ジュノンから帰還したザックスは、ヘリの操縦者に無理を言って、伍番街スラムに程近い場所に降り立つ。 顔なじみの少女が待つ教会へと駆け抜けていく最中、彼の頭に浮かぶのは――ジュノンでの英雄との再会だ。 時はしばし遡る。 ジェネシス・コピーによるジュノン襲撃及び妨害行為によって、あと一歩のところでホランダーを逃してしまったのだ。
『任務失敗。査定大幅マイナスだな』
聞き覚えのある声が響く。 ザックスが弾かれるように振り返れば、久しく顔を合わせていなかった男が佇んでいた。
『セフィロス!100年ぶりか?』
ザックスは皮肉めいた声音で吐き捨てる。 思えばセフィロスはプロジェクトに関する調査に掛かり切りで、任務はほぼすべてザックスとルカが引き受けていた。 資料室での調査も必要な業務だったのかもしれない。 だが、モデオヘイムでの凄惨な出来事を思えば、少なからず反発心が沸き上がる。
『あとはタークスに任せておけ。モデオヘイムに行く途中だったがお前がここにいると聞いてな』 『うれしいなあ』
唸る「子犬」の態度を受け止め、セフィロスは耳にしていた情報を伝えた。 世界各地で頻発しているという「ジェネシス・コピーの目撃証言」。 一掃したはずだが、ここジュノンでも姿を見せていることから、ジェネシスの生存説が浮かび上がっていること。事実、ザックスとルカは彼の死を完全に見届けたわけではなかった。 そして、ミッドガルやスラムでもコピーが確認されていること。 ザックスの脳裏には、魔晄炉から落ちてきた自分達を助けてくれた、少女の面が浮かぶ。 ――また同時に、青い髪の女性のこともだ。
『ルカ…、元気なのか』
まさしく満身創痍。白い肌は血で濡れ、重度の火傷や裂傷で覆われ――光を失った魔晄の瞳で、友を見送ったルカ。 モデオヘイム近辺でホランダーの身柄も拘束した後のことは、ザックス自身もあまり記憶がない。 互いにモデオヘイムからミッドガルに戻るまで、ほとんど口を開かなかった。 話せることなど何もない。 否、きっと当時の自分達が言葉を発しようとしたところで、口から出るのは絶叫しかないと理解していたから。 八つ当たりも慰めも自責の念も、何一つ湧き起こすことが出来ぬほど彼らは疲弊していた。 現実は、つらすぎるものだった。
『一時期よりはな。もう出社しているはずだ』 『そっか…』
その後、タークス経由でセフィロスとルカは長期休暇のため、遠方に出かけていることを知る。ザックスもまた、タークスの監視のもと無理矢理休暇を取らされていたのだ。 「なあ、セフィロス」と口火を切ったのはザックスからだ。 2人きりで話せる機会は今後無いかもしれない。 何処かへふらりと消えていきそうな彼を、引き留めておきたい気持ちもある。 そしてルカと再会するにあたり、得も言われぬ不安を抱いていた。
『あんたは、ルカがプロジェクト・Gと関わりがあるって知ってたのか』 『ああ、伍番魔晄炉でジェネシスと再会した時にな』 『……血縁関係のことは、』 『お前達がモデオヘイムへ出かける少し前に知った』
素っ気ない口振りとは裏腹に、夕焼けを浴びる彼の横顔は憂いを帯びている。 言葉を飲んだザックスに呼応するよう、セフィロスは整った唇を開いた。
『本音を言えば、ルカがプロジェクト・Gによって生まれた子どもだと知ったとき、一刻も早くソルジャーを辞めさせたかった』 『っ、』 『だが、あいつはそれでは納得しない』
ルカの本来の目的は母親を探すこと。その手掛かりを得ずに神羅から追いやれば不満を持つだろう。 そもそも幼馴染達が行方不明となり、事件に関与している時点でルカがおとなしくしているはずがなかった。 戦闘そのものでは冷静だが、彼らのこととなると感情が先走り、危険を顧みずに行動する癖がある。 深い愛情や友情故なのだろうが、セフィロスとしてはルカに単独で動かれる方が厄介だった。 ならばソルジャー、ひいては神羅に属する人間として状況を把握し、行動を制御した方が安全と見なしたらしい。
『それ、ルカにそのまま伝えたらへそ曲げるぞ?』 『だろうな、言うつもりはない』
英雄の声色には笑みが滲んでいた。 潮風に揺れる銀糸をかき上げ、セフィロスはザックスの方へ振り返る。
『俺が許可する。帰れ』
それは命令というよりもザックスを慮るような言葉だった。戸惑いつつも了承した彼は、一度その場を去ろうとする。 だがどうにも引っかかることがあり、「モデオヘイムがどうかしたのか?」とセフィロスへ問いかけた。 モデオヘイムに設置されていた機器、要はホランダーがコピーを増産するために利用していた装置が「何者か」によって強奪されたらしい。
『ジェネシス?』 『だろうな』
ザックスは揺れる不安の中で、何か言葉を紡ごうとする。 けれどうまく形にならず、ぎこちなく浮いた手や躊躇いがちな眼差しを向けるしかない。 不器用な優しさに、英雄は優しく微笑む。
『またすぐに会えるさ。ルカにもな』
勿忘草の瞳が、丸く見開かれる。 ――この男は、どこまで俺の恋心を見抜いているんだろう。 セフィロスに敵うと思っていないが、敗北したつもりもない。 ソルジャーとして、一個人として、ルカに愛情を抱く人間としてもだ。 諦めるつもりは更々ないが、恋慕を見透かされた焦りと恥ずかしさに、ザックスの顔全体が熱を持つ。
『絶対だぞ!』
セフィロスに向けて指差し、思った以上に大きな声が飛び出した。 これ以上自分を凝視するなと、無意識のうちに牽制してしまったらしい。 そして「ご立腹です」と言わんばかりに拳を握り、大股で去っていく姿は喜劇役者のようだ。
『まだまだ子犬だな』
セフィロスは苦笑混じりに独り言ちる。 ザックスは純粋無垢に、清々しいほど真っすぐに人を愛する。それ故に人々からも愛される彼に対して、僅かながら尊敬の念を抱いているのだ。 英雄は思う。 時折、ルカに対して激しい独占欲や束縛へと変化しかねない、黒く澱んだ欲望が渦巻くことを。 彼女の存在を世界から覆い隠したくなる。 彼女との結びつきが強くなればなるほど、想いは増していく。
(今更、手離してなどやれない)
ルカを置いていくことなどないよう、生涯守り抜くと誓ったのだから。
There is always light behind the clouds.20
教会の扉を開けた先に待ち構えていたのは、ザックスが思い浮かべた2人の女性。 彼女達の傍らには、アンジール・コピーの一種と思しきモンスターが佇んでいた。 ザックスはバスターソードに手を掛けてにじり寄るが、エアリスが首を振って彼の行動を諫める。彼女に賛同するよう、ルカもまた白翼の獣を軽く撫でた。 何故だろう。 ルカの口元は微笑を湛えているのに、その表情は光の薄衣を纏っているかのように霞んでいる。 意識が何処か宙を漂い、不安に揺れ、朧ろに潤む瞳。 愛おしんでいるのか。懐かしんでいるのか。あるいは苦しんでいるのか。
(ルカ、泣き出しそう)
抱擁したい衝動に駆られた。 掻き乱す甘い痛みを一蹴するように、再び教会には来訪者が現れる。 無骨な銃口を乗せた自走式の機械――ルカがスラムの住民達から聞いた対G系ソルジャー兵器だろう。 機械は命令に従順であるようだ。銃口は「モンスター」である、ルカとアンジール・モンスターに向けられる。
「危ない!」
エアリスも被弾しかねないと判断したルカは、すぐさま防壁の魔法を唱えた。 ザックスもまた、事情を呑み込めていないながらも対処しようと試みる。しかしそれよりも速く、彼の視界の端で白い羽が横切った。 アンジール・モンスターは跳躍し、機械目掛けて重い一撃を食らわせる。機械は悲鳴の代わりに青い電磁波を弾けさせ、爆発と共に動きを停止した。
「こりゃどうも!」
獣は軽やかに床に着地し、得意げに白翼を広げる。
「守って、くれたのかな?」 「そう、みたいね」
だがそれもほんの僅かの時間しか持たない。獣は不意に体勢をよろめかせて、床に倒れこんだ。 3人が息を飲んで駆け寄る。獣の全身には罅割れたような傷跡や、色素が抜けて細胞が死に絶えている部位が見受けられる。 劣化現象。 モデオヘイムで対峙した――かつてソルジャークラス1STであった男達にも、同じ症状が表れていたはずだ。 効果があるか不明だが、ルカは獣に向けて治癒の光を翳してみる。
「アンジールも、どこかにいるのか?」 「…可能性はあるわ」
ルカとザックスは声を潜め、顔を見合わせた。 獣は僅かにルカへと視線を送り、治癒の光を遮って宙へと舞い上がる。「そう慌てふためくな」と、呆れた声が聞こえたような気がした。
「あの子、なんだか、悲しい」
獣は光が差し込む教会の梁に止まり、ひたと彼らを見下ろす。
「お前、何しに来たんだよ」
苛立ちとも喜びとも形容しがたい感情に、ザックスの胸は翻弄される。 だがアンジール・モンスターは何の反応も返さない。 遠目で見る佇まいは高貴な猫、双眸は金剛石の輝きを放つ。彼から受ける眼差しから焦熱が揺らめいた。言葉は無くとも、彼には人間を守ろうとする意志があるのだと確信する。
「――ね、花売りワゴン作ろうよ」 「うん、でもさあ…」 「だいじょうぶ」
エアリスは事も無げに言い切り、満面の笑みを浮かべた。 一瞬で重苦しい空気を霧散させたエアリスに習い、ルカは苦笑しつつ彼女の後ろをついていく。 ザックスは小さく息を吐いて、アンジール・モンスターに向けて指を指した。
「わかってんだろうな!そこでじっとしてろよ!」
――あとは俺がなんとかする。 清廉な空気に溶けたザックスの言葉は、誇りの剣の持ち主に届いたことだろう。
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