「会社はジェネシスと配下達、そしてアンジールの抹殺を決定した」
ソルジャー・クラス"1ST"の3名が揃ったところでラザード統括の口から上層部の命令が告げられる。ルカは予期していた通りの報告に目を伏せ、ザックスは命令の真意について身を乗り出して問いだたしてくる。
「それを俺が!?」 「いや、神羅軍が投入される」 「んじゃ、俺は?」 「信用されてない。そしてルカもね」
冷静かつ容赦無い物言いにザックスの動きが強張る。バノーラで彼らに接触したにも関わらず、手掛かりはおろか拘束する事もままならず逃がしてしまったのだ。本来ならば降格や謹慎処分を食らっても不思議ではない。むしろこの状況でザックスが1STに昇格することが奇妙と言えよう。 セフィロスが歩みながら口を開いた。
「ソルジャーの仲間意識が行動を鈍らせる、とな」 「っ、そりゃ鈍るさ!」 「だから、俺も出る」
苛立たしげに俯いていたザックスは緩慢な動作でセフィロスの方へ振り返った。 不祥事をもみ消す為の理不尽な通知。心無い命令。善人の神経をことごとく逆撫でる組織の腐敗に吐き気がしている。ザックスは痛みをこらえるような空色を滲ませ、尖った声音が英雄に突き刺さる。
「――…抹殺に?」
誰も、何も応えない。 沈黙を破ったのは警報音と非常事態時に発動する赤い警告ランプだった。神羅ビルに侵入者が――否、大規模な襲撃があったことを知らせている。この状況で襲撃する団体は言わずとも知れているだろう、司令室を染めている赤色と同じ色彩を纏う者だ。
「セフィロスは社長室、ザックスとルカはエントランスへ!」 「任せろ!」
ラザード統括の指示により各々が駆け出した。ルカとザックスと共に非常用発電機で動くエレベーターを降りると、予測通りエントランスにて自立歩行型の兵器が襲撃していた。バノーラ村で対峙したガードスパイダーよりも小型だが、淀みなく侵入してくる為厄介だ。先に応戦してくれていた一般兵も次々に負傷し、倒れていく。それに加えてジェネシス・コピーの猛攻も追い打ちをかけていた。
「この野郎…!」 「ザックス、退いて」 「へ?」
ルカはエレベーターホールから階段を使わず、エントランスへ向けて一気に跳躍する。無防備に宙へと舞うルカは兵器とコピー達の格好の獲物になった。直ちに弾丸が撃ち込まれるが、ルカの前に瞬時に現れた魔法障壁によってそれらは塵と化す。兵器達が集まる場所にサンダガを落とし、暴挙を振るっていた敵勢力は一気に黒焦げとなった。しぶとく生き残っていたジェネシス・コピーもまた、ルカの振るう剣によって一刀両断される。 絶命したのを確認すると、倒れている兵士達の元へ駆け寄って回復魔法をかけ始めた。
「うう…」 「大丈夫よ、少し経てば動けるようになるわ」
淡い緑の光を浴びた者達は呻き声を漏らしつつも、傷と激痛が癒えていく様に驚愕しているようだった。 ルカが軽く息を吐き、視線を上げると壊れたエントランスの扉から街の風景が見えた。魔晄の目を凝らせば微かに同型の機械やコピーと思しき姿が認識できる。飽きもせずこちらへと向かってきているようだ。
『いずれ俺達は動き出す。来るべきその時に伍番魔晄炉へ来い』
──それが、今だとしたら。 ルカは、彼女の鮮やかな戦いっぷりに見とれていたザックスに声をかけた。
「ザックス、ここをお願いね」 「え、ルカは?」 「ちょっと心当たりがあるの」
あとでセフィロスと来て、と告げて駆けだしていく。 伍番魔晄炉に一体何があるのというのだろうか。冷えた風を身に受け、焦る気持ちを押さえるように剣を強く握りしめた。
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伍番魔晄炉の近辺には推測通り黒い羽が数枚落ちていた。「よくぞ空っぽの頭でここまで辿り着いたものだ」と嘲笑交じりに手を叩くジェネシスの姿が浮かび、ルカは大人げなくギリギリと唇を噛んだ。普段の彼女からは想像出来ない、随分と子ども染みた怒りの表情を浮かべている。周辺に誰もいなかった事が幸いと言えよう。 意気込んで扉を開ければ、簡素な足場から漏れる魔晄の光に照らされたモンスター達が蔓延っている。彼らに破壊行動の兆しはなく、警備のため互いに一定の距離を保ちながら辺りを見渡しているようだ。
「…調教されたにしては随分と理性的過ぎるわ」
バノーラ同様ここでもコピー達を増産しているはずだ。魔晄炉の動力を利用している事を考えれば派手に暴れまわるモンスターは出てこないだろう。 何よりセフィロス達を待つ時間も惜しい。扉の近辺から離れ、ルカは手がかりを探すべく魔晄炉内の探索を始める。案の定無遠慮に襲いかかってきた数体を倒した後、彼らの首に不思議な模様があることに気がついた。 一瞬何を表しているものか判別出来なかったが、見覚えのあるそれにルカは息を飲んだ。
「アンジールの、顔…?」 「――そう、俺のコピーだ」
振り返れば声の主が「誇りの剣」を携えながらルカの方へと向かってくる。彼女は立ち上がり、幼馴染のひとり・アンジールを見据えながら剣についたモンスターの血を払った。
「俺の細胞を埋め込まれたモンスターはその模様が浮かび上がる。より醜悪な化け物へと変貌するんだ」 「…アンジール、どうしてホランダーに協力するの?」 「それしか道が無いからだ」 「何馬鹿なことを言って――」 「ルカ、お前もだ」
アンジールの吐き捨てるような言葉尻に思わず怯んでしまう。
「…あたしも?どういうこと?遠まわしに言われたってこっちは理解出来ないのよ」 「"本当に"分からないのか?」
焦燥感を煽る彼らしくない言い方、虚実を射抜く魔晄の光に照らされた眼光。凍てつく視線はルカの背に悪寒を這わせる。以前より抱いてきた疑念と怯えを見透かされ、後ろめたさに反射的に一歩退いてしまった。
「てっきりお前は知っているものだと思ったがな。その為にミッドガルでなんでも屋をしているんだと考えていた」 「なにを…」 「…お前は"すべて"を知っていて――母親を探しに来たんじゃないのか?
フラッシュバックする光景の中に佇むのは美しい青の髪を靡かせる、優しい人。あたしの名を呼ぶ大好きな声。 突然いなくなってしまった、あたしのおかあさん。
「――っ!」
目の前に血が舞い、視界の端に銀色のナイフが過ぎった。アンジールが隠し持っていた武器だったらしく、反射的に上体を庇ったが僅かに遅かったようだ。剣を握り締めていた利き腕を切られ、鋭利な痛みと鮮血が白い手の甲に伝っていく。 立て直す間もなく次にルカに襲いかかってきたのは白い霧だった。顔に諸に食らったそれはルカの四肢から力を奪っていく。魔力溢れるソルジャーから近接距離で掛けられたスリプルは随分と強力らしい。恨み事を言う間もなくルカは剣を落とし、意識を失った。
「ルカ…」
床に倒れた彼女を支え、アンジールは悔恨を漂わせる瞳を伏せる。身も心も、傷つけることでしかルカを救いへの光へ導けぬ己自身が情けなかった。 白皙の肌に伝う鮮血は互いの涙のように悲しく滴っていく。
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