるって言ってたけど……本人じゃないと取り合ってくれない、のかな」
「でも僕たちが持って帰らないと。とりあえずもう一度水晶に触れてみよう」
エイトは再び浮かび上がる水晶に手を伸ばした。
「なんじゃ。またお前たちか!」
「悪いけどその水晶、持ち帰らせて欲しい」
「お前はこの水晶の主ではなかろう。……まぁ良い。本当は持ち主に文句の一つや二つ言ってやりたい……いや小一時間ほど説教をしてやりたいと思っていたのだがのぉ。お前たち引かんじゃろ。ならばわしに勝ったらその水晶を持って行くがいい」
エイトが背中の剣を抜き、虚もそれに合わせて抜刀する。
ザバンもこちらが身構えるや否や容赦なく襲いかかってきた。
「ぐっ……身体が、動かねぇ……!!」
黒い霧に包まれた三人。ヤンガスは何者かに重くのしかかられているような感覚に陥り、ぐったりとしている。
「あ、あれ……」
虚もザバンの攻撃に身構えたが、痛みもなければ変化もない。
「何っ、お前たち呪いが効かんじゃと!?」
「よく分からないけど……僕たちでカバーするよ!」
「は、はい!」

 滝の主を名乗るだけあって今まで相手にしてきた魔物たちより遥かに強かった。尾鰭で殴られた一発は、虚にとっては祖父の拳骨とは比にならない程に、今までで一番痛みを感じるものだった。
呼吸をする度に、体を動かす度に痛みは容赦なく虚を苦しめる。それでも刀を構え続ける。エイトもヤンガスも、皆痛みは同じなのだ。
「あっやばっ」
足元が滑り、手元が狂った虚の一撃はザバンの前額部にお見舞された。
「ウギャァァァアアアッ!?」
「き、効いてるでがす!」
怪我の功名とでも言うのだろうか。手元が狂ったことで逆に相手の弱点が見えてきた。
「……わかった、額の傷だ!額の傷口が弱点だ!ナイスだ虚!」
うん、とだけ返す虚。全身は痛むはずなのに、何故だか先程よりも力が出た。

 「痛たた……。頭の古傷が痛むわい!止めじゃ、止めい!私の偉大なる攻撃を一つも受け付けぬその体質!お前は水晶使いの占い師ではなかろう。そういえば水の流れにのってこんなウワサを耳にしたぞ。トロデーンという城が呪いによって一瞬のうちにイバラに包まれた。ただひとりの生き残りを残してな。そのひとりは 何故か御者を載せた馬車を連れて旅に出たという」
エイトはなにも答えなかった。虚からエイトの表情は伺えない。
「そうか、やはりお主が……そのお主が何故この水晶を求めるかわからぬが……約束通り水晶はお主にくれてやろう。このわしに勝ったのだからな。それから、最後に一つ。もしお前が水晶の本当の持ち主に会うことがあったら伝えてくれい!『むやみやたらと滝つぼ煮物を投げ捨てるでない』とな」
古傷を擦りながらザバンは今度こそ滝つぼの中へと帰っていった。
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