ルーファウスの部屋を後にした直後、ルカの携帯が着信を告げる。相手は任務中であったはずの恋人からだった。
「もしもし」 『俺だ。ジェネシス・コピーの件、聞いているか』 「…ええ、先程聞いたところ」 『そうか…。各地で目撃が相次いでいる。ジュノンでザックスと合流したんだが、これからミッドガルに帰還させる』 「助かるわ。セフィロスは?」 『俺も後で戻る』
詳細を聞くと、モデオヘイムにあったコピー増産用の装置が強奪されたらしい。セフィロスはその調査の途中でジュノンに寄り、ザックスに命令したようだ。 ルカ達はその他に2、3件業務連絡を交わしたのち、一度通話を切った。
「…行かなきゃ」
ルカは青い髪を揺らし、スラムを駆けていく。 その速さとは裏腹に彼女の思考はひどく鈍く、ルーファウスとの会話が耳にこびり付いたままだった。 察するに――ラザードはプロジェクト・G、ルカや母・ソラリス失踪の事情を知ったうえで、契約ソルジャーの話を持ち掛けたのだ。 ラザードにとって、ルカがソラリスの調査を進めることなど興味がなかった。 要は手駒として利用できればそれでいい。 いずれルカが、自分が実験によって生まれた子どもであることを理解するのは、時間の問題だったからだ。 最終的に同郷の幼馴染達を取るか、あるいは恋人と神羅を取るか…どちらにしろ板挟みになり、苦悩するのは必須。 プロジェクト・Gに関わる人間を殺せはしないと、高を括っていたのだろう。
『…、…なるほど。読めてきた』
ああ、そうか。 ジェネシスもあの時――ウータイに向かう前、ルカとなんでも屋の事務所内で話をした際に、ラザードの思惑に気が付いたのか。 ようやく母のことを調べることができる。降ってわいた幸運だと喜んでいた自分が、心底馬鹿らしい。
『君の"活躍"を期待している。ソルジャークラス1ST、ルカ・アストルム』
何と皮肉な言葉だろう。 自らが生み出したモンスターに、「同じ種類のモンスター」と戦うよう命令し、組織や人々を守らせるなんて。 ルカが歯噛みすると、不意に前方から悲鳴が上がる。 突如現れたジェネシス・コピー1体が武器を振るい、スラムの住人達に襲い掛かっていた。 彼は全身に銃弾を受けたような傷跡があり、大量の血を滴らせていた。弱々しい動きながらもなお武器を手放そうとせず、殺意と怨念を振りまいている。 生への執着。 あるいは、世界への呪いか。 ルカが瞬時に急所へとロングソードを突き刺すと、コピーは痙攣し、やがて物言わぬ骸となった。 ルカは屈んでコピーの様子を観察する。 単純に生き残っていたジェネシス・コピーではなく、最近生み出された者と推測していいだろう。肉体は以前対峙した者達よりも強化されている。 ジェネシス・コピーは人としての特徴を残しながら、何処か歪で不自然で…まさに異形の者へと進化しつつある。
(ジェネシスは生きてる)
世界を道連れに、あらゆるものの破滅を望んでいる。 彼が凶行を止めぬ限り、ルカと再び相まみえ、戦うことだろう。 まるで、情欲のまま求めあう様に。
「――ふふ、」
無意識に零れた声によって、ルカは弾かれたように立ち上がる。 そして安堵と恐怖が入り混じる視線が、自分へと注がれていることに気が付いた。 体を強張らせた周囲の人々に対して、ルカは動揺を隠すよう明るい声を張る。
「皆さん、大丈夫ですか?怪我をしている方はいらっしゃいますか?」
おずおずと手を挙げたのは、華奢な女性だった。傍らにいた男性が逃げる拍子に足を捻ってしまい、身動きが取れなくなったらしい。 その他にも数名声を掛けてきたが、襲撃による直接的な被害はなかった様だ。
「姉ちゃん、ありがとうよ」
ルカが治療にあたっていると、初老の男性が礼を告げてきた。
「いえ、とんでもない。…ちなみに先程の男はどこから来たかご存じでしょうか」 「こいつは突然空から降りてきたんだよ、血塗れの状態でなあ」
話を聞くと、コピーは他の場所でも目撃証言があったらしい。 それとほぼ同時に自走式の機械が数台現れ、敵に向けて狙撃したらしい。周囲の人々が被弾することはなかった為、G系ソルジャーといったコピー達のみを狙える武器と捉えていいようだ。 念の為住民達へ建物内へ避難するよう声を掛け、その場を後にする。 目的地に向かう途中、コピー達と遭遇することもなく、目立った騒ぎもない。だがルカの気持ちばかりが焦り、辿り着いた場所の扉を勢いよく開けてしまう。
「エアリス!」
教会の中心、白と黄色の花畑で手入れをしていた少女は肩を跳ねらせ、突然の来客に向けて振り返る。 狼狽しているエアリスとは対照的に、ルカは微かに息を漏らして力を抜いた。
「ルカ…?」 「良かった、無事で――」
ルカの言葉は途切れ、魔晄の瞳が見開かれる。 エアリスの後方から現れたのは、白翼の対を持つ獣だ。獣は頸部を晒し、コピーの証である痣をルカへと見せつけた。
「どうして、」
ジェネシス同様、アンジールも生きている? なぜ生きていた?あの時確かに自分は、彼の最期を見届けたはずなのに。 何かの意図があって、本当の古代種である彼女を狙ったのか? 理性や躊躇いという揺さぶりよりも速く、ルカの脳に嗤い声が響き渡る。
<理由などいらない>
甘く濾された焦燥感に侵されていく。 四肢を、神経を、理性を溶かしていく感覚にルカの意識が歪んだ。
<戦いとは快楽に他ならない>
<己が欲するがままに>
<お前は彼らを――>
狂気に酷似した高揚感が、瞳の奥で燃え盛る。 ルカの口角は僅かに上がり、腕は自然とロングソードを振りかぶっていた。
「この子、ちがうの!」
エアリスは悲鳴染みた声を上げ、アンジール・モンスターを庇うように立ちはだかる。 獣もまた、攻撃する素振りを見せずにルカを凝視していた。ようやく我に返ったルカは狼狽しながら体勢を崩し、剣を持つ腕を降ろす。 降り注ぐ日差しとは対照的に、凍てつき、澱んだ空気が2人の間に立ち込めた。
「ルカ、とてもつらいこと、あったんだね」
重い静寂を裂いたのはエアリスの柔らかな声だった。 身動ぎできずにいたルカへと歩みより、白磁の頬を慈しむように触れる。
「寂しい目、してる」
穢れのない翡翠の瞳が、ルカの心を穿つ。 体の中心から広がっていく温もりに、ルカは目を伏せる。
「……怖がらせてごめんね」
絞り出した女の声は、憐れなほど苦悶に満ちていた。 ルカは内に響いていた、抗いがたい声の主へと問いかける。
(戦いに理由は必要でしょう?)
彼女の問いかけには何も誰も答えない。 一時的に何かが乗り移っていたような、支配されていた感覚も既に霧散している。 ――…少なくとも自分にとって戦いには意義が必要だった。 ジェネシスは復讐のために戦っていた。 アンジールはジェネシスを止める為に、そして己に終止符を打つ為に文字通り命を懸けて戦った。 「後悔していない」といえば嘘になる。自分の行いが正当化できるとも思っていない。 互いを傷つけあった痛みも、罪悪感も消えることはない。
「エアリスの言う通り、本当につらいことがあったの」
どれほど最低だと罵られようと、あの時の自分にはそれ以上の解決策はなかった。 覚悟をした上での決断だった。
「悲しくつらくて…でも、ようやく終わったと思っていたんだけど…」
それなのに。 再び相対することを想像するだけで、歓喜に吠えるよう全身が激しく脈打つ。 骨が軋もうと、肉が削げようと、相手の喉元を食いちぎるまで、自分達は奪い合うだろう。 凄惨な戦いの果てに、理性を失うのだろう。 震えるルカの手の甲に、温かく硬質な肌が擦り寄ってくる。不思議な感触に視線を落とすと、アンジール・モンスターが頬を摺り寄せていたようだ。
「アンジール…」
ルカは獣の頭をそっと撫でる。獣は心地よさそうに目を細め、小さく甘えた鳴き声を漏らした。
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