始まりのある日
その日は至って普通な日だった、なんて、何処にでもあるような表現だけれども本当にそうだったのだから別の言い方が全く見つからない。


四国征伐…とはいうものの、秀吉公とは最終的に対談をして、戦力で奪い取るだけが統一ではないとかそれらしく並べていたら秀吉公が兵を引き上げて「わしにその政を教えてくれ!!」と来た時は訳が分からなかった。今も理解していない。
でも、喪失がほとんどなかったなら良かったのだろうか。九州どうするんだこの人と考えていたが、島津とは戦っていた。鬼島津怖い。

その後、秀吉公が日本をどうにか統一し、どういう訳なのか自分をしょっちゅう大坂に呼んでは教えてくれと言ってくる。教えられることなど少ないというのに、後、輝元から譲り受けたという刀をとても嬉しそうに見せてきた(これは自分以外にもしているようだ、おねね様が苦笑していた)
大坂城に行くことが増えたせいか、子飼い達と会話をすることが増えたり、立花夫婦に何故か世話を焼かれたり、輝元が五大老になったと突撃してきて一緒にお酒を飲み、どういう訳か泣かれたり……。
様々なことが起きたりして、理解するのと慣れていくことに沢山の時間を有したりしたけれど、楽しくて、反面、彼を演じていかないといけない想いが強くなって、苦しくて、新しい交友関係が広がっていって。


雲一つない、秀吉公が日本を統一した祝いの宴が始まる日の晴れ渡った空の下。
思えばあれは嵐の前の静けさだったのだろう。

周りの騒がしさに紛れ、三味を一人奏でていた時に声が聞こえた。聞いたことのない、童のように高い声を。
勿論、周囲を見回しても幼子の姿などなく、空耳かと首を傾げたがそれにしてはやけにはっきりと聞こえた。
遠くからギン千代の声がした、いい加減此方に来いと言っているようだった。弦を弾く手を止めて、腰を上げギン千代達の居る方へ向かおうとした直後。

ーー突如、暗闇に覆われた空、暖かな光を放っていた太陽は怪しく輝く月へと変わり、地震だろうか、地面が横へと揺れ始めた。

何事かと慌てる者、悲鳴をあげる者、一体何が起こったのか飲み込めず動けない者。自分は動けずにいた。

『ーーーさー。ーーーわさー。こーーにーーー』

途切れ途切れの声がする、耳元で囁かれているのかと勘違いしてしまいそうになるほど近くで。

『さにーーま、さにー様、審神者、様』

「……審神者?」

『おいでくださいませ、審神者様。どうか、我等の下へ……』

この声は一体何だ、審神者?神の命を承る者の呼称じゃないか、自分はそんなものじゃない。

しっかりと立っているはずなのに、足元がふらつく。足場はちゃんとあるはずなのに、ないように思えて。

『さぁ、我等の世界へ』

視界が塞がれた、誰かに目隠しをされているようだ。童の声が近いようで遠くて。

『参りましょう、審神者様』

身体が嫌な浮遊感に包まれる、一体何なんだ、本当に。




「づっ…!!」

浮遊感が突然消え、その場に尻餅をついた。痛みに腰をさすりながら目を開けると先程までとは全く異なる場所に自分は居た。
外に自分は居たはず、なのに今は畳が敷かれた広間に自分はいる。ずっと握り締めていた三味線を抱え、周囲を見回す。広間の中央に刀…打刀だろうか、それが五振り置いてあり、…………狐?みたいなのが一匹そこに居た。

「ようこそおいでくださいました、審神者様!」

「! その声…」

「はい、わたくしが審神者様をお呼びいたしました。こんのすけと申します」

「こんのすけ……」

「はい!それでは審神者様、此方の刀の中からお一つお選び下さいませ」

「あ、はい」

狐が喋っているなんて、夢かと思ったけどさっき痛かったからどう考えても夢じゃない。狐が小さな手で刀の前をたしたしと叩く、かわい…くはないな、ちょっと怖い。
……というか、自分、刀は専門外なんだけど、普段扱っているの三味線だからどんな刀が良いとか全く分からないんだが。輝元の方が詳しいんだけど。
そのようなことを目の前の狐が知っているわけがない。

恐る恐る刀に近づいて、一番に目に入った刀を手に取る。うん、さっぱり意味が分からん。狐を見る、狐は何も言わない。

「……で、自分は何をすれば」

「僕は歌仙兼定。風流を愛する文系名刀さ。どうぞよろしく、主」

「……はい?」

突然耳に入った男の声に驚き、手にある刀を握り締める。三味線は遠い、変な輩ならばこの刀で斬ることは出来なくても殴りつけることは出来るぞ。

声の主を探して辺りを見回そうと視界を狐から外すと、屋内の筈なのに桜の花弁がひらひらと舞っていることに気づいた。振り向いて後ろを見ると、そこに男が立っていた。
薄紫色の癖のある髪の男、それがにこりと微笑んで立っていた。

「何処かで見たことがある顔だと思えば、奥方と仲が良かった御仁じゃないか。君ならば雅な本丸になるだろうね」

「歌仙、兼定……もしかして、奥方とはガラシャのこと……?」

ガラシャは細川に嫁いだ後もたまにうちに来て話をしてくれた、たまに細川殿が刀を片手に持って来て隼人たちに撃退されていたっけ。
その細川殿が兼定を持っていた、というか兼定でまた斬らねばとかほざいていたというのは隼人から聞いた。もしかしなくても、この人は、

「刀が擬人化した、何か?」

「せめて付喪神と言ってほしいな、主」

「主」

「そう、君が触れたから僕は人の身を得れた」

「三味線を擬人化したかったな……」

だって、自分の得物は三味線だもの。


こう言った後の歌仙兼定の表情は中々楽しかった。


16.01.29
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