「あなたはプロジェクト・Gのこと、御存じなんでしょう」 「もちろん」 「あたしへの事情聴取や処罰は何かあるんですか」
ここまで来たら隠す必要もないだろう、半ば自棄になりながら問いかける。
「処罰か…確かに君は危険な存在だ。だからこそ神羅は君を手放したくない」 「どういうことですか」 「思惑があるのさ。君の能力を研究したいと思う輩も居る、君を"処分"することで生まれる争いに怯える輩も居る」
科学部門曰く、ソルジャーは魔晄を浴びて肉体強化をされただけでなく、己の能力を進化させる特徴を持つようだ。 経験を積むほど、強敵に立ち向かえば立ち向かうほど、力が増していく。 力が増すことは一種の成功体験であり、自己肯定を促し、何物にも代えがたい高揚感を得られるという心理効果を持つ。 かつその功績を讃えられる機会が増えれば、承認欲求すらも満たすだろう。 話を聞くルカは、訝しそうにルーファウスを見つめた。
「自己肯定、承認欲求…。聴こえは良いですが…」 「そう。麻薬にも似た高揚感を得続けるには――永遠に戦わねばならない」
ソルジャーは自ずと戦いを求めるようになる。しかも己よりも強い敵との対峙を望むのだ。 ルカは自身の能力について思考を巡らせる。 モンスター討伐、G系ソルジャーとの闘いを繰り返し、契約ソルジャーとして神羅に来た時よりも明らかに能力は高まっているだろう。 また、かつてソルジャークラス1STであった者達と死闘を繰り広げ、辛くも生き延びた。 並大抵の者では彼女を止められない。 ルカを"処分"出来るのは世界にたった一人だけ。 ――英雄・セフィロス。
「神羅とて、英雄や君と争いたくはない。君達2人が協力すれば神羅を、否ミッドガルを崩壊させることなど容易いだろう」 「それは…、」 「故に処罰は無しだ。科学部門もソルジャー部門も君達の機嫌を損ねたくないようだからな」
ルカは改めて、目の前に座る男を見つめる。 彼の言葉には不可解な意図が混じっていて、どうにも肌に馴染まない。
「何故、そこまで教えていただけるのですか」 「私は君に命を助けられた身でもあるからな」 「…へえ、恩義を感じていらっしゃるとは思いもしませんでした」
ルカがなんでも屋だった時代、タークス経由で依頼――神羅の上層部や著名人が集まるパーティーにて、給仕係として雇われたことがある。 だがパーティーとは所詮表向きの案内。 真の目的は、過激派のアバランチを誘い入れること。 神羅への抗議行動自体は他のアバランチも行っていることが多いため、さほど珍しいことではない。 ただ、その時期の過激派アバランチの行動は目に余るものがあったのだ。何の関係も無い商業施設への爆破事件を起こすなど、一般市民からも非難が集中していた。 パーティーについては――勿論ルーファウスとしても命懸けの作戦だったのだろう。 事実アバランチの襲撃は想像以上に苛烈であり、ルカやタークス、緊急で数名のソルジャーが駆り出されることとなったのだ。
「随分と冷たい言葉だ」 「今振り返っても腹立たしい記憶ですからね」
苦虫を噛み潰したような表情を浮かべるルカに対し、ルーファウスは「それでも私は君に感謝している」と微笑を湛える。 パーティーの招待客は、主に神羅カンパニーと折り合いの悪い企業や団体だった。意図的に不幸な事故を狙ったとしか思えない。 おまけにルカは、なんでも屋という少々胡散臭い名前のせいもあり、過激派アバランチの一味ではないかという疑いもかけられていたのだ。下手すれば自分も殺されていたかもしれない。
「お話は終わりでしょうか。もう戻りたいのですが」 「――ラザード統括は行方不明だ」
突然投げかけられた言葉にルカの瞳が見開かれる。 驚愕に声を発せられずにいた彼女に追い打ちをかけるよう、ルーファウスは言葉を続けた。
「ホランダーに資金提供をしていたのは彼だ」 「そんな、」 「…これはまだ公になっていないが、ジェネシスコピーがジュノンやミッドガルなどで相次いで目撃されている」 「っ!」
ルーファウス曰く、ホランダーは現在、アルジュノン第8層の隔離施設にて連日取り調べを受けているそうだ。 そして現在ソルジャー部門の指揮系統が崩壊している。 本来ならばセフィロスをラザードの後任としてしばし置くことも考えたが、G系ソルジャーとまともに張り合えるソルジャーは1ST達のみ。 タークスに指揮系統を任せたくとも、2ND・3RD達はタークスと折り合いが悪い。統率を取るのは困難だ。
(もし、ジェネシスが生きているなら)
この混乱を逃すはずがない。必ず隙をついてくる。 ルーファウスはコピー達が襲撃してくることを見越して、ツォンとシスネがもう一人のクラス1ST――休暇中だったザックスを連れ出し、ジュノンへ向かわせているらしい。一般兵も駆り出し、住民の避難誘導を行っているようだ。 不意にレノの携帯が鳴り、届いたメールを要約して読み上げる。
「スラムにもジェネシス・コピーの目撃情報が出たぞ、と」
ルカは無言のまま立ち上がり、部屋を後にしようと踵を返す。
「ルカ」
静寂の水面に優美な音がひとつ落ちる。 名を呼ばれた女は振り返ることなく、意識だけを男に向けた。
「君の意思はどうあれ、君を取り巻く環境や特異能力は神羅によってもたらされたものだ」 「…」 「君の"活躍"を期待している。ソルジャークラス1ST、ルカ・アストルム」
――安寧を望むならば、目的を果たすためには。 大切な者を守るためには。 神羅の狗として従順であれと、彼は釘を刺す。
「人からの称賛なんてどうでもいい」
ルカは魔晄色の眼差しに、猛火を宿した。
「戦う理由は自分で決めるわ」
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